第197話「戦場を駆け抜けて」

 ナナトさんがココハに頭を下げて頼むなんて……。ココハにとってナナトさんは、冒険者として踏み出す一歩を助けてくれた恩人で、魔法を使えるようにしてくれた先生でもあり、肩を並べて戦ってきた仲間で……大切な家族だった。


 世界を救うとか、戦争を終わらせるためだとか……正直、俺たちには規模がでかすぎて心を決める材料としてはしっくりこなかった。だけど、あのナナトさんがココハの実力を認めた上で頼み事をしている。それが無茶なことだということはみんなも分かってて、次に大きな魔法を使ったら……もう自衛すらできなくなるくらいに動けなくなるだろう。でも、それでもだ……。この人がここまでして頼ってくれる。ココハが感じているだろうその気持ちは、俺にだって分かるくらいに胸が熱くなる。


「…私、やります! やらせて……ください!」

「……ありがとう、ココハちゃん」


 誰にも止められるはずなんてない。メリカに続き、ココハもここで戦線離脱することになる。それでも、俺たちは前に進むことを止めたりはしない。


「ランデーグさん……だったな。あなた方にはココハちゃんとメリカちゃんの護衛を頼みたい」

「おお、任せとけ!」

「レイト、マキア……二人はどうする? 戦力も足りてないし、この先は君たちが首を突っ込む必要のない場所だ。無理強いはしない」

「……ナナトさん、今更ですよ。もう後ろ向きは止めたんです。俺は前に進みたい……それに、リーダーは俺ですよ? 置いて行かないでくださいよ」

「ははっ、そうだな。マキアは?」

「わたしも行きます……まだ、戦えますから。最後の瞬間まで諦めたくありません。わたしにも……ナナトさんの背負っているものを分けてください」

「ああ、一緒に行こう」

「旦那、いいか?」

「ん……おお、構わねぇよ」

「クテルさん?」

「付き合うぜ……な、イングラのおっさん?」

「うむ……!」

「ありがとうございます!」


 ナナトさん、俺、マキア、クテルさん、イングラさんの五人。竜人族の王に挑むにしては少なすぎる戦力だ。でも、やるしかない……できるかできないかじゃない、やるかやらないか……なんだからな。


「…………」

「どうしたのかしらあ?」

「うち……うちは」

「……メリカちゃんは冒険者になってまだ半年だ。でも、君の成長は仲間のみんなも驚くほどの速度だった。半年前のレイトたちよりもずっと頼りになるよ」

「それは……酷いですよ、ナナトさん」

「ははっ。でも、まだ半年なんだ。これからまだまだ成長できる。今は先輩たちの戦いを見てるといい。ブレンが守ってきたもの、共に歩んできた者、それを見て感じて……自分の進むべき道を決めるんだ」

「……はいですぅ」


 ナナトさんはやっぱりナナトさんだな。いつだって冷静で落ち着いてて、こんな状況でも仲間の心のケアをしっかりとしてくれたりする。ブレンを失って俺も冷静ではいられなかった。それでも、他の仲間に後を追わせるようなことはできないと何とか理性は保っていられた。メリカには怒鳴っちゃったけどさ。


「ココハちゃん、どう?」

「…はい。あと一度なら」

「よし。さっきも魔法を使ったって言ってたね。それはどんな?」

「…えっと、空から風の矢を降らせて……たくさん、雨のように」

「なるほど……矢か」

「でも、あれは地上までは届かないんじゃない?」

 思わず口を挟んでしまった。


「…少しだけ、イメージを変えたら」

「いや、その魔法はそのままでいいよ。踊る風ダンシングウインドでもいいかなと思ってたけど……矢のイメージがあるならそれを使おう」

「…矢、ですか?」

「ああ。おれたちは真っ直ぐに竜人王ドラゴニュートキングの元へ向かいたい。でも、南側で交戦中のドラゴニュートとスケルトンの群れが邪魔なんだ」

「…はい」

「つまり、ここから一直線に矢を一本だけ射ってくれればいい。その効果はココハちゃんに任せる」

「…一直線に」


 考え込むココハ。元々、言葉を創作したり、いろんなことをイメージしたりするのが得意だったココハ。最初の頃はそれを戦闘面に応用したりすることがなかなか難しいと言っていた。でも、一年間冒険者を続けてきた彼女には、その目で見て来たもの、その心で感じて来たものがイメージとして残っている。


