第199話「竜人王」

 竜人王ドラゴニュートキングを目前にして、俺たちは竜人術士ドラゴニュートメイジの妨害を受けた。そいつは近接武器ばかりを持つ臨時のパーティーで相手をするのはとても厳しかった。そこに現れたのは魔法量が枯渇していたはずのココハと、ルーインたちのパーティーだった。


 会話もそこそこに、竜人術士ドラゴニュートメイジを引き受けてくれたルーインたちに協力したいというココハの想いを尊重し、俺はそれに許可を出した。本当はココハを自分の目の届かない所で戦わせるのは怖い。でも、ココハ自身がそう願ったことに俺はノーとは言えない。ルーインにココハを託して俺はナナトさんの元へと急いだ。


「ナナトさん、竜人術士ドラゴニュートメイジはルーインたちが!」

「そうか……助かった」

「レイト、怪我は?」

「大丈夫」

「ココハは……いいの?」

「うん、信じよう」

「……よし、それならおれたちは本来の目的を果たそう。あの二人はもう動き出してるぞ」


 俺は竜人王ドラゴニュートキングの方を見た。イングラさんが正面から、クテルさんが背後から攻撃を仕掛けていく。竜人王ドラゴニュートキングは左足を引いてイングラさんの片手斧を扇状の剣で、クテルさんの短刀を竜型の盾で防いだ。しかも、平然な顔で軽々と押し退けてしまう。


「イングラさんが押し負けるなんて……」

「腕力だけじゃないな……あいつは相当頭が良いんだろう。それに、勘も鋭そうだ」

「行きましょう。あいつがどんなに強くても、こっちにはナナトさんがいます!」

「そうだな……と言いたい所だけど、おれも奴と戦うのは初めてだ。あまり期待はするなよ?」

「……ナナトさんのことも、信じてますから」

「まぁ、それくらいならいいか」

護盾プロテクションを……」

「頼む!」

 マキアは俺とナナトさんの胸に触れて光魔法を使う。


「我は唄う、光よ、かの者に救いを……護盾プロテクション


 きっと、竜人王ドラゴニュートキングの攻撃を受ければ一撃で破壊されてしまうだろう。それでも、その威力は軽減してくれるかもしれない……この透明な盾は俺たちにとっての命綱だ。


「マキアは離れていてくれ。周囲にも十分に気を配ること」

「はい」

「よし、行くぞ!」

 そう言ってナナトさんは走り出した。


「行ってくる!」

「気をつけて」


 マキアの護衛に人員は割けない。この辺りから飛竜は見当たらないけど、もし狙われても助けにはいけないだろう。マキアなら自分で判断はできるだろうけど、少しだけ後ろ髪は引かれてしまう。再度攻撃を仕掛けるクテルさんとイングラさんに合わせて、俺とナナトさんも左右から接近を試みる。四方からの同時攻撃なら対応なんてできないはずだ。


「はぁぁああ!」


 盾のある左側面を狙った俺は敢えて声を出して盾を引き付けようとした。俺の腕力よりも他の三人の攻撃が当たった方がダメージは大きいはずだからだ。しかし、竜人王ドラゴニュートキングは背中にある大きな両翼をバサッと広げてみせた。飛ぶことはしないけど、その動きで起きた風圧によって俺とナナトさんは寄り付けなくなってしまった。クテルさんとイングラさんの攻撃はさっきと同じように受け止められ、また押し退けられてしまう。やっぱりこいつは他のドラゴニュートたちとは違う。ゴブリンキングの時もそうだったように、王たる力を持っている個体なんだ。


「ちっ!」

「単純な攻撃は通用しないな」

「俺が足を止めます!」


 単純じゃない方法なら魔法に適性のないみんなよりも、俺の方が向いてるはずだ。


闇煙スモーク!」


 俺は影魔法で周囲を暗闇にする煙幕を放出した。その中で竜人王ドラゴニュートキングに向かって全力で殺気をぶつけて煙の中に幻影シャドウを潜ませた。そのまま後方へ下がり、念じる。


