新・河原町駅

 こんなはずではなかった。

 梅田駅の中を全力で走る僕は、頭の中で繰り返しそう思っていた。今日は梅田で友人らと飲み会をしてそのまま2軒目へ突入したのだが、終電があるため2軒目で先に退席しようとすると、友人らが「まだ大丈夫!あと5分、いやあと3分いよう!」と服やかばんをつかんでしきりに引き留めるのでなかなか帰ることができず、結局、これ以上この店にいると本当に終電に間に合わないというギリギリの時間まで、その場から解放されなかったのだ。

 通路の上の方にある案内板を頼りに、迷宮のような梅田の駅の中(通称「梅ダンジョン」である。)を、肩掛けかばんを左手で持ち、右手にはそのケースにICOCAの入っている携帯電話を持って、時間を確認しながら、今にも勝手にペースダウンさせそうな脚を懸命に叱咤して走った。しかし、その頑張りも甲斐なく、最後の広い階段を一段飛ばしで駆け上がり、改札を通った時には、ちょうど京都線河原町行の最後の電車が発車したところであった。僕は、ひざに手をついてがっくりと肩を落とした。

 終電に乗れなかったら俺んちに泊めてやるから、そのときは連絡しろよと、あの散々引き留めてきた友人が言っていたことを思い出し、彼に終電を逃したので泊めてくれという旨のメッセージを送る。

 なんだかため息が出た。疲れがどっと押し寄せてくる。近くにベンチのような腰を下ろせるような場所もないので立っているしかないが、できるならその場に座り込みたかった。こういうときに限って最近の数々の嫌なことを思い出し、とても憂鬱になる。こんな世界から逃げ出したくなった。なんならどこ行の電車でもいいから、やけくそでこのまま適当に電車に乗ってやろうか。もう一度電光掲示板を見たが、そこには23時45分発の快速急行河原町行は表示されていない。時刻は23時50分を回っていた。


 そのとき、ふと目の端に「河原町行」の表示が見えたような気がした。そちらの方を見てみると、確かに0時ちょうど発の「新・河原町行」の電車があることが、一番右端のホームにある電光掲示板に表示されていた。疲れて幻覚を見たのかと思って、目の体操などをしてからもう一度その方を見た。しかし、やはり「新・河原町行」の表示は存在していた。その一番右端のホームは、以前阪急梅田駅を利用したときは、なかった気がする。というか、さっきまでなかったような……。しかし、まぁ京都に戻ることができるのならそれでもいいだろう。

 その電車がちょうどホームに入ってきた。友人からは、

「すまんかったな。もうお開きやし、今から梅田駅までいくわ」

 とメッセージが返ってきていたが、僕は、

「やっぱ終電見つかった!すまんな!」

 と返信し、世の中捨てたもんじゃないと、ご機嫌な気分でその電車に向かった。そして、電車に乗って、2人がけの椅子に、隣に荷物をおいて悠々と座ることができた。乗客は僕一人だけで、少し不気味な感じがした。


 いつの間にか眠っていたようで、はっと目が覚めると、辺りをきょろきょろ見わたした。ちょうど電車が駅に着いたところのようで、車掌のアナウンスとともにドアが開き、今着いた駅が「新・河原町駅」だと知った。ここでようやく僕は、「新・河原町駅」とは何だろうと考え始めた。阪急の京都本線の駅には、「河原町駅」はあったけれど、「新」は付いていなかった気がする。名前の改正でもあったのかな。僕は、そうであってくれと願いながら電車を降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る