第200話「終戦、そして別れ」
「ガァァロォォオオオ!!!!」
「
俺は咄嗟に影魔法を使って周囲に煙幕を放出した。暗闇となり、目の前にいた一人の気配が突然消えたことで、
「バカヤロウ。今が絶好のチャンスだっただろ……」
クテルさんは小さく掠れた声で言う。
「だけどな……嬉しいぜ、レイト」
「なんで……なんで俺なんかを庇ったんですか!?」
「ああ? なんでだろうな……コイマの森での借りがあったからか? いや、違うな……。すぐに死ぬだろうと思ってた新人冒険者が……あっという間に駆け抜けていきやがって……可愛くない奴だよ、お前は……」
「マキア!」
俺はマキアを探した。そして、東の方に彼女はいた……だけど、マキアはこちらへ来てはくれなかった。ナナトさんの治療をしているからだ。こちらを見た彼女の顔は今すぐにでも駆けつけたいと願っているような……そんな表情だった。
「いい……どうせ助からねーよ」
「そんなことは!」
「……聞け、レイト。奴は手負いだ……力もほとんど出せてねえ。俺を一撃で殺せない程度にしかな……お前が終わらせろ、この戦争と共にな」
「そんな……俺にはとても。無理ですよ、一人でなんて」
「一人じゃねーだろ。お前は一人じゃねえ。そう……だろ……?」
「クテルさん!? クテルさん!」
「旦那……悪いな。先にいくぜ…………」
クテルさんはそのまま静かに息を引き取った。心臓を掴まれたような苦しさを感じながら、俺は大事な人をまた一人失ってしまったことを思い知った。暗闇にしていた煙が風に流されていき、
剣を持ち立ち上がる。
『ボ、ボクたちだって……成長してるんだ!』
ブレン……俺たち、強くなったよな?
『そうね。やってみたらできたわ』
ルミル……俺も同じようにできるのかな?
『おめえは弱気過ぎんだよ、もっといろんなやつと戦ってみてえ! とかそういうのはねーのかよ!!』
ジェニオ……そうだな、俺はお前の代わりに前へ進むって決めたんだよな。
「…レイトくん!」
ココハが呼んでる。振り向くと、精霊魔法で援護するというように両手を前に伸ばして構えていた。ココハも俺が前に進むと信じてくれている。みんな……目の前にいるのは上位五種族の竜人族で……その王様なんだってさ。そんな奴を本当に倒せると思うか?
『レイトくんなら……やれるよ』
『当然ね、あんたにはあの子たちが付いてるのよ?』
『とっとといけよ! リーダーが動かねぇと後に続けねーだろうが!!』
なんだよ……みんなして。でも、いくよ……俺。
「レイト先輩!!」
ココハの隣にはメリカもいた。どうやってここまで来たんだ? 誰かの力を借りた? そうだよな……ココハもそうだった。みんな、一人じゃできなくても……誰かと一緒なら前に踏み出して進めるんだ。一歩。前に踏み出した足は思いの外軽かった。そのまま
「…
圧縮された空気の弾丸が後方から飛んでくる。それは真っ直ぐに
「我は唄う、光よ、かの者に導きを……
「
ナナトさんの治療を終えたのか、マキアが
狙うのはナナトさんが付けた胸の十字傷。相手も攻撃してくるだろう……最悪、相討ちになるかもしれない。折れた剣を構え直す
突然、目の前の景色が歪んだ。世界がぼやけて見える……それは一瞬だったと思う。焦点が定まった時、俺の目に映ったのは
「
「もう遅いっ!!」
俺は一気に奴の懐まで飛び込んだ。そのタイミングで奴の背後にいた
剣を引き抜くと、声も出せずゆっくりと地面に倒れていった
「うぁぁぁぁああああああああ!!!!」
俺は叫んだ。腹の底から全てを吐き出すように。
「……ココハ」
「…レイト、くん」
俺は握っていた剣を離し、ココハを強く強く抱きしめた。自分が生きていること、ココハが生きていること、そして……もう戦わなくてもいいんだってことを実感した。