同調シンクロ


 これで影は俺の動きを完全にトレースするようになる。相手の姿が見えないのは怖いけど、闇隠ハイドによって俺の気配を感じてはいないだろう。恐れず直進した。煙を抜けるとそっぽを向いている竜人王ドラゴニュートキングが目に入った。どうやら、ナナトさんが視線を誘導してくれたみたいだ。


 突然飛び出してきた俺に驚いたように竜人王ドラゴニュートキングはこちらを振り返ったけど、俺は影の後ろに隠れたまま接近を続けた。みんなもそれに合わせて付いて来てくれる。影が本体に見えるように早めに剣を構えて、竜人王ドラゴニュートキングの間合いに入った瞬間に剣を振るってみせた。やつは……幻影シャドウに斬りかかっている。


 やった! これで行動不能に…。


「嘘!?」


 幻影シャドウは確かに竜人王ドラゴニュートキングに斬られ、灰色の煙を散布した。でも、それに触れた竜人王ドラゴニュートキングは戦闘の意思を無くしてはいなかった。


「ガァァロォォオオオ!!!」


 影の後ろから再び現れた俺に対して威嚇だろうか、吠えてきた。このまま斬りかかっても影の二の舞になるだけだ。俺はすぐに方向転換してその場を離れた。失敗した……と思った。


「こっちだ!」


 ナナトさんが竜人王ドラゴニュートキングの懐に飛び込んだ。その速さに対応の遅れた竜人王ドラゴニュートキングは扇状の剣で押し返そうとするが、ナナトさんに技術力で勝てるはずもなく、刀でいなされて体勢を崩した。そこに左手の盾を前に押し出しながら右手の片手斧を振りかぶったイングラさんも突っ込んで行った。竜人王ドラゴニュートキングはそれに対して竜型の盾で防ぐしか手はなかった。


 そこまでやって、ようやく生まれた隙をクテルさんが見過ごすはずもなく……。足音も立てず背後から近づき、短刀を体の下で構えると竜人王ドラゴニュートキングの左翼を斬り上げた。


「ガァロォォ!?」


 余裕そうだった表情が崩れた。イングラさんを押し退け、クテルさんに斬りかかるために振り向こうとする。でも、そっちに背を向けてもいいのか? ザシュ……! と今度は右翼が斬りつけられる。ナナトさんだ。竜人王ドラゴニュートキングは堪らず跳躍してその場から退避した。よし、表情を崩させた上に移動を余儀なくさせるほどの攻撃を浴びせられたんだ。


「レイト、悪いな囮に使って」

 ナナトさんは刀に付いた血を振り払いながら言った。


「いえ、いいですよ。幻影シャドウが効かなくて俺にはどうにもできなかったですし、役に立てたなら良かったです」

「お前が魔法を使ったことの方が驚きだぜ」

「うむ……!」


 そうか、クテルさんとイングラさんには先に伝えておくべきだったな。俺にとってはこれしかないってくらいに、もうありきたりな攻撃パターンになっていたから忘れていた。


「すみません……」

「いや、いいぜ……今の手柄の半分くらいはくれてやる」

「ははは、ありがとうございます!」

「さて、舐めてた人間なんかに大事な翼を傷つけられて、どんな気分だ?」

 ナナトさんが竜人王ドラゴニュートキングを挑発する。


「ガァァロォォオオオ!!!」


 怒った様子の竜人王ドラゴニュートキングは、右手で持っていた扇状の剣を両手で持ち直すと、顔の前で力を込め始めた。すると、扇状の剣の刀身が熱を加えたように赤くなっていく。それを再び右手で持ち直して構える。


