第198話「竜人術士」
レイトくんたちが行ってしまいました。私は精霊魔法でみんなの進む道を切り開くことはできましたが、魔法量が底を尽きてしまったから……ここで私の戦いは終わってしまいました。
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
「…はい」
「あ、ココハちゃん……無理せえへん方がええよ? 座ってよ?」
「…うん」
ランデーグさんに呼ばれて立ち上がろうとしたけど、上手く立てなくてメリカちゃんに寄りかかってしまいました。
「周囲に敵影もないわあ。安心して休んでねえ?」
「ぼちぼち飛竜の方も片付きそうだな。だが、王国軍の被害も馬鹿になんねぇぞ」
この戦争は私たちが招いたものなのかもしれないと……そう考えてしまいます。水竜討伐戦……あの戦いには王国軍の人も参加してくれていました。だから、もしかしたらこうなることも分かっていたのかもしれませんが。干ばつのこともあったから仕方なかった……なんて私には言えないけど、せめて、兵士の人たちの命が少しでも救われるようにとお祈りしたいです。
「……あなた!」
「ちっ、来やがったか!」
休んでいるのを見られたのか、南西から緑色の竜人族が走って来ます。二体のリザードマンです。ランデーグさんが大きめの剣を持って戦闘体勢に入りました。私は立ち上がることもできず、それをただ見ているだけです……。
「
ドリンさんがランデーグさんに
「…メリカちゃん、援護に行って!」
「え? でも……うちは……」
「…お願い!」
「……うん、分かった」
震える手で投剣を抜いたメリカちゃんがランデーグさんの所へと向かってくれました。怖いかもしれない……でもそれは、きっと戦いの中でしか克服できないこと。私はメリカちゃんにも諦めてほしくないから。
「……
投剣がランデーグさんのすぐ近くを通って、リザードマンに迫りました。
「うお!?」
ランデーグさんは驚いていたけど、投剣から身を守ろうと盾で防いだリザードマンがその重量変化に対応できず、体を地面に付けてしまいました。
「ご、ごめんなさいやぁ!!」
「いや、よくやった! 助かったぞ、お嬢ちゃん!」
ランデーグさんはすぐにそのリザードマンの首をはねて、残ったもう一体へと向かいました。メリカちゃんはそれきり援護はできないでいました。
「ココハちゃあん!?」
ドリンさんがこっちを見て驚いています。私はメリカちゃんに気を取られ過ぎていて周囲を警戒しておくことを忘れていました。
「ガルゥゥ!」
槍を持ったリザードマンが南東の方角から近づいて来ていました。今の私には
『…レイトくん!』
心の中で必死に助けを求めました。いつだって私を助けてくれたレイトくんは……来てくれない。
「ココハちゃん!!」
「嬢ちゃん、逃げろ!」
逃げたい……逃げたいけど、力が入らないの。私は地面に座り込んだまま後退りしました。槍リザードマンはその射程に私を捉えると槍を構え直して突き刺そうと……。
ドン! という音と共に私とリザードマンの間の地面から岩が突き出てきました。その岩にリザードマンの槍は弾かれて私は一命を取り留めました。
「…
それは地属性の魔法でした。そして、その
「おらぁぁあああ!!!」
そこに大きな斧を持った男の人が勢いよく駆けてきて、リザードマンの胴体を一刀両断してしまいました。呆然としている私の横から手を差し伸べてくれる人たちがいます。
「大丈夫? えっと、確かココハさん……だったかな?」
「…はい」
「俺たちのことは覚えてる?」
「…ルーインくん、それに……トネットさん」
「うん、怪我はない?」
「…はい」
「おいリホル! お前が言った通りだったな!」
大きな斧を持っているビボックくんが私を助けてくれた女の子を呼んでいます。三人の後ろからゆっくりと歩いてくる女の子は、たくさんの魔法知識を持っていて、それを私に教えてくれた……
私はルーインくんの手を借りてようやく立ち上がることができました。人見知りな私はあまり話したりはできなかったけど、一緒に水竜と戦った南方討伐隊の人たちが目の前にいました。
「風属性の矢を見てもしかしたらと思った……それがさっきの魔法で確信に変わった」
リホルさんが言いました。
「神殿所属の冒険者も来てるって聞いてたから、どこかにレイトたちもいるはずだって話してたんだよ」
「おう! それで……仲間はどうした?」
「…えっと」
「レイトはどうしたの?」
「あの目立つ
「ちょっと! この子はあまり前に出られる子じゃなかったでしょ? そんなに質問攻めにしたら可哀想よ」
ルーインくんたちが話していると、リザードマンと戦っていたランデーグさんたちも戻ってきて合流しました。
「トネットちゃんじゃなあい?」
「え? 先生!? ドリン先生!!」
「あらあら、あなたも来ていたのね?」
