第1部『エピローグ』

 日の出と共に始まった竜人族と人間族の間に起きた戦争は日の入り前に終結した。それは下位五種族が上位五種族に勝利するという前代未聞の結果だった。オーガたちの救援、不死族の乱入など様々な要素が入り交じったことで、本来は覆るはずのない盤上がひっくり返ったのかもしれない。


 竜人族は自分たちの島へと逃げ帰った。竜人王ドラゴニュートキングを失った彼らが、これからどうなっていくのかは俺たちには分からない。できることなら……再び攻め入って来ることだけは避けてほしいと心から思う。


 不死族はどうしてこの戦争に乱入してきたんだろうか。こちらから手を出さない限りは襲って来なかったし、侵略行為ではなかったように思うけど、その理由が明らかにならない限りは今後も警戒し続けなければならないだろう。


 オーガたちは同盟軍として人間族に協力してくれた。一体一体が竜人族に遅れを取らない戦闘能力で、彼らがかつては俺たちと同じ人間族だったとは思えないほどの強さだった。この地に長くいると邪に蝕まれるって言ってたけど、大丈夫だったのかな?


 そして……人間族は非力で圧倒的に不利だったけど、他のパーティーと助け合ったり、所属間を越えて王都を守りたいっていう思いがこの結果をもたらしたんだと思う。冒険者たちは戦いに慣れていて、ルーインたちみたいなレベルの高いパーティーは他にもたくさんいただろう。ただ、その被害も大きかった。この戦争で減ってしまった冒険者稼業の人たちは、これからはもっと忙しくなりそうだな。


 王国軍も必死に戦っていた。最も敵の数が多い場所で、飛竜だって何体も相手にしていた。被害は甚大だろう。戦争は終わったけど、王都を守ることはこれからも変わらない。兵士が減ったことで国民たちが不安にならなければいいけど。


 それから……神聖騎士団。人数こそ王国軍よりも少ないけど、おそらく人間族の中では最も戦闘力の高い者が集まった集団だろう。赤の者たちがいて、他は……見習い騎士しか知らないけど、きっと本隊だっていたはずだ。だけど、彼らはほとんど戦闘に参加すらしていなかったように思う。その辺りはノスマートさんが戻ってから話をすると言っていた。正直……ジートさんなら来てくれると思っていた。あの人とナナトさんの二人が揃えば竜人王ドラゴニュートキングだって……もっと簡単に……。


 たられば話をしても仕方ないけど、どうしても悔しい気持ちになるのは仲間を失ってしまったからなんだろうな。悪いのは騎士団長じゃなくて、その背後にいる神殿の人間なんだ。ただ、彼らの思惑も失敗に終わらせることができた。赤の者を七人揃えて、高位天使の依り代とする。天使化っていうのがどういうものなのかは分からないけど、人の命を犠牲にして選別された者たちを依り代にするなんて……そんなのは許せない。


 アムリス神殿の本殿から放たれた白い光のことも気がかりではある。半年に一度、異世界から神殿を守護する者を召喚するために魔法力を貯めていると聞いた。それを天使降臨の為に使うはずだったけど、失敗したから別のことに使ったのかもしれない。それが何になのかは……分からないけど。ひとつだけ言えるのは、新たに俺たちみたいな冒険者が召喚されるようなことにはならなかったと……そう思えること。今の神殿の人間なら召喚してすぐに一人を残して、他は皆殺し……なんてこともしかねないからな。次の儀式魔法が使えるまで半年ある。それまでに今いる青の者が一人でも赤の者になれば七人が揃う。きっと、それは容易いことだと考えているんだろう。


 なんにせよ、まだまだ世界の謎はたくさんある。本当なら知らなくていいことまで知ってしまった気もするし。だからこそ、世界の歴史をレールの上から脱線させることができたんだとも思う。創られた世界。描かれた物語。ナナトさんはそれらを全て壊して行った。けして思い描いていた通りにはならなかっただろう。変わってしまった世界を認められない人もいるだろうし。だけど、ナナトさんはそれでも後悔していないと言った。俺もそうだ。ブレンを失ったのは本当に悲しいし、悔しい。パーティーのことを考えても、ブレン抜きでこの先もやっていけるのかは不安だ。でも、やり直しはできない。受け止めて、前に進んで行くしかないんだ。