「いける?」

「…はい!」


 顔を上げて元気に返事をしたココハを見て、ナナトさんも笑顔を見せる。俺も嬉しくなる。ココハが新しい魔法を使う度にドキドキしてワクワクもする。


「よっしゃ! それじゃあ後のことは任せて暴れてこい!」

「ちょっくら……行ってきやすぜ!」

「うむ……!」

「みんな、行ってらっしゃあい」

「はい! 行ってきます!」

「マキアさん、気ぃつけてなぁ?」

「ええ、メリカも無事でいて」

「よし……ココハちゃん!」


 いよいよ、竜人王ドラゴニュートキングに向けて行動を開始する。開戦してからどのくらいの時間が経ったんだろうな。そして、どのくらいの人が命を落としたんだろうか……。


 戦争だからと分かってはいても、そう簡単に受け入れることなんてできない。こんな風に戦えたらっていう理想もあった。こんな風に戦えていたらっていう後悔もあった。それでも俺たちはまだ生きている。生きているからこそ選ぶことができる。戦うのか、逃げるのかを。そして前者を選んだからには、この小さな命ひとつを賭けて残った人たちに希望の光を見せてあげたい。


「…いきます!」


 ココハが宣言し、準備に入る。もうその手には矢を持ってはいないけど、それさえもイメージして風の弓矢を形成してみせた。左手に持った弓に右手で持った矢をつがえる。


 片膝を地面に付き、力一杯にその弦を引いていく。この魔法のイメージをどこから得たものなのか、俺はすぐに気づいた。これは……ルミルが我流閃技セルフトートスキルの中で最も得意だった襲撃チャージだ。ココハはそれを精霊魔法で応用させるつもりなんだ。


「…嵐裂矢ストームストリーム!」


 右手から弦を離すと風の矢は回転しながら一直線に南を目指す。その回転が周囲に嵐を起こし、全てを巻き込みながら進んでいく。射線上のドラゴニュートやスケルトンは抵抗すらできず、その体を宙に浮かせ斬り刻まれ、嵐の外へと投げ出されていった。


「行くぞ!」

 ナナトさんが先陣を切って走り出した。


 クテルさんとイングラさんもそれに続く。地面に座り込むココハを横目に俺もマキアと一緒に付いていく。無事でいてくれよ、ココハ。走って、走って、走って。俺たちは南へと向かって走り続けた。竜人族と不死族の争いは南東と南西に分かれていて、俺たちはその隙間……ココハが作った道を一直線に進んでいく。


 当然、全く敵が現れないってこともなく、先頭のナナトさんや小回りの利くクテルさんが左右から迫るドラゴニュートに一撃を与えながらも侵攻していく。マキアにはイングラさんの後ろを付いていくように伝え、俺は最後尾を走る。ナナトさんの実力はもう何度も目にしているから驚きはしない。的確に腕や足を狙い分け、後続の俺たちが何の憂いもなく前に進めるようにしてくれる。


 クテルさんは身を低くして足を重点的に狙っているみたいだ。さすがは暗殺者アサシンというクラスなだけあって、その動きをドラゴニュートも追いきれず次々と地面に伏していく。ランデーグさんを始め、クテルさんやイングラさんの戦いを見たのはもう随分と前のことだ。あの頃の俺はまだまだ冒険者になったばかりで相手の実力とかは全く測れないでいた。


「やっぱり……凄いな」


 思わず口から吐息が漏れるみたいにして言葉が出てきたけど、俺がお世話になってた人たちは本当に一流の冒険者だったんだなって思い知らされる。相手はドラゴニュートだ。もちろん全てを倒して進んでるわけじゃないし、一戦一刀が極めて優れた攻撃なのは見ても明らかだけど、こんなのを俺が真似しようものなら……もう何度反撃を受けているか分からないだろうな。


「くそ! 数が増えてきやがった!」

「寄せた波が返ってきてるな。だが……もう少しだ!」

「うむ……!」


 ドラゴニュートの数が増えてきている。それに伴ってスケルトンたちもよく見かけるようになった。ココハの作った道が少しずつ狭まってきているということか。でも、ナナトさんが言った通り、もうすぐこの戦場を抜けられる。視線の先には広まった空間が見えているからだ。あの先が俺たちの目指す場所なんだ。


「このまま突っ込む!」


 足を止めたら一貫の終わりだ。そう感じながら必死に足を前に踏み出していく。でも、本当に辛いのは刀や短刀を振り回しながら進んでいる二人だ。俺はただ走ってるだけ……そんな俺がこの先でこの人たちの助けになれるのだろうか?


