第199話「竜人王」
会話もそこそこに、
「ナナトさん、
「そうか……助かった」
「レイト、怪我は?」
「大丈夫」
「ココハは……いいの?」
「うん、信じよう」
「……よし、それならおれたちは本来の目的を果たそう。あの二人はもう動き出してるぞ」
俺は
「イングラさんが押し負けるなんて……」
「腕力だけじゃないな……あいつは相当頭が良いんだろう。それに、勘も鋭そうだ」
「行きましょう。あいつがどんなに強くても、こっちにはナナトさんがいます!」
「そうだな……と言いたい所だけど、おれも奴と戦うのは初めてだ。あまり期待はするなよ?」
「……ナナトさんのことも、信じてますから」
「まぁ、それくらいならいいか」
「
「頼む!」
マキアは俺とナナトさんの胸に触れて光魔法を使う。
「我は唄う、光よ、かの者に救いを……
きっと、
「マキアは離れていてくれ。周囲にも十分に気を配ること」
「はい」
「よし、行くぞ!」
そう言ってナナトさんは走り出した。
「行ってくる!」
「気をつけて」
マキアの護衛に人員は割けない。この辺りから飛竜は見当たらないけど、もし狙われても助けにはいけないだろう。マキアなら自分で判断はできるだろうけど、少しだけ後ろ髪は引かれてしまう。再度攻撃を仕掛けるクテルさんとイングラさんに合わせて、俺とナナトさんも左右から接近を試みる。四方からの同時攻撃なら対応なんてできないはずだ。
「はぁぁああ!」
盾のある左側面を狙った俺は敢えて声を出して盾を引き付けようとした。俺の腕力よりも他の三人の攻撃が当たった方がダメージは大きいはずだからだ。しかし、
「ちっ!」
「単純な攻撃は通用しないな」
「俺が足を止めます!」
単純じゃない方法なら魔法に適性のないみんなよりも、俺の方が向いてるはずだ。
「
俺は影魔法で周囲を暗闇にする煙幕を放出した。その中で
『
これで影は俺の動きを完全にトレースするようになる。相手の姿が見えないのは怖いけど、
突然飛び出してきた俺に驚いたように
やった! これで行動不能に…。
「嘘!?」
「ガァァロォォオオオ!!!」
影の後ろから再び現れた俺に対して威嚇だろうか、吠えてきた。このまま斬りかかっても影の二の舞になるだけだ。俺はすぐに方向転換してその場を離れた。失敗した……と思った。
「こっちだ!」
ナナトさんが
そこまでやって、ようやく生まれた隙をクテルさんが見過ごすはずもなく……。足音も立てず背後から近づき、短刀を体の下で構えると
「ガァロォォ!?」
余裕そうだった表情が崩れた。イングラさんを押し退け、クテルさんに斬りかかるために振り向こうとする。でも、そっちに背を向けてもいいのか? ザシュ……! と今度は右翼が斬りつけられる。ナナトさんだ。
「レイト、悪いな囮に使って」
ナナトさんは刀に付いた血を振り払いながら言った。
「いえ、いいですよ。
「お前が魔法を使ったことの方が驚きだぜ」
「うむ……!」
そうか、クテルさんとイングラさんには先に伝えておくべきだったな。俺にとってはこれしかないってくらいに、もうありきたりな攻撃パターンになっていたから忘れていた。
「すみません……」
「いや、いいぜ……今の手柄の半分くらいはくれてやる」
「ははは、ありがとうございます!」
「さて、舐めてた人間なんかに大事な翼を傷つけられて、どんな気分だ?」
ナナトさんが
「ガァァロォォオオオ!!!」
怒った様子の
「なんだ?」
「色が変わりましたけど、何かあるんでしょうか?」
「何もなければああはならないだろうな」
「でもまぁ、翼はもう使えねーんだ……今度こそ囲んでやればいい」
そうだ、もうあの厄介な翼で風圧は起こせない。だけど、それを失ったからこそってことも考えられる。翼に代わる奴の奥の手……それがあの赤い剣なんだと思える。