「なんだ?」

「色が変わりましたけど、何かあるんでしょうか?」

「何もなければああはならないだろうな」

「でもまぁ、翼はもう使えねーんだ……今度こそ囲んでやればいい」


 そうだ、もうあの厄介な翼で風圧は起こせない。だけど、それを失ったからこそってことも考えられる。翼に代わる奴の奥の手……それがあの赤い剣なんだと思える。


「ナナトさん!」

 マキアが合流しに来た。


護盾プロテクションを張り直しますか?」

「いや、まだ大丈夫だよ。それよりも、もう一枚張れる?」

「はい」

「それじゃあ彼にも。あと、そっちの人には治癒ヒールを」

「はい!」


 マキアはクテルさんに護盾プロテクションを、イングラさんには治癒ヒールを使った。


「よし、とりあえずあれが何なのかを確認する。みんな、援護を頼む」

「はい!」

「うむ……!」


 頷いて応えたクテルさんが真っ先に駆けていく。また背後を取るつもりなんだろう。ナナトさんが左から、イングラさんが正面から向かう。俺はまた盾のある右側から回り込んでいく。まずはナナトさんがあの剣の変化を確かめにいく。ただ色が変わっただけ……なんていうことはないだろう。竜人王ドラゴニュートキングは今までにないくらいに剣を頭の上で振りかぶって、迫ってくるナナトさんに狙いを定めた。


 ナナトさんが間合いに入った瞬間に赤い剣を振り下ろす。ナナトさんはすぐに刀を横に向けて身を守る体勢になった。しかし……。ボォオオオ!! 振り下ろした剣から炎が吹き出したように見えた。そんな馬鹿な……俺がメリカの付与魔法で火を剣に纏わせたようなことをこいつは単騎で行ったのか? しかも、その火力は俺が扱ったものよりも高かったように思う。


「ナナトさん!」

 後ろからマキアの心配そうな声が響いた。


「……大丈夫だ!」


 ナナトさんは無事だ。咄嗟に回避行動を取ったのか間合いの外へ逃げて、服に付いた火を払っていた。護盾プロテクションは破壊されてはいないみたいで、服の一部は焼け焦げてしまっている。つまりあれは魔法攻撃だということになる。振り下ろされた扇状の剣はまた元の黒い色に戻っている。一度きりだったのか? そう思っていると竜人王ドラゴニュートキングは再び両手で剣を持つ。また剣が赤くなってしまった。


 俺とイングラさんはそれを見て動きを止めてしまったけど、クテルさんだけは背後から忍び寄っていった。しかし、竜人王ドラゴニュートキングはそれを知っていたかのように体を捻らせて横に回転するように剣を振った。ボォオオオ!! と炎が円を描いた。これではクテルさんも近寄ることはできない。そして竜人王ドラゴニュートキングはまた両手で剣を持って黒く戻った剣を赤くしてしまう。俺は急いでナナトさんの元へと向かった。


「妙だな」

 ナナトさんがそう呟いていた。


「どうしたんですか?」

「あいつ、どうしてわざわざあの魔法効果を付与し直してるんだ? あの瞬間はどう見たって隙になるはずだ」

「確かに……でも、あの短い動作の間に接近して斬るのは難しいですよ」

「……何かある。そう感じるんだ」


 あれが竜人王ドラゴニュートキングが持つ王たる力なんだろうけど、その力にもからくりがあるってナナトさんは考えているみたいだ。だったら……俺にできることといえば。


「俺が視ます! もう一度、あれを使わせてください!」

 そう言って俺は後方に待機するマキアの所まで下がることにした。


「レイト!」

「ごめんマキア、俺を守って! 狙目エイムを使う!」

「……分かった!」


 ヒーラーであるマキアに護衛を頼むのは本来なら間違っている。この場所なら万が一にも攻撃は届かないだろうけど、近くには竜人術士ドラゴニュートメイジもいて、飛竜たちもいつ戻ってくるか分からない。そんな中で無防備に集中力だけを高めるのは難しい。誰かに守られているからという安心感が必要だった。


 ナナトさんとイングラさんが竜人王ドラゴニュートキングに正面から迫っていく。相手が扇状の剣を振り上げるタイミングで二人は左右に分かれる。狙われたのは剣に近い方のナナトさんだ。振り下ろした剣から炎が放出された。ナナトさんはすぐに跳び退いたから焼かれることはない。続けてイングラさんが攻撃を仕掛けるが、やはり単騎だときっちりと盾に防がれてしまい、押し退けられる。間合いから誰もいなくなると竜人王ドラゴニュートキングは黒くなった剣を両手で持とうとする。今だ……!