どこからともなく歓声が響いて、それがどんどん広がっていく。俺とココハはそれを確認する。竜人族が次々と戦場から逃げ出していく。残っていた僅かな飛竜たちも南の空へと消えていった。歓声は人間族が勝利を喜ぶ声だった。その多くは王国軍の兵士だろう。彼らもいつの間にか戦場に戻って来ていたみたいだ。そして、上位五種族から王都を無傷で守りきった……それは本当に凄いことだと思う。
冒険者たちは王国や神殿なんていう所属は関係なく、誰も彼もが武器を掲げ健闘を称え合っている。戦争の初動から戦っていた彼らが最も被害が大きかったはずなのに、勝利の味っていうのはそれほどまでに美酒……なんだろうな。
神聖騎士団。国ではなく神殿を守護する為の騎士団。兵力がほとんど減ることもなくこの戦争を乗りきったことだろう。勝利したというのに誰も嬉しそうに見えないのは、彼らの背後にいる者たちがその目的を果たすことができなかったからだろう。
そして、戦場に残っていたスケルトンたち不死族もまた地面へと潜って姿を消した。奴らの目的も結局は分からなかった。ナナトさんから聞いていた話とは……世界とは違った未来になった。それは……俺たちにとって喜べる世界なんだろうか?
「レイト!」
「レイト先輩!!」
マキアとメリカも心配して来てくれた。マキアはすぐに治癒魔法を使ってくれて、その光が何だか心地よくてホッとしてしまう自分がいた。
「ああ……俺、嬉しいのかな?」
「ん?」
「いや、なんとなくさ」
「うちは嬉しいよ? レイト先輩が生きててくれて、ホンマに嬉しい!!」
「でも、俺は……イングラさんやクテルさんの命の上に立ってるだけだから」
「……ごめんなさい、わたしが」
「違う……そうじゃないんだ。そうじゃないんだけどさ」
「…私も、レイトくんが生きていてくれて……嬉しい。嬉しいよ?」
「うん……。俺も嬉しい。ココハが……みんなが……生きていてくれて、本当に……嬉しいんだ」
失ったものは確かに多過ぎたし、どんなに願っても……もう手に入ることはない。だけど、守れたものも多かったんじゃないかな? マキアは生きてるし、メリカだって……無事だった。
「あ、そういえば……メリカはどうやってここまで来たんだ?」
「ん? うちは……騎士どのに連れて来てもろうたんよ」
「騎士殿って……」
メリカたちが来た方角を確認する。オーガの族長や小柄な白いオーガと話しているノスマートさんの姿がそこにはあった。
「どうして……騎士団は動いてなかったはずなのに」
「騎士どのは、うちらを心配して来てくれたんよぉ? 待機命令を無視してまで……そんで、うちがみんなの所まで行きたいって言うたら連れて来てくれたんよぉ」
「そう……だったんだ。感謝しないとな。メリカが来てくれなかったら俺は
「うち……ホンマは怖かった。もう戦われへんって思っとった。でもな、みなさんがブレンお兄さんみたいになってまうんと違うかって考えたら……もっと怖くなってしもうて」
「…メリカちゃんにも、ブレンくんと同じで……誰かを助けたいって気持ちがあったから。私もそうだった。きっと、マキアさんやレイトくんも……ルミルだってそうだったと思う」
「だね。メリカには誰かを守れる人になって欲しい。一人じゃできないことは俺たちも協力するし」
「ええ。メリカにはわたしたちが付いてる。そして、わたしたちにはメリカの笑顔が必要だから」
「みなさん……うん! うち、また頑張るからなぁ!!」
メリカが精一杯の笑顔を見せてくれる。ブレンの妹だって言った時は驚いたけど……言われてみれば、笑った顔はほんの少しだけ似てるかもしれないな。
「レイト、やったな!」