「ナナトさん!」
マキアが合流しに来た。
「
「いや、まだ大丈夫だよ。それよりも、もう一枚張れる?」
「はい」
「それじゃあ彼にも。あと、そっちの人には
「はい!」
マキアはクテルさんに
「よし、とりあえずあれが何なのかを確認する。みんな、援護を頼む」
「はい!」
「うむ……!」
頷いて応えたクテルさんが真っ先に駆けていく。また背後を取るつもりなんだろう。ナナトさんが左から、イングラさんが正面から向かう。俺はまた盾のある右側から回り込んでいく。まずはナナトさんがあの剣の変化を確かめにいく。ただ色が変わっただけ……なんていうことはないだろう。
ナナトさんが間合いに入った瞬間に赤い剣を振り下ろす。ナナトさんはすぐに刀を横に向けて身を守る体勢になった。しかし……。ボォオオオ!! 振り下ろした剣から炎が吹き出したように見えた。そんな馬鹿な……俺がメリカの付与魔法で火を剣に纏わせたようなことをこいつは単騎で行ったのか? しかも、その火力は俺が扱ったものよりも高かったように思う。
「ナナトさん!」
後ろからマキアの心配そうな声が響いた。
「……大丈夫だ!」
ナナトさんは無事だ。咄嗟に回避行動を取ったのか間合いの外へ逃げて、服に付いた火を払っていた。
俺とイングラさんはそれを見て動きを止めてしまったけど、クテルさんだけは背後から忍び寄っていった。しかし、
「妙だな」
ナナトさんがそう呟いていた。
「どうしたんですか?」
「あいつ、どうしてわざわざあの魔法効果を付与し直してるんだ? あの瞬間はどう見たって隙になるはずだ」
「確かに……でも、あの短い動作の間に接近して斬るのは難しいですよ」
「……何かある。そう感じるんだ」
あれが
「俺が視ます! もう一度、あれを使わせてください!」
そう言って俺は後方に待機するマキアの所まで下がることにした。
「レイト!」
「ごめんマキア、俺を守って!
「……分かった!」
ヒーラーであるマキアに護衛を頼むのは本来なら間違っている。この場所なら万が一にも攻撃は届かないだろうけど、近くには
ナナトさんとイングラさんが
『
そう念じて集中するように
ココハの
「ふぅぅ……。これなら、あの行動の理由にも納得できるかも」
「何か分かったの?」
「うん。これであの魔法を封じられるかもしれない」
「レイト!」
ナナトさんたち前線にいた三人が後方へと下がって来た。
「なんだ? アイツを放っておいていいのかよ?」
「すみません、クテルさん……」
「レイト、何か見えたか?」
「はい……あくまで俺の予想でしかないですけど、奴の魔法量は大して多くないはずです。だからあの炎の剣を常に維持してはいられない」
「それはわたしも思った。でも、そんなにすぐに魔法力は回復しない」
「うん。だから……奴は魔法力を回復してないんだと思う」
「どういうことだ?」
「盾……あの盾に魔法力を貯蔵してて、それを直接あの剣に注いでるんだと思います」
「魔法力を貯蔵できる盾……か」
「そんなものが!?」
「絶対はない、だろ?」
「……ええ」
「なるほどな……」
クテルさんが
「あれを壊すか引き剥がしちまえばいいってことか」
「あくまでも、俺の予想ですよ?」
「レイトの目は本物だ。これまでだってそうだっただろ?」
「でも……今回は違うかもしれませんし、
「けっ、レイト。お前はやっぱりまだまだだな」
「……クテルさん?」
「信じてやる。な、イングラのおっさん?」
「うむ……!」
「決まりだな。おれがあの剣を引き付ける。その隙に三人で盾でも腕でもいい……奴から魔法力を奪い取ってくれ」
「任せな!」
「……はい!」
「うあぁっ!」
クテルさんの攻撃に備えるように体勢を整えかけた
「イングラさん!?」
「おっさん、そのままだぜ!」
クテルさんが攻撃体勢に入った瞬間、俺は