 前方を四体のドラゴニュートが剣を構えて道を塞いでいる。俺たちの行動に気づいたのか、この先には進ませまいと近くのスケルトンには目もくれず待ち構えている。ここだ……ここで確かめてやる。俺がここに存在していてもいいのかを。もしも、失敗するようならこの先の戦闘には参加しない……俺はマキアの護衛に専念しよう。俺は一気に駆け上がり、イングラさんの左側へ付いた。


「ナナトさんは左! クテルさんは右!」

「おーけー!」

「任せろ!」

「イングラさん、片方頼みます!」

「うむ……!」


 四人が横一列になって目の前のドラゴニュートと相対する。恐怖を感じないはずなんてない。剣を握る手が震えているのも感じてる。だけど、俺はやってみせる……この人たちと肩を並べて戦いたいんだ!


「うぉぉぉおおおおおお!!!」


 心に、魂に訴えかける。力を込めろ、憤れ、沸き上がれ、喰らいつけ。今こそ力を解放する時だ!


「はぁああっ!!」


 剣を振った。その瞬間は無心だった。どこを狙うだとか、相手の動きを見切ろうだとか、余計ことは何も考えなかった。ただ目の前の敵に向かって剣を振るった。左腕が宙を舞う。もう骨を斬る感触さえも慣れてしまった。俺はドラゴニュートの脇をくぐり抜ける。背後に奴の叫び声と奴の左腕が落下する音が聞こえた。


 前方に敵はなく、俺は少し前進してから立ち止まって後ろを振り返り剣を構える。みんなは……当然無事だった。マキアもちゃんと付いて来てくれていた。横一列に並んだドラゴニュートの姿は様々だった。右から順に胴体が真っ二つ、左腕損失、右腕損失、両足損失……だった。


 ナナトさんが斬った相手は既に息絶えている。クテルさんが斬った相手はもう歩くことすらできないだろう。イングラさんが斬った相手は持っていた大きな剣も失っている。そして、俺が斬った相手は……痛みは感じているが武器は失ってないし、振り返って追いかけてくるような素振りすら見せている。


 これがレベルの差……なんだろうな。合格と言っていいのかな? いいはずだ。だって、相手はドラゴニュートだぞ? 体格だって腕力だって劣る俺が真っ向勝負で腕一本を斬り落とした。誰が何て言っても勝ちは勝ちだ。


「どうするんだ? このまま進んでも挟み撃ちにされるだけだぞ?」

「大丈夫だ……彼らが来てくれた」

「うむ……?」


 西側から物凄い勢いで戦場を掻き分けてくる集団がいる。その集団は俺たちと竜人族の間に立ち入り、こちらに背を向けたまま棍棒などの武器をドラゴニュートへと向けている。その中の二人……いや、二体がこちらを振り向いた。


「ニンゲンヨ、協力スル。我ラノ力、使ウ」

 小柄な白い肌のオーガが言った。


「助かるよ。おれたちは竜人族の王を狩る。その間、やつらを食い止めてくれるか?」

「……承知シタ。我ガ同胞ヨ、行ケ」

「ありがとう」


 ナナトさんが感謝の言葉を口にすると、黒い肌をしたオーガの族長がそっと手を振っていた。人間族の挨拶を覚えてくれていたんだな。それに応えて俺も手を振ってみせた。


「行こう。この先に竜人王ドラゴニュートキングがいるはずだ」

「はい! そして、絶対に勝ちましょう!」

「ええ!」

「ふん、言うようになったじゃねーか!」

「うむ……!」

「俺だって、いつまでも新人のままじゃないんですよ!」

「そうかよっ!」


 クテルさんが先行して走り出した。みんなもそれに続いていく。不思議な気分だ……何だか今なら竜人王ドラゴニュートキングだって倒せそうな気がする。この五人なら……きっと!南へと走る。後方からは一体のドラゴニュートも追っては来ない。オーガたちが上手く足止めしてくれているようだ。南へ、南へ……。


 やがて、俺たちの視線の先に一体の大きな……ドラゴニュートよりも更に大きな個体が姿を現した。体長は三メートルくらいだろうか。飛竜と比べると小柄に見えるけど、威圧感が段違いに強い。紫色の鱗を全身に持ち、如何にもな異彩を放っている。ドラゴニュートよりも大きな翼、しなやかだけど太くゴムみたいな尻尾、そして赤い目のある頭部には金色の角が四本も生えている。


「あいつが、竜人王ドラゴニュートキング……」


 まだそれなりに距離はある。でも、俺たちは一旦立ち止まり相手を観察する。竜人王ドラゴニュートキングの武装は剣と盾のシンプルなものではあるけど、そのどちらもやはり異様なものだった。


 剣は切っ先にいくほど幅が広くなるような扇状の黒い剣。あんな剣は初めて見る。盾は体に対してやけに小さく、まるで竜人族の象徴とでも言いたげなドラゴンの顔を模した形になっている。自分が竜人族の王であると主張しているんだなと確信を持って断言できる。


 こうして眺めていても、竜人王ドラゴニュートキングは近づいて来ようとはしない。俺たちに気づいてないなんてことはありえないだろうし、もしかして……たった五人の人間族を相手に王が自ら動くことはないと思っているのか?