狙目エイム


 そう念じて集中するように竜人王ドラゴニュートキングを見ると、まるで奴の目の前に立って見ているかのような感覚になれた。この状態で観察して何か情報を得られれば……。竜人王ドラゴニュートキングが両手で持った剣を見る。変わった形をしているけど、それ自体に何か魔法効果があるようには見えない。握った手に力を込めているのが分かる。たぶん、あの炎は竜人王ドラゴニュートキング自身の魔法力を使って生み出しているんだろうってことも分かった。でも、それだとやっぱりナナトさんの言っていた点が気になってくる。


 ココハの烈風刃ゲイルブレードのように、一度放ったら終わりっていうのは魔法効果を他人に譲渡しているからで、竜人王ドラゴニュートキングは自身で使ってるわけだから、魔法力を常に注ぎ続けていれば途切れることはないはずで。剣が赤く染まっていく。その瞬間、俺の視界はとある場所に移っていた。それは竜型の盾……ドラゴンの顔を模した形で、その目がうっすらと光を放っていた。これに意味が無いとは思わない……俺はすぐに狙目エイムを解いて仮説を立てる。


「ふぅぅ……。これなら、あの行動の理由にも納得できるかも」

「何か分かったの?」

「うん。これであの魔法を封じられるかもしれない」

「レイト!」

 ナナトさんたち前線にいた三人が後方へと下がって来た。


「なんだ? アイツを放っておいていいのかよ?」

「すみません、クテルさん……」

「レイト、何か見えたか?」

「はい……あくまで俺の予想でしかないですけど、奴の魔法量は大して多くないはずです。だからあの炎の剣を常に維持してはいられない」

「それはわたしも思った。でも、そんなにすぐに魔法力は回復しない」

「うん。だから……奴は魔法力を回復してないんだと思う」

「どういうことだ?」

「盾……あの盾に魔法力を貯蔵してて、それを直接あの剣に注いでるんだと思います」

「魔法力を貯蔵できる盾……か」

「そんなものが!?」

「絶対はない、だろ?」

「……ええ」

「なるほどな……」

 クテルさんが竜人王ドラゴニュートキングの方に向き直った。


「あれを壊すか引き剥がしちまえばいいってことか」

「あくまでも、俺の予想ですよ?」

「レイトの目は本物だ。これまでだってそうだっただろ?」

「でも……今回は違うかもしれませんし、竜人王ドラゴニュートキング相手にそんな間違いをしたら……」

「けっ、レイト。お前はやっぱりまだまだだな」

「……クテルさん?」

「信じてやる。な、イングラのおっさん?」

「うむ……!」

「決まりだな。おれがあの剣を引き付ける。その隙に三人で盾でも腕でもいい……奴から魔法力を奪い取ってくれ」

「任せな!」

「……はい!」


 竜人王ドラゴニュートキングがのしのしと歩み寄ってくる。これ以上近づかれるのはマキアにとっても危険だ。俺たちはすぐに行動に移る。真っ先に駆け寄ったナナトさんが間合いまで詰めて炎の剣を振らせる。そこにイングラさんが盾に向かって斧を振り下ろしたけど、盾は破壊できない。俺とクテルさんは腕を狙っていく。しかし、竜人王ドラゴニュートキングがイングラさんを押し退けた時に運悪く俺はイングラさんにぶつかってしまい、後ろへ吹っ飛んだ。


「うあぁっ!」


 クテルさんの攻撃に備えるように体勢を整えかけた竜人王ドラゴニュートキング。しかし、俺とぶつかった反動で先に体勢を整えられたイングラさんが斧を捨てて竜型の盾に飛びついた。