「はい! まさかこんな場所で先生に会えるなんて……」
トネットさんはドリンさんに
「俺たちも行こう。
「おお! 勇者のパーティーが黙って見てるだけっていうのはあり得ねーよな!」
「…あの」
「大丈夫よ。あなたたちの仲間はあたしたちが連れて戻るから」
「…………」
「リホル、いけるか?」
「平気」
「おっしゃ! 敵陣を中央突破だな!」
「ああ!」
ルーインくんたちが士気を高めています。この人たちはすごく信頼しあっていて、向上心があって、たった四人なのに戦争に参加しています。この人たちだったらレイトくんたちを助けてくれるかもしれません。
でも、私は……。
「…あの!」
「ん? どうした?」
「…私も、連れて行ってください!」
「…………」
「ココハちゃん……何を言うてるんやぁ? だって、もう魔法は使えへんのやろぉ?」
「…それでも、私は……レイトくんを助けに行きたい!」
「気持ちは分かるけど……」
「
そう言ってくれたのはリホルさんでした。
「リホル……でもさ」
「魔法が使えねーんだろ?」
「トネットの
「いいの? あたしももう何度も使えないけど」
「私たち全員より、
「……分かった。トネット、頼む」
「うん」
トネットさんは私の胸に手を当てて光魔法を使ってくれます。
「
以前にもこうして魔法力を分けてもらったことがあります。他人の魔法力が体の中に入ってくる感覚は不思議で、トネットさんの温かい心が伝わってくるような気がします。
「…ありがとう、ございます」
「ううん、一緒にレイトくんを助けに行きましょ?」
「…はい!」
「そっちの子はどうすんだ? もう一人も二人も変わんねーぞ!」
「うちは……役に立たれへんから……」
「…メリカちゃん」
「ごめんなぁ、ココハちゃん。うち……」
「…メリカちゃんは、戦える!」
「え?」
「…さっきは戦えてたよ? でも、ブレンくんのことがあって……怖くなってるのは、私にも分かるから……」
「ココハちゃん」
「…待ってて? みんなと一緒に、帰ってくるから。そしたらまた……たくさんお話しよう? ブレンくんのこと、忘れないように」
「……はいなぁ」
メリカちゃんは泣いていました。何もできない自分が悔しいんだと思います。私も……ルミルを失った時に同じように思ったから。でも、メリカちゃんなら立ち直ってくれると信じています。明るく元気で私たちを笑顔にしてくれる大切な家族だもん。
「そろそろ行こう」
「おっしゃ!」
「嬢ちゃん! 坊主を頼むな!」
「…はい!」
「トネットちゃんも気をつけてねえ?」
「はい! 行ってきます、先生!」
こうして私はルーインくんたちと一緒にレイトくんたちのいる南の戦場へと向かうことになりました。竜人族と不死族、そしてオーガたちが戦っているのが見えます。中でもオーガたちは南側に固まっているように見えました。相手はどちらも上位五種族だから、同じようには戦えないのかな? スケルトンたちは相変わらず攻撃してきた相手だけを狙っているみたいで、実質的には竜人族だけが他種族を全て相手にしている形になっているみたいです。
「うじゃうじゃだな! どうする、真っ直ぐ行くのか!?」
「どう迂回しても変わらない。最短ルートで行こう。リホル、まとめて動きを止めてくれ」
「…あの! オーガたちは、味方……なので!」
「そうなの?」
「だからってオーガだけ綺麗に避けるような魔法なんてねーだろ!?」
「……使い方次第」
リホルさんが呟いて立ち止まり、銀色のブーツを履いた足で地面を踏みつけました。すると、私たちのいる右側の地面が振動して波打つように盛り上がって進んでいきます。その魔法は水竜戦でも使っていた
「おお! すっげ!」
「よし、このまま一気に突破するぞ!」
先頭のルーインくんは背を向けているドラゴニュートの後ろを選ぶように走っていきます。戦場と相手をよく見ているんだなと思うのと同時に、すごくハイペースなので付いて行くのがやっとの私はそう長くは関心もしていられませんでした。ドラゴニュートたちと戦闘しているオーガたちの脇を通り抜けると、三つ巴になっている戦場はもうありませんでした。そして、遠くに薄紫色の光が見えました。レイトくんたちが戦っている光。
「見えた!」
「ココハさん、もう一踏ん張りよ!」
「…はい!」
「到着次第そのまま戦闘に入る。遅れるなよ!」
「おうよ!」
「トネット」
「うん」
リホルさんとトネットさんは走りながら手を繋ぎました。
「
光魔法の多くは相手に触れていないと発動できないものが多いとマキアさんから聞きました。それをこんな状況でも使えるように手を繋いだんだと思います。
「集中攻撃を受けてるの、レイトじゃないか!?」
ビボックくんの一言で私はすぐに前方に目を向けました。レイトくんが必死に逃げ回っていて、それを見たことのない魔法で追い込んでいる竜人族の
「
「…はい!