 ――北の方からランデーグさんとドリンさんが俺たちを呼ぶ声がした。合流して、ここで起きたことを全て話した。クテルさんやイングラさんのことを嘆いたりもしたけど、竜人王ドラゴニュートキングを倒せたことは喜んでくれた。


 王国軍の本陣が撤収を始める中、俺はここに集まった人たちにナナトさんのことや、この世界のこと、それから……分かる範囲で俺の見解を交えつつ、アムリス神殿がしようとしていたことについても伝えた。ノスマートさんはその全てを信じてくれたわけじゃなかったけど、それが本当なら自分という存在が天使化によって消えてしまうのは許されないとして、ジートさんに報告後、神殿側に確認すると言っていた。


 マキアに刺客を送り込んだことについても調べてくれるらしい。そして、二度とそんなことがないように神聖騎士団がアムリス神殿の人間を逆に監視するとも言ってくれた。ナナトさんについては、ルーインたちも含めて信じがたいというような表情を見せてはいたが、目の前でナナトさんが黒紫の門へと姿を消したんだ。それは確かに現実で疑いようのない事実で、普通じゃないことが起きていることだけは理解してくれたと思う。


 黒紫の門……それは悪魔族の高位デーモンが転移に使っていたもので、恐らく通じているのは魔界なんだろうな。ナナトさんも世界の管理者を裏切ったと、悪魔に魂を売ったとも言っていた。俺たちの知らないところで何があったのかは想像もできない。だけど、どんな手を使ってでもマキアを救おうとしたのは感じられた。たとえ自分を魂を悪魔に喰われることになったとしてもだ……。



 ――話が終わるとノスマートさんはすぐに騎士団の元へと向かって行ってしまった。メリカを連れていかれるかもしれないと覚悟もしていたけど、俺たちを信用してくれたのかもしれない。後のことはノスマートさんとジートさんに任せることにしよう。


 残った俺たちは自分たちの武器を回収したり、持ち帰れるだけの戦利品を持って、荷物を置いてきたヨクア荒野の北にある駐屯地を目指して歩いて戻る。ルーインたちが今回の戦闘を振り返ったりしながら話している。リザードマンやドラゴニュートだけじゃなく、竜人術士ドラゴニュートメイジまで相手にして全員が生き残ったパーティーなんだよな。


 ランデーグさんとドリンさんは立派になったココハの姿を本当の娘みたいに喜んでいた。ココハは俺たちの所へ来る前にメリカにも声をかけてくれたみたいだった。そういうこともできるようになったんだと思ったら、偉そうだけど……俺もちょっと嬉しかった。マキアとメリカは寄り添うように黙って歩いていた。でも、悲しい表情はしていない。我慢してるわけでもないと思う。だって……二人して笑顔を見せているから。それは満面の笑みとは言えないけど、きっとブレンやナナトさんとの思い出があるから……辛くても笑っていられるんだなと思った。


 俺はそんなみんなの姿を後ろから眺めながら考え事をしていた。確かにこの戦争は終わった。だけど、ナナトさんはまだ終わりじゃないと言っていた。この戦争もきっと大きな争いの中で引き起こされた小競り合いに過ぎないんだってことなんだろう。ナナトさんがはっきりと答えを示してくれない時は、決まって予想はできてるけど確信には至っていないという時だ。でも、大抵は予想の段階で間違ってたこともなかったと思うけど。逃げてもいいと言われた。でも、俺は逃げたくない。できることなら全てを知ってからどうするのかを決めたいんだ。一人で決めていいことじゃないから、落ち着いたらみんなとも話す必要はあるけど。


 空を見上げると、そこにはいないはずのワイバーンの姿が見えた。幻……だとは分かってる。俺の脳が怖がってるだけだというのも。奴に対してのトラウマだけは払拭しきれてはいない。竜騎兵ドラゴンライダー……あいつはまるで死神だ。正直、もう俺たちの前には現れないでほしい。ノスマートさんがあいつは王国側の人間かもしれないと予想していたけど、今回は人間族も竜人族も見境なく攻撃していたんだよな。竜騎兵ドラゴンライダーと……今回は現れなかったけど仮面の襲撃者も……。奴らが何者なのか……王国側か神殿側か、それとも別の組織に所属する者なのか。それもいずれ分かる日が来るのかな?