サラサラ髪のイケメンが爽やかな声で話しかけてきた。
「ルーイン!」
俺たちはお互いに一歩前に出て手を取り合った。
「ありがとう、助かった。それに……ココハを連れて来てくれたこと、守ってくれたこと……本当に感謝してる」
「助けられたのは俺たちの方さ。精霊魔法……やっぱり凄いな?」
「だろ?」
「ねぇ、レイトくんとココハさんは……やっぱりそういう仲なの?」
突然、トネットさんに質問された。
「ん?」
「…え、あ……あの、その……」
「あ……そっか、まだなんだ。ごめんね?」
「…いえ」
「何の話?」
「いいのいいの。なんとなく分かっちゃったから」
こっちは全然分かってないんだけど……。気にはなったけど、トネットさんはそれ以上何も言おうとしないし、ココハも聞かないで欲しそうな顔をしていたから聞けなかった。後ろでマキアが「ふふっ」と笑っていたし、きっと何か気づいたんだろうな……。今度、こっそり教えてもらおうかな。
「
「…はい?」
「時間ができたら、また話がしたい」
「…あ、はい。私も……です」
リホルさん……マチノ港で別れる時にした約束を果たしてあげられそうで良かった。それにしても、相変わらずココハにそっくりだなって思う。背も低いし人見知りだし、髪型も……いや、髪はココハの方が少し伸びてるかな。
その後、ビボックも何かを話し始めたけど、すげえすげえの連呼で内容もあまり無かった。それでも、ルーインが説明し直したり、トネットさんが注意しているのを見てみんなが笑って……凄く元気を貰えた気がした。
しばらくすると、ノスマートさんがオーガたちと一緒に俺たちの所へとやって来るのが見えた。
「ノスマートさん……」
「全く君たちは……もう戦わなくていいと言ったはずだろう?」
「すみません。やっぱり見ているだけなのは……」
「ふっ……それでこそ君たちなんだろうね」
俺たちのことを理解してくれている人だからこそ、俺はこの人に聞いておきたいことがあった。
「ノスマートさん、神聖騎士団はどうして兵を動かさなかったんですか?」
「……帰投後に僕が受けた命は、赤の者が七人揃い次第、特別な儀式魔法を使い敵を一掃する……それまで自らの命をけして危険に晒すことは許さない……というものだった」
「特別な儀式魔法とは?」
「それは僕も聞かされてはいない」
「赤の者は結局……揃わなかったんですか?」
「そうだよ。ジートさん、僕、ネスカ、リックライさん、ルド……そして、君たちが隠していたメリカ。この六人だけだね」
「……すみません」
「いや、いいさ。本来なら僕は君たちを処断しなければならないんだろうけどね、この状況で後方待機しかできないのは流石の僕もストレスを感じたよ」
ノスマートさんは初めから俺たちの所に戻ってくるつもりだったのかもしれない。だけど、神殿からの命令でそれができなくなっていた。もしもメリカが赤の者として騎士団に参加させられていたら……。
「メリカに聞きました。待機命令を無視してまで連れて来てくれたって」
「……納得がいかなかったからね。ジートさんには叱られるかもしれないけど、自分の行動に後悔はしていないさ」
「そう……ですか。でも、助かりました……本当に」
「言ったはずだよ? 僕は君に期待しているんだ。こんな戦争で命を落としてもらっては困る」
その言葉には返事ができなかった。俺がこうして立っていられるのは守ってくれた人たちと仲間たちがいたからで、俺個人にいくら期待しても意味はないって思うから。
「我ガ同胞ヨ」
小柄な白いオーガに声をかけられた。黒い肌の族長も一緒だ。俺たちとノスマートさんが話を聞く。ルーインたちも興味があるのか近くで聞き耳を立てているようだ。
「到着、遅レタ。問題ナイカ?」