「無理です! 離れてください!」
そう叫んだ時、クテルさんが
ボォオオオ!! と炎が立ち上がる。俺は尻餅を付いたままそれを見ていた。炎の中で全身鎧の男性がこちらに右腕を伸ばして親指を立てている。
「イングラ……さん?」
斬られた背中から瞬く間に全身に炎が駆け巡ったのか、全身に身に付けた鎧の中はどれくらいの熱だったのか俺には想像もできない。だけど、イングラさんは最後まで笑っていたんだと思う……そう、思いたかった。目の前で灰になっていくイングラさんに俺は何の言葉もかけられなかった。お礼も謝罪も、何も……。
「レイト!」
俺はクテルさんに引きずられるようにしてその場から離された。俺がいた所に扇状の剣が振り下ろされたのを見て、自分が狙われていたことにようやく気がついた。
「ボケッとしてんじゃねえよ!」
「すみません……」
「戦えねえなら下がれ! おっさんの仇は俺が討つ!」
クテルさんが
「ガァルゥゥウウ!!」
後方から声が聞こえて、盾を奪うチャンスはきっとあの瞬間しかなかったんだと思った。北で壁役を引き受けてくれていたオーガたちが突破され、ドラゴニュートたちがこちらへと向かってくる。イングラさんの犠牲を無駄にはできない。
ココハたちは……みんな無事みたいだ。ビボックは治療中だけど、
「やれんのか?」
「はい!」
「よし……奴の目を前方で釘付けにする。お前は背後から狙え」
「俺がですか?」
「お前にあの人の援護ができるか?」
今、ナナトさんは一人で
「背後へ回り込みます」
「よし……レイト」
「はい?」
「いいか? 姿勢を低く保ち、膝は柔軟に、踵から地面に付くようにして走れ」
「……はい!」
「チャンスっていうのは自分で作るもんだ。不利な状況でも前に踏み出す勇気がなけりゃ活路は見出だせねえ。覚えとけよ?」
「分かりました!」
「へっ!」
クテルさんは少しだけ笑っていた気がした。今はもう走っていく背中しか見えないけど、あの笑顔の理由は俺には理解できなかった。考えている時間じゃない。今はとにかく行動しないといけない。俺はクテルさんに言われたように姿勢を低くし、なるべく音を立てないように意識して背後へと回り込んだ。
ナナトさんとクテルさんがまた二人で攻撃を始めた。心なしかさっきよりも二人の息が合っているように感じる。刀を愛用する者同士、お互いにどう動きたいのかが分かってきたみたいだ。逆に、片腕を失っている
相手の一瞬の隙を突いてクテルさんが
でも、それだけでは終わらない。今度は左下から右上へと斬り上げて十字傷を作った。八の字を描くようにそれをもう一撃ずつ入れて傷口を広げ、五撃目を撃ち込もうとした時……
キィィィィン…………と高い音が響いた。それは刃の折れた音だった。誰がどう見たって優勢だったし、勝てるんじゃないかって期待も高まっていた。だけど……良くないことって続くものだ。折れたのはナナトさんの刀だった。眉唾物だと揶揄した、けして折れないという伝説の武器の贋作。その刀が今このタイミングで真っ二つになった。
まずい……そう思った俺は慣れない走り方を止めて急いで駆けつけようとした。
「くはっ!」
深い……嘘だろ? ナナトさんだぞ? あのナナトさんがあそこまで深い傷を付けられたことなんて今までになかった。見たこともなかったし、想像もしていなかった。
「ガァァロォォオオオ!!!!」
吠えた
「ナナトさん!」
マキアがすぐに治療へ向かう。
「あぁ……」
逃げられないと思った。
「くっそ……負けるかよ。ここまで来たんだ……みんながここまで連れて来てくれた。諦めない……俺は最後まで諦めないぞ!」
ガキンッ! 剣と剣がぶつかり合い、俺は
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