 謎と言えばもう一つ、オーガの族長が気にしていたこと。死んだはずの人がヨクア荒野にいると感じ取っていた。邪に堕ちたとはいえ、そんなことが分かるような能力は身に付かないだろう。勘なのか何なのかは分からないけど。不死族もいたし、死んだ人の霊が……みたいな話だったりするのかな? そういうのはあんまり得意じゃないから考えたくはないかな。戦闘中は気にもしていられなかったけど、ブレンの遺体を連れていこうとしてたあの白い手も気持ち悪かったよな……。


 冒険者たちが集まっている駐屯地のような場所で置いていた荷物を回収した。置き引きとかそういうのはなかったみたいだ。まぁそんなことをする冒険者があの戦いで生き残れるとは思えないけど。その場にいた王国軍の兵士とランデーグさんが話をしてくれて、戦場に倒れた人たちの遺体は王国軍の人たちが回収して王都まで運んでくれることになっているらしい。他人に任せるっていうのはあんまりしたくなかったけど、ブレンの巨体をここからルトナの街まで背負っていくなんて……俺にはどうしてもできないしな。せめて、腐ってしまう前に遺体を処理してあげてほしいと思う。


 それから、みんなとこれからどうするのかを話した。ルトナの街に戻るにしてもここからなら五日間は歩く必要があるだろう。食料もないし疲れた体と心を休ませたいというのもある。アムリス神殿の本殿もここから見える所にある。あそこなら休ませてくれるだろうし、食料だって手に入るだろう。だけど…て誰一人としてそこへ行くことに賛成はしなかった。まぁ俺も行きたくはない。案の一つとして提案はしたけどさ。


 すると、ランデーグさんに王都へ来いと誘われた。王都イルアビカ……そうだな、しばらく環境を変えてみるのも悪くないのかも。みんなも心の整理とかで時間は必要だろうし、ブレンのことも自分たちの手で埋葬してやれるかもしれない。その誘いには誰も反対はしなかった。ルーインたちも歓迎してくれてる。王都の人たちがよそ者の俺たちを受け入れてくれるかは分からないけど、ルトナの街で刺客に怯えながら暮らすより、知り合いのいる王都の方が安心かもしれないし。


 俺たちはランデーグさんに連れられて王都を目指す。ここからならそう遠くはないし今夜中には着けるとのことだ。ようやく、ちゃんと休めそうだな。イルボング山へ山賊退治に向かった時には、こんなことになるなんて夢にも思ってなかったな。ただ、あの時と違うのは……俺たちはもう自分たちの物語を歩んでるってことだ。今まで通りとはいかないだろうけど、俺たちはこれからも戦っていけるだろう。どんな困難が待ち受けていたとしてもだ。その為に今は……休もう。



 いつか振り返った時、たったの一日で決着がつくような小さな戦争だったと思うことだろう。だけど、間違いなく種族間における大きな戦いだった。そして、人間族はそれに勝利したんだ。俺たちはみんなに守られて生きてきた。ブレン、ルミル、ジェニオ……。彼らがいなければ俺たちはここまで辿り着けなかっただろう。本当に感謝してる。みんなは俺にとってかけがえのない、最高の仲間だったよ。


 そして、ナナトさん。あなたがこの世界の歴史を改変したことは誰も知らないし、理解もされないと思う。だけど、俺たちだけは知っています。あなたが救ってくれたこの世界で生きていこうと思います。


 この世界の悲劇から愛する人を救うため、異世界から変革をもたらしに来た……か。


 悲愛界変……。この先の未来はもう神様だって知り得ない。俺たちは絶対に無駄になんてしません。見ていてください。先生の創り変えた世界は俺たち生徒が守っていきます。


 まずは一歩、踏み出すところから……。

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