「ええ、問題はありません。助かりました……人間族を代表して感謝を申し上げます」
「ウム。我ラ、コノ地ニ長居デキヌ」
「分かりました。上の者には僕から報告しておきましょう」
オーガたちは以前にこの場所を拠点にしていたと言っていた。あんまり良い思い出もないだろうし、昔みたいに心を失ってしまうのが怖いと感じているのだろう。帰還しようとするオーガたちにノスマートさんが挨拶をしている時だった。
遠くに見えるアムリス神殿の本殿から白い光の柱が空に昇っていくのが見えた。みんなが視線を向けたが誰も口を開くことはせず、ただそれをじっと見ていた。それはしばらく続いた後、神殿を中心とした半球体の白い光となって拡大していく。東にある王都を包み込むくらいの大きさになったと思ったら音もなく消えていった。
「……何? 今の」
「アムリス神殿から何かが……」
「…もしかして、儀式……魔法?」
それを聞いてハッとした。
「メリカ!?」
「え!? なんやぁ!?」
「あ……いや」
違う。あれは赤の者を天使化させる儀式魔法ではない……と思う。ノスマートさんも特に体に異変を感じている様子はないし、戦争はもう終わってるんだ。天使を降臨させる必要はないはずで……。
「アアアア……」
「長?」
急にオーガの族長が驚いたように辺りをキョロキョロと見渡し始めた。何かを感じ取ったのか、白いオーガにそれを伝える。
「長、話ス。娘イル」
「娘?」
「長、捕ラエタ……緑髪ノニンゲン」
「……それって昔の話に出てきた、オーガたちが心を取り戻すきっかけになったっていう女の人のことかぁ?」
「ソウダ。長、コノ地にソノ娘イル……話ス」
どういうことだ? その女性がヨクア荒野にいる? あり得ないだろ……だってその人は族長の目の前で他のオーガに食い殺されたはずだ。その場所も確か……ヨクア荒野だったけど。考えても誰にも答えは出せない。オーガの族長はその場を動こうとはしなかったが、他の者が再び邪に心を蝕まれてしまうと白いオーガが説得し、仲間たちを連れて里ヘと帰って行った。
「俺たちにはさっぱり分からないな」
ルーインが首を傾げていたけど、俺たちにだって分かってはいない。
「ノスマートさん、さっきの光は?」
「……分からないね。あれほどの規模だとすると儀式魔法? しかし、何のための……」
神聖騎士団のノスマートさんですら分からないなら、俺たちに分かるはずもなく。ただ……もしかしたら知っているかもしれない人に心当たりがあった。俺はその人を探した。彼はまだ地面に座り込んで西の空を見ていた。俺はその人の所まで歩いていく。みんなも付いて来ている。
「ナナトさん」
呼びかけるとゆっくりと立ち上がり、そして笑顔を見せてくれた。
「お疲れさま。よくやったな」
「ありがとうございます! ナナトさんは……大丈夫ですか?」
「ん? ああ、マキアの治療のおかげでね」
「……あの、えっと……刀、折れちゃいましたね?」
「そうだな。まぁいいさ、もう必要ないからな」
「先生は……もう戦わんのかぁ?」
「うん。俺はもう望みを叶えたからね」
ナナトさんの望み。それはマキアの心と命を救うこと。世界の管理者っていう存在を裏切ってまで戻ってきたって話だったけど、それは大丈夫なのかな?
「ナナトさん、さっきの光は見ましたか?」
「ああ、見てたよ」
「……何か分かりますか?」
「あれは……おれが知っている光に似ていた。だけど、あんな半球体ではなかったはずだ。おれが見たのは七本の柱が赤の者の上から降りてくるような……そんな感じだった」
「……何の話をしているんだい?」
そこにノスマートさんが割り込んできた。気になる言葉が出たからだろう。でも……どうやって伝えればいい?