私はすぐに精霊魔法を使ってその
「ビルド・アムス・フィール……。アクト・アムス・シュレーク……。ウィルク・アムス・シュヴェア……」
リホルさんが地面を踏み込みます。それは
「…レイトくん!」
「ココハ!? どうして……それにルーインたちまで!」
「よう!」
「レイト、また会えたな。でも……挨拶はこいつらを倒してからにしよう」
「……だな」
「
「分かった! ココハ、行こう!」
レイトくんに呼ばれます。でも……私は。
「ココハ?」
「…レイトくん、私……リホルさんのお手伝いがしたいの。ここまで、連れて来てもらったから……」
「……分かった、ココハの思うように。
「…うん、ありがとう!」
「ルーイン! ココハを頼む!」
レイトくんはそう言ってナナトさんの元へと行ってしまいました。これでいい……レイトくんが近くにいてくれるだけで私は頑張れる。
「ビボック、接近して魔法の発動を妨害しろ!」
「おっしゃ! 任せろ!」
ビボックくんが
「リホル、援護を!」
「…私も!」
「頼む! 俺も出るぞ!」
私とリホルさんが魔法を使って
「おらぁぁあああ!」
「はっ!」
ガンッ……とビボックくんの大きな斧が、カツン……とルーインくんの細い剣が弾かれました。
「ビボック、挟み込むぞ!」
「おう!」
あの障壁は
「…
私とリホルさんも頭上と足元からの攻撃で援護します。
「でたらめで苦し紛れに見えるけど、対応は完璧ね」
「…でも、これを続けていけば……いつかは」
「無理。先に私の魔法量が尽きる」
「…ぁ」
トネットさんにはもうリホルさんに分け与えるだけの魔法量は残ってなくて、きっと治癒魔法を数回使えるくらいだと思います。リホルさんは本当ならもう一度
「タイミングを変えるぞ!」
ルーインくんの指示でみんなはすぐに行動を始めました。すごい……展開が早くて私には考える余裕もありません。
「おらぁぁあああ!」
ビボックくんが先に動き出して障壁を自分の方に移させました。それを見てから攻撃を仕掛けようとリホルさんが地面を踏み込もうとします。でも、それを見ていた
「……ぐっ」
既に攻撃体勢だったリホルさんは完全には避けられなくて、履いている銀色のブーツを破損させられてしまいました。パリン……とガラスが割れるような音がしました。ビボックくんが障壁を攻撃して破壊してくれたみたいです。
「…
遅れて魔法を放った私とルーインくんの攻撃が重なります。
「ガァァァルゥゥウウウ!!!」
突然、
バシュゥゥゥン……! という音が二つ重なって聞こえました。
「ぐぁぁああああ!!!」
魔法陣から突き出た薄紫色の剣がビボックくんの肩に刺さっていました。
「ビボック!」
倒れ込んでしまうビボックくんを見て、ルーインくんが叫び、トネットさんが急いで治療へと向かいます。でも、
「…
私は咄嗟に風の障壁を自分の周囲に展開して、前に向かって走りました。
「ガァァルゥ!!」
「
ブーツを失ったリホルさんが
「…あの、その剣を!」
「どうするつもり?」
説明している暇はありません。私は強引にルーインくんの細い剣に触れて精霊魔法をイメージしました。
「…
ルーインくんの細い剣に風が纏って槍の形へと変化していきます。
「…これで、攻撃を!」
「……槍か。扱ったことはないけど……」
「…えっと、タイミングはこちらで合わせます……だから、お願いします!」
「何かあるんだね? 分かった。やってみせるさ、俺は英雄になる男だからな」
そう言ってルーインくんはすぐに
「おおおおおおおおおお!!!!!」
ルーインくんは躊躇いもなく駆けていき、風の槍を引いて構えると一気に跳躍してその腕を伸ばしました……。今!
「…貫いて!」
ルーインくんの剣が障壁に当たった瞬間、それを刳り貫くようにして渦巻いた風が射出されて障壁を突破しました。そして、そのまま
「ガァァ…………」
前方には肩で呼吸をするルーインくん。後方にはリホルさんもいます。トネットさんが治療しているビボックくんは……良かった、無事みたいです。ルーインくんに向かって拳を空に突き上げて見せていました。みんな無事で……本当に良かったです。レイトくんたちはどうなったかな? 私は
「無理です! 離れてください!」
そう叫ぶ、レイトくんの声が聞こえました。
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