これは、ケモミミではないか

 駅のホームにはやはり人はいなくて、階段を上がり、駅の改札を通ろうとした時だった。そこには、改札に引っかかって慌てふためく女の子の姿があった。

「えぇ、なんでなん。この前チャージしたばっかのはずやのに……」

 どうやらICカードの残高が足りずに引っかかっているらしい。チャージすればいいはずだし、全くの他人である僕には、関係のないことである。そう思って、隣の改札から出て行こうとすると、その女の子が、僕の足音に気づいたのか、こちらを振り向いて、悲しそうな目で上目遣いで僕を見つめてきた。頭が僕の肩くらいの高さにあるので、その威力はすさまじい。

「お金、貸してもらえませんか……。今お金全然持ってへんくて、このままじゃ帰れないんです……」

 現在大学2回生であるが、大学が古都大学だと言えば分かるとおり、女子とのコミュニケーションに関して経験値が足りない僕は、この状況にただ困惑するしかなかった。いや本当は、こんなにかわいい女の子に上目遣いでお願いをされてしまって緊張しただけだったに違いない。目が大きくまんまるで、顔の形もまんまるで、ほおのあたりがぷくっとしてふくらんでいる。髪型はナチュラルショートで、左の頬の左あたりと右の頬の鼻に近いあたりに、ホクロがあった。ちなみにタイツを履いている。すばらしい加点要素だ。見逃すわけにはいかない。

「わ、分かりました……」

 しょうがないので財布を取り出して、千円札を取り出して渡した。ちょろいもんである。彼女は頭を下げながら、両手で丁寧に受け取ると、ちょこちょこと乗越精算機のもとへ走っていった。


 そのとき、僕は、あることに気づいた。その女の子の後ろにしっぽがついている。最近女性の間で流行しているアクセサリーか何かなのかと思ったけど、それにしてはくねくねとよく動いている。よく見ると、頭には、動物の耳まである。カチューシャでもつけているのかと思うが、しかし……。

 しかし、である。違和感などは、どうでもいいのだ。比較はできないが、動物の耳としっぽをつけているだけで、それがないときよりも3割、いや4割増しでかわいくなっているように思われる。これは後でSNSでつぶやいて、友人らに自慢しなければならない。それにしてもあの耳としっぽは何の動物のものだろう。耳も尾もグレーを基調として、黒のラインが入っている。しっぽは細長い。きっと猫だろう。猫に違いない。猫ということにしよう。


 いつの間にかチャージし終えたその女の子がこちらに来ていた。

「すみません。ありがとうございました。この千円はいつかきっと必ず返します」

 そう言って彼女は頭を下げたが、頭を上げた後、僕と似たようなことに気づいたようだった。

「あれ、頭の耳はどうしはったんです? 取れてしまったんですか」

「いや、僕は、そういうの着けないから……」

 着けない、と僕が言ったことの意味を理解しかねているようで、彼女は眉間にしわを寄せて、左手をあごに添え、首をかしげていた。と思ったら、何かをひらめいたように、口を開いた。

「もしかして、鬼に取られてしまったんですかね! 鬼はふとした時に出るらしいですから。その戻し方を私のおばあちゃんが知ってるかもしれません。今おばあちゃんが駅のとこまで迎えに来てくれてるはずなので、一緒に行きましょう! 」

 そう言うと、彼女は改札を出て、ほら早くと僕に改札をさっさと出るように促し、そのまま、彼女のおばあさんが待つところまで僕を連行した。



 駅の外は暗かったけれど、四条通りの明かりはあちこちでついていて、明るかった。駅の中は、僕の知ってる河原町駅と同じで、駅の外の風景も変わらなかったけれど、(そこにいる者は僕らの知っている人間とは違うようだけれどもひとまず「人」ということにすると、)そこにいる人たちは、みんな動物の耳としっぽを着けていた。それ以外は僕らと同じ外見だった。どうやら本物の動物のもののようだ。あ然とする僕の手を引いて、彼女は、木屋町通りに止まっている一台の自動車のもとに歩いていった。

 その自動車の近くまでくるとおばあさんが、自動車の運転席から降りてきた。そちらの方は暗くてよく見えないけど、よく見ると、そのおばあさんも、動物の耳としっぽがあるようだった。

「みかちゃん、おかえり。……そちらの方は?」

 彼女の後ろについてきた僕を不審そうに見て、彼女に尋ねていた。

「こちらはさっき千円を貸してくださった方やねん。さっき電車賃足りひんくて。あっ、それと、この人、鬼に耳をとられてしまったみたいなんやけど、おばあちゃんどうしたらええか知ってる?」

 ちょっと顔見してみ、と言ってそのおばあさんは僕に近づいて頭を下げるように言うと、僕の頭をぽんぽんと触った。母親以外の女性にそんなことをされたことをされたことがない僕は、どきまぎしてしまい、そんな自分が少し恥ずかしかった。

「君、純粋族か」

 僕は、なんを言っているのか分からず、はぁ、とだけ答えると、おばあさんは、とにかくうちに来たらええわと優しく言ってくれた。

 僕は、彼女らとともに自動車に乗り込むと、四条通りに出て、四条大橋を渡り、川端通りを北上した。自動車の中で女の子らと話をして、彼女は、三ヶ月美夏といい、おばあさんの方は、三ヶ月サトといい、ほかに、真紀という名前のすでに働いている姉と秋という名前の高校生の妹がいて、下鴨神社の近くの家で一緒に4人で暮らしているのだと紹介を受けた。美夏さんは、古都大学に通う大学2回生だった。

「僕は、かさいあやと、と言います。『三笠山』の『笠』に、『井戸』の『井』、『あやと』は、文章の『文』に『人』って書くんです。僕も古都大学に通ってます。今2回生です。」

 僕は、そう自己紹介した。ふと携帯を見たら、「圏外」と表示されていて、携帯の調子がおかしくなったと思った。途中で、美夏さんが僕に、これ食べる、とお菓子を差し出してくれたが、妙な心細さと不安が心を侵食し始め、物を口にする気にはならず、断った。おばあさんは、それがええ、とだけ言った。

 彼女らの家に着くと、僕は、おばあさんに、2階にある客人用の部屋に通され、布団等を用意してくれて、今日はもう遅いからそこで寝といたらええと言ってくれた。僕は、よく分からない漠然とした不安を抱えて布団にもぐりこんだ。

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