「ノスマートか。また会えるとはな」
「不思議だね。僕も先程まであなたのことは忘れていたみたいだ。だけど、それよりも……今の話を聞かせてもらおうか?」
「後でレイトにでも聞いてくれ」
「なんだい? 僕には話せないのかい?」
「そうじゃないよ……」
少し残念そうな……悲しそうな表情をしたナナトさんを見て、ノスマートさんは何か言いかけた言葉を飲み込んでいた。そして、マキアが一歩前に踏み出した。
「ナナトさん……」
「マキア? ……そうか、気づいていたのか」
「……はい。ナナトさんが戻って来てくれた時、メリカが言ったおかえりという言葉に……ナナトさんはただいまと返事をしませんでしたから」
「ははっ、それだけで気づいたのか? 凄いな……マキアは」
「えっと、どういうことですか?」
「うん、みんなとはここでお別れってことだ」
「え? だって……ナナトさんは戻って来たんですよね?」
「ああ。だけど、それも一時的なことだ。おれは……悪魔に魂を売ったからな」
「は?」
それが比喩的表現だったのかどうか、この世界で判断するには難しいことだった。
「正確には違うか、魂を売ったのは向こう側にだったかな……」
そんなことを呟いているナナトさんの隣で、マキアは今にも泣きそうな顔でナナトさんの顔をじっと見つめていた。
「さて、あんまり時間も残ってないからな……みんなに挨拶をさせてくれ」
そう言うとナナトさんはみんなの顔を順番に見ていく。
「ノスマート。君がレイトたちと親しくしている姿は新鮮だった。この子たちのことをこれからも見ていてやって欲しい」
「……ふん!」
「目の前の欲に飛びつかないようにな。それから……疑うべきものから目を逸らすなよ?」
ノスマートさんは返事をしなかった。でも、この二人の関係はこれでいいのかもしれないな。
「ルーイン、ビボック、トネット、リホル。君たちとはあんまり接する機会はなかったけど、君たちとの出会いはこの子たちにとってかけがえのないものになった。友人として、良きライバルとして、これからも共に研鑽を積んでくれ」
「……はい。俺は水竜討伐戦であなたの戦いを見ていました。尊敬しています。えっと……話はよく見えていませんが、これからもレイトたちとは仲良くやっていきたいと思っているので安心してください」
「ああ、頼むよ」
ナナトさんはメリカの前まで進んで頭を撫でる。メリカは今の状況がよく分かってないのか、ずっと笑顔を見せていた。
「ごめんね、メリカちゃん。君のお兄さんを死なせてしまったのは……きっとおれのわがままのせいだ。許してほしい」
「ううん、そんなこと……ないよぉ? 先生は悪くないの、うち……ちゃんと分かってるからなぁ」
「ありがとう。付与魔法のことをもっと勉強すること、仲間の動きはよく見えてるから……これからはもっと自分がどうしたら戦いやすいのかを考えるように」
「あははは、最後まで先生は先生なんやなぁ。うち、頑張るから……ナナト先生も……元気でなぁ?」
「ああ。メリカもブレンの分まで一生懸命に生きてくれ」
「はいですぅ!!」
訂正する。メリカもちゃんと理解していた。理解した上で最後まで笑顔でいようとしていたみたいだ。今はもう涙で顔がぐちゃぐちゃになってるけど。
「ココハちゃん」
今度はココハの前に。そっと地面に片膝を付いてココハの手を取った。見上げるようにして笑顔をみせるとココハの方から口を開いた。
「…ナナトさん、私……いくら感謝しても足りません」
「感謝なんて必要ないよ。おれはおれのしたいことをしてきただけだからね。ココハちゃんとの魔法修練は本当に楽しかった。これからもどんどん新しい魔法を作っていって欲しい」
「…はい。ぐすん」
「ははっ、泣かないで。ルミルみたいに強くなるんだろ?」
「…強く、なります。ぐすん……ルミルやナナトさんのように、大切な人を……守れるように」
「うん。一歩踏み出す勇気を忘れないようにね。そして、これからもレイトのそばにいてやってくれ」