「眼中になしかよ」

「だったら、むしろ好機になるんじゃ!」

「いや、逆だな……あまりにも態度に余裕がありすぎる。やつは何か……!?」


 ナナトさんが話している途中だった。俺とマキアの立っていた地面の上に突如として直径二メートルほどの魔法陣が浮かび上がった。


「避けろ!」


 ナナトさんの声と共に俺はマキアを押し退けるようにしてその魔法陣から退去した。すると、バシュゥゥゥン……! という音と共に魔法陣から薄紫色の剣のようなものが突き出してきたように見えた。今のは……魔法?


「マキア、平気?」

「ええ……今のは?」

「分からない。魔法みたいだったけど……見たこともない」

「なんだ今のは」

「さぁな。ただ、今のは王の仕業ではないってことは確かみたいだ」


 立ち上がり、竜人王ドラゴニュートキングの方を見た。すると、その背後からもう一体の竜人族が姿を現した。黒い鱗に大きな翼。重そうに引きずっている太い尻尾。頭部には白く大きな双角があり、その間から背中へ向かい尻尾の先まで緑の体毛が生えている。体長はドラゴニュートと同じくらいだけど、どこか年老いて見えるのは気のせいだろうか。


 その手には赤くて長い杖を持っており、こいつがさっきの魔法を使っていたことは誰の目にも明らかだった。呼び分けるとしたら……竜人術士ドラゴニュートメイジだろうか。この光景に既視感を覚える。それもそのはずで、俺はつい先日に同じような相手と戦っていたからだ。王と術士メイジ……ただ、あの時と違うのはこいつらはゴブリン族じゃなくて竜人族だってことだ。


「どうするんだ?」

「まずはあいつをどうにかしないと王に近づくことさえできない」

「うむ……!」


 話をしていると、竜人術士ドラゴニュートメイジが長杖を持ち上げるのが見えた。クテルさんの足元に魔法陣が浮かび上がり、回避行動を余儀なくされた。そして、避けたらまた次の魔法陣が浮かび上がる。その攻撃間隔の速さに俺たちは逃げ惑うだけで精一杯だった。ナナトさんはマキアを連れて離れ、クテルさんとイングラさんは付かず離れずの距離を保っているみたいだ。


 俺も必死に回避行動に専念した。でも、なんとなくみんなのしようとしていることが分かる。竜人術士ドラゴニュートメイジの射程距離を掴んで、少しずつでも竜人王ドラゴニュートキングから引き剥がそうとしている。やつは狙ってくる相手を絞っている様子はなく、全員を満遍なく休む時間を与えないように連続で魔法を撃ち続けてくる。まるで魔法量が無尽蔵にあるじゃないかって思うくらいにそれは続いた。


「くっ!」


 疲れる。竜人王ドラゴニュートキングがもう目の前にいるのに、俺たちはまだ一度も攻撃すらできないでいる。竜人族が魔法を使うとこんなにも厄介だったなんて……。


「ガァァルゥ!!」


 竜人術士ドラゴニュートメイジが小さく吠えた。どうやら今になってやつは標的を定めたみたいだ。真っ先に疲労で鈍った動きを見せた俺に。バシュゥゥゥン……! バシュゥゥゥン……! と地面に魔法陣が浮かんでは薄紫の剣が突き出してくる。俺はそれまで以上に止まることなく回避行動を取らされる。


「レイト!」


 みんなが息を切らした声で呼んでくれるけど応える余裕もない。ヤバい……このままじゃマジでヤバいって!その時だった。戦場に一発の弾丸が撃ち込まれた。その弾丸は黄緑色をしていて、まるで空気が圧縮したようなもので……。


 竜人術士ドラゴニュートメイジは自らの前方に魔法障壁を展開してそれを弾いてしまった。でも、おかげで俺への攻撃は止まった。そして……。


「ビルド・アムス・フィール……。アクト・アムス・シュレーク……。ウィルク・アムス・シュヴェア……」

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