「イングラさん!?」


 竜人王ドラゴニュートキングはすぐに引き剥がそうと剣で攻撃するが盾や鎧で防ぐイングラさんはしがみついて離そうとはしない。


「おっさん、そのままだぜ!」


 クテルさんが攻撃体勢に入った瞬間、俺は竜人王ドラゴニュートキングが両手で剣を握っているのが見えた。ナナトさんは……ダメだ、炎を避けた時に距離をとっているから間に合わない。


「無理です! 離れてください!」


 そう叫んだ時、クテルさんが竜人王ドラゴニュートキングの左腕を切断した。バランスを崩しながらもイングラさんは竜型の盾をその腕ごと遠くへと放り投げた。やり遂げた……のか?


 ボォオオオ!! と炎が立ち上がる。俺は尻餅を付いたままそれを見ていた。炎の中で全身鎧の男性がこちらに右腕を伸ばして親指を立てている。


「イングラ……さん?」


 斬られた背中から瞬く間に全身に炎が駆け巡ったのか、全身に身に付けた鎧の中はどれくらいの熱だったのか俺には想像もできない。だけど、イングラさんは最後まで笑っていたんだと思う……そう、思いたかった。目の前で灰になっていくイングラさんに俺は何の言葉もかけられなかった。お礼も謝罪も、何も……。


「レイト!」


 俺はクテルさんに引きずられるようにしてその場から離された。俺がいた所に扇状の剣が振り下ろされたのを見て、自分が狙われていたことにようやく気がついた。


「ボケッとしてんじゃねえよ!」

「すみません……」

「戦えねえなら下がれ! おっさんの仇は俺が討つ!」


 クテルさんが竜人王ドラゴニュートキングに向かっていく。先に交戦状態になっていたナナトさんと二人で怒濤の攻撃を繰り返し攻め立てる。竜人王ドラゴニュートキングは押されているものの、多少の傷はお構い無しとでもいうように扇状の黒い剣を振り回している。もう……あの剣が赤くなることはなかった。


「ガァルゥゥウウ!!」


 後方から声が聞こえて、盾を奪うチャンスはきっとあの瞬間しかなかったんだと思った。北で壁役を引き受けてくれていたオーガたちが突破され、ドラゴニュートたちがこちらへと向かってくる。イングラさんの犠牲を無駄にはできない。竜人王ドラゴニュートキングを倒さないと。俺は立ち上がり、改めて周囲の確認をする。


 ココハたちは……みんな無事みたいだ。ビボックは治療中だけど、竜人術士ドラゴニュートメイジはもう立ってはいなかった。ルーインやリホルさん、ココハも迫ってくるドラゴニュートの足止めの為に動いてくれるみたいだ。俺も動かないと。心配そうにこっちを見ていたマキアに手を上げて平気だと知らせ、ナナトさんとクテルさんの元へと向かう。


 竜人王ドラゴニュートキングが振り回した剣に短刀を弾き飛ばされたクテルさんが後退してくる。俺はそれを回収してからクテルさんと合流した。


「やれんのか?」

「はい!」

「よし……奴の目を前方で釘付けにする。お前は背後から狙え」

「俺がですか?」

「お前にあの人の援護ができるか?」


 今、ナナトさんは一人で竜人王ドラゴニュートキングと剣を交えている。あの隣に立って共に戦うのは目標だったし、いつかはって気持ちもある……でも、今じゃない。


「背後へ回り込みます」

「よし……レイト」

「はい?」

「いいか? 姿勢を低く保ち、膝は柔軟に、踵から地面に付くようにして走れ」

「……はい!」

「チャンスっていうのは自分で作るもんだ。不利な状況でも前に踏み出す勇気がなけりゃ活路は見出だせねえ。覚えとけよ?」

「分かりました!」

「へっ!」


 クテルさんは少しだけ笑っていた気がした。今はもう走っていく背中しか見えないけど、あの笑顔の理由は俺には理解できなかった。考えている時間じゃない。今はとにかく行動しないといけない。俺はクテルさんに言われたように姿勢を低くし、なるべく音を立てないように意識して背後へと回り込んだ。