「…はい!」
立ち上がりらココハの頭にポンポンと手を乗せてから歩き出す。次は……俺か。ナナトさんは俺の前に立つとそっと右手を差し出してきた。俺はその手をとって固い握手を交わした。
「
「ナナトさんが傷を負わせて、剣にひびまで入れてくれてたおかげです。それに……みんなの力があったからこそです」
「そうだな。レイト……君はもっともっと強くなれる。自信を持っていけ」
「はい!」
「みんなを頼むよ、リーダー」
「任せてください。俺はナナトさんの代わりにはなれないけど、自分にできることはなんだってやるつもりです!」
「無理だけはするなよ? ココハちゃんがまた心配するからな」
「ははは、気をつけます」
話したいことはまだまだたくさんある。聞きたいこともたくさんあった。でも、俺が聞けるのはあと一つくらいだ。
「もう……どうにもならないんですか?」
「ああ、どうにもならない。でも、後悔はしてないさ」
「そうですか」
「レイト。まだ終わりじゃない……忘れるなよ? この戦争がどうして起こったのか、その原因を絶たないと本当の安息は得られない」
「……はい」
「何度も言うけど、もしも抱えられなくなったら逃げてもいい。君たちが元の世界へ帰る方法を探したっていいんだ。自由に生きろよ?」
「はい」
「……それから、しばらくはマキアのことを見ててやってくれるか?」
「分かりました」
「頼んだ」
「ナナトさん……本当に、本当にありがとうございました!」
「ああ!」
ナナトさんは軽く手を振ってから振り返り、マキアの方へと向かっていく。泣くのをずっと我慢しているマキアの前に立ったナナトさんは、無言のまま彼女の手を引いて抱き寄せた。マキアもそれに応えるようにナナトさんの背中に腕を回している。ナナトさんの左手がマキアの髪をそっと撫でる。そして、優しく声をかけた。
「おれはもう自分の世界にも帰れない。この世界にもいられない。だけど、君の記憶から消えることも……もう無いだろう。おれのことを思い出すのが苦しいなら、忘れてしまってもいい。忘れられないなら、誰かに頼ってもいい。君の心が望むままに生きてくれ。おれは……いつだって君のことを想ってる」
「……わたしも……ずっと、いつまでも想っています。けして……忘れたりはしません」
「そうか……」
「……わたしに命を与えてくださって、本当にありがとうございました。ナナトさんと出会えて……わたしは幸せでした」
「幸せ……か。ちゃんと幸せにしてあげたかった。もっともっと普通の幸せを君と分かち合いたかったよ。マキア……顔を見せて?」
マキアが顔を上げて見つめあう二人。ナナトさんが笑顔を見せると、マキアも笑って返した。
「……そろそろ時間みたいだ」
「ナナトさん……」
「もう一度言うよ? おれはもうこの世界には存在しない。これは覚えておいて……そして、おれはいつだって君を想ってる」
「はい……」
「マキア、大好きだよ。愛してる」
「わたしもです。愛しています……ナナトさんを」
二人の唇が触れ合う。それは一瞬のようでとても長く感じた。そんな光景をじっと見てるなんて申し訳ない気分になったりはしたけど、目が離せなかった。恥ずかしいって気持ちにもならなかった。すごく自然で羨ましいとさえ感じてしまった。
「さようなら、マキア」
「さようなら……ナナトさん」
別れの言葉を口にした途端、ナナトさんの背後に黒紫の門が出現した。その場にいた全員が息を飲んでいたが、ナナトさんだけはそれを知っていたように受け入れていて、ゆっくりと開いた門に体を引き込まれていく。笑っていた。ナナトさんは消えてしまう最後の瞬間まで笑顔を絶やさずに別れの時を迎えた。
こうして、おれたちの恩人であり、先生であり、大切な家族がまた一人……旅立っていった。
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