異世界チートへの道

橘塞人

異世界チートへの道

 俺の名前は神田川俊輝。26歳の引きニートの童貞野郎である。仕事の経験、何もない。彼女、いたことない。ついでに友達もいない。ないない尽くしのゴミ野郎である。

 PCのモニターが暗くなると、そんな俺自身の姿が薄っすらと映る。今ではもう、それすらも苦痛。身長169cmで体重は114kg。ただでさえイケメンから程遠い容姿なのに、そのだらしない体型は自分ですら見たくない。そして、それは誰にとっても同じだろう。俺はそんな最底辺のクズなのだから。

 クズな肩書とクズな容姿、二重苦を抱えた俺はさらに心まで病み、鬱という三番目の苦までもゲットした。人生、完全に詰んだ。もう、笑うしかねぇ。

 そんな俺の救いとなったのは、転移・転生もののラノベであった。暇な時間をフル活用し、俺は『カクヨム』で書籍化された人気作からマイナー作品まで読みまくった。そして異世界チートによる俺TUEEEEを、さすごしゅを、ハーレムの妄想を捗らせたのだ。

 嗚呼、素晴らしいぞ異世界。早く俺を召喚か転生させてくれまいか。それで俺はクズな人生を逆転出来る。


「ん?」


 そう何度目かに思ったその時、俺はふと思った。異世界転移、もしくは転生になったとしよう。だが、俺がそうなったところでチートになれるのかと。

 俺はアニメやゲーム、アイドルのことしか詳しくない。しかも声優の誰々の誕生日はいつだとか、アイドルの誰々の好きな食べ物は何だとか、どーでもいい知識があるだけ。

 現代日本の農業は知らない。商業も知らない。政治も知らない。実践に役立つ知識は何もなく。

 運動は出来ない。工作も出来ない。料理も出来ない。コミュ障で人との会話もロクに出来ない。役立つ技能すら何もなく。

 今の知識と技能を持って転移・転生したところで、チートとなるものは何もなだそうだった。寧ろ、今の知識と技能を引き継いだ方が足を引っ張られかねない。嗚呼、また詰んだ。


「だが」


 これで諦めてどうする? 諦めたところで、俺にはもうやることさえない。二次元の嫁に勃起して、白濁を無駄打ちするだけだ。

 では、無駄かもしれないが足掻いてみよう。俺はそう考えた。異世界に行った際に少しでも武器を持ち込めるように。

 まずはネットで、しばらくやっていなかった勉強を再開した。馬鹿呼ばわりされて何度も心が折れそうになったが、それでも少しはマシになれた。

 それを実感した俺の目に、空となった食器が映った。ババァが、もとい母が長らくニートをやっている俺に作ってくれたものだ。

 俺は自室から出て、食器を戻しにキッチンへ行って母に言った。


「母さん。食事や洗濯、掃除等をいつもありがとう。今度、俺にも教えてくれないかな? 少しずつからしか出来ないかもしれないけど、手伝うよ」

「え? ええええっ?」


 母は俺の言葉に対して、腰を抜かすんじゃないかって程の驚きを見せた。そんな驚くこともあるまい? 全ては異世界チートの為だ。


「後は」


 鏡を見ると、そこには相変わらず身長169cmで体重は114kgのブサメンがいる。異世界転生ならばリセットされるだろうが、この姿のまま転移ではキツイな。

 よし、なるべく痩せるか。

 そう考えた俺は食生活の改善をした上で、さらにジョギングを日課にした。ああ、しんどいけど全ては異世界チートの為だ。


「さらに実践力か」


 その為には働くのが一番なのだが、俺のようなクズを雇うような所は滅多にあるまい。そう考え、人手がメチャクチャ足らないコンビニの深夜バイト等から始めた。

 いらっしゃいませー。ありがとうございましたー。

 モンスター客から理不尽に怒鳴られたりして、やる気も心も頻繁に折れかけたが、全ては異世界チートの為だ。そして、異世界でのハーレム運用の為だ。

 だから俺は頑張った。頑張って、頑張って?頑張り続けた。






 そうして十年の月日が過ぎた。俺はその間にコンビニの一バイトからバイトリーダーになり、社員の勧めのまま入社までし、エリアマネージャーにまでなった。

 そんなある日、俺はいつも通り仕事を終えて自宅へと帰った。


「ただいまー」

「あ、パパ。お帰りなさーい」

「お帰りなさい、アナタ」


 家に帰ると、今では愛する妻と娘がいるようになっていた。異世界チートの為にずっと頑張ってきたのに、今日までそれは叶っていない。そして、今ではそうなると困るようになっていた。

 あれ? おかしいな。だが俺は今、幸せだ。

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