 ナナトさんとクテルさんがまた二人で攻撃を始めた。心なしかさっきよりも二人の息が合っているように感じる。刀を愛用する者同士、お互いにどう動きたいのかが分かってきたみたいだ。逆に、片腕を失っている竜人王ドラゴニュートキングは、その出血からか動きが鈍ってきているように思う。いけるかもしれない……そう思った時だ。


 相手の一瞬の隙を突いてクテルさんが竜人王ドラゴニュートキングの剣を払い上げて大きな隙を作り出した。そして、そのチャンスをナナトさんが最大限に活かせるようにクテルさんはすぐに身を引いた。ナナトさんは刀を両手で持ち、右下から左上へと斬り上げると、竜人王ドラゴニュートキングの胸にこれまでで一番深い傷を付けることができた。


 でも、それだけでは終わらない。今度は左下から右上へと斬り上げて十字傷を作った。八の字を描くようにそれをもう一撃ずつ入れて傷口を広げ、五撃目を撃ち込もうとした時……竜人王ドラゴニュートキングが剣を振り下ろそうとした。それに合わせてナナトさんは刀をぶつけてもう一度弾き飛ばそうとした。


 キィィィィン…………と高い音が響いた。それは刃の折れた音だった。誰がどう見たって優勢だったし、勝てるんじゃないかって期待も高まっていた。だけど……良くないことって続くものだ。折れたのはナナトさんの刀だった。眉唾物だと揶揄した、けして折れないという伝説の武器の贋作。その刀が今このタイミングで真っ二つになった。


 まずい……そう思った俺は慣れない走り方を止めて急いで駆けつけようとした。竜人王ドラゴニュートキングが振り払うように剣を振るうと、ナナトさんに張られていた護盾プロテクションを一撃で突破し、自分と同じようにナナトさんの胸にも傷を負わせた。


「くはっ!」


 深い……嘘だろ? ナナトさんだぞ? あのナナトさんがあそこまで深い傷を付けられたことなんて今までになかった。見たこともなかったし、想像もしていなかった。


「ガァァロォォオオオ!!!!」


 吠えた竜人王ドラゴニュートキングの追撃をナナトさんは刃のない刀で受けたが、堪えきれずに後方へと吹っ飛んでいった。


「ナナトさん!」

 マキアがすぐに治療へ向かう。


 竜人王ドラゴニュートキングはそれを追いかけようと足を踏み出した。俺は行かせまいと走る速度を上げて一気に駆け寄った。すると……竜人王ドラゴニュートキングは突然こちらを振り返った。俺は……誘われたのか!? 咄嗟に殺気をぶつけて左へと緊急回避した。でも、逃げた先の地面に扇状の剣が振り下ろされた。俺はその場で立ち止まってしまう。


「あぁ……」


 逃げられないと思った。竜人王ドラゴニュートキングの間合いの中で対峙することになった俺は、これまでにない威圧感を受けて恐怖心に支配されそうになる。


「くっそ……負けるかよ。ここまで来たんだ……みんながここまで連れて来てくれた。諦めない……俺は最後まで諦めないぞ!」


 竜人王ドラゴニュートキングが扇状の剣を振り上げる。俺も鋼鉄の剣を構えた。いつも以上に集中している。まるでこの距離で狙目エイムが発動しているように相手の姿が良く見える。同時に剣を振るった。俺の目は扇状の剣に入っていた小さなひびを追っていた。ナナトさんの刀を折った時にこいつの剣にもダメージはあったんだ。


 ガキンッ! 剣と剣がぶつかり合い、俺は竜人王ドラゴニュートキングの力に押し負けて大きく後ろに仰け反ってしまう。奴の剣は……砕けなかった。くっそ……殺られる!

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