第12話「私の隠しごと」

 私のせいで、レイトくんとクテルさんが喧嘩してしまうなんて思いませんでした。何を言われても本当のことだし、悲しいけど我慢できたの。ごめんね……レイトくん。


 それに私、まだ隠してることがあるの。それを言ってしまったら、もうここにはいられなくなる。ううん、黙っていてもすぐにバレてしまう。ルミルは黙っていてくれたけど、本当は自分から言い出さないといけないこと。でもね、勇気が出ないの。怖くて……ごめんなさい。


「見つけた。東に一匹。小狼レッサーウルフだ」

 偵察に出ていたクテルさんが戻ってきました。


 近くまで移動すると、みんなは戦闘の準備を始めます。コイマの森の手前にある草原。所々に岩があって、小狼レッサーウルフはその上に寝そべっていました。


「まずは坊主、お前からだ。オレが前に出るから付いて来い」

「は、はい!」


 ランデーグさんとレイトくんが走っていきます。小狼レッサーウルフもすぐに気がついて臨戦態勢に入りました。そのウルフ小型レッサーなので体長は百センチもありません。灰色の毛並みで目付きは鋭く、グルル……と唸って威嚇しています。


 ランデーグさんは小狼レッサーウルフの少し手前で動きを止めると、大きな剣を自分の前で構えました。攻めるためではなく、身を守るための構えです。小狼レッサーウルフはそれを見て飛び付きました。


「よし、坊主! やってみせろ!」

「はい!」

 小狼レッサーウルフの側面に回り込んだレイトくんが剣を振り上げる。


 十分に狙いを定めて一気に振り下ろしました。小狼レッサーウルフがそれを避けようとしたため、致命傷には至りません。再びレイトくんが剣を振り上げる。でも、そのまま止まってしまいました。


「どうした坊主! やれ!」


 小狼レッサーウルフと睨み合っていたレイトくんが叫びながら近寄り、剣を振り下ろします。小狼レッサーウルフはひらりと身を躱し、反転してレイトくんを襲いました。既の所でランデーグさんの大きな剣が小狼レッサーウルフの胴体を二つに裂きました。うう……酷い。でも、これが狩りをするということなんですよね。


「まぁ最初はそんなもんさ」


 ランデーグさんが、尻餅を付いてしまっているレイトくんの手を引いて立ち上がらせます。レイトくんは頭を下げて謝っているみたいです。二人が並んで戻って来ました。


「おかえりなさあい」

 ドリンさんが声をかけます。


 レイトくんは「はい……」と小さな声で返事をしています。落ち込んでいるように見えました。初めての実戦なんだもん、上手くいかなくたって誰も咎めたりしないよ? 戦う姿勢を見せて、一生懸命やったんだもん。私はすごいなって思ったよ?


「じゃあ、次を探してくる」

 クテルさんが足音を立てずに駆けて行きました。


 きっと次は私の番だ。どうしよう。今ならまだ間に合うかもしれない。言ってしまいたい。


「…あ、あ……」


 声が出ない。こんな時、いつもならレイトくんが手伝ってくれます。でも、今はレイトくんも気づいてはくれません。誰にも頼れない……。


「いた。すぐ近くだ」

 クテルさんが戻ってきました。


 ……早いよ。そのままみんなで場所を移しました。さっきと同じように、岩の上に小狼レッサーウルフが寝そべっていました。岩の上が好きなのかな?


「よし、次は嬢ちゃんの番だ」


 ……もう逃げられません。私の不安そうな顔を見て、みんなは失敗するだろうことは察していると思います。それでも、実戦を無事に経験させてくれようと手伝ってくれています。


「イングラ、前に出て防御ガードだ。嬢ちゃんは離れた位置から思いっきりやんな。クテルは嬢ちゃんに付いててやれ」


 イングラさんが盾を構えたまま小狼レッサーウルフに近づいていきます。防御ガードとは、攻めることを考えず、守ることに専念するという技能スキルらしいです。小狼レッサーウルフが気づいて臨戦態勢に入りました。クテルさんは私のすぐ後ろにいます。


「いつでもいいぞ。イングラのおっさんを巻き込んでもいい。あの人はタフだし、ドリンさんもいるからな」


 唱術スペルを使い、魔法を発動させ、小狼レッサーウルフを風の力でどうにかする。きっとみんなそれを待っている。小狼レッサーウルフがイングラさんに飛びかかっていきます。私は胸の前で手を組み下を向いた。足が震える。どうしよう……。


「どうしたのかしらあ?」

 後ろの方からドリンさんの声が聞こえました。


 みんなの視線が私に突き刺さるようで……痛い。立っていられなくなってその場に座り込んでしまいました。


「イングラのおっさん! こっちはダメだ。殺っちまってくれ!」


 クテルさんの合図でイングラさんが防御ガードの姿勢を崩し、右手の斧で小狼レッサーウルフの頭を割りました。戦闘は終わってしまいました。


「嬢ちゃん、人見知りとは言ってもな。ウルフに対しても発揮しなくていいんだぞ?」

「まぁ気にすんな。言っちゃ悪いが分かってたことだ」

「ココハちゃあん、よく頑張ったと思うわあ」


 みんなが気を遣ってくれています。悲しくて悲しくて、涙が溢れてくる。それを拭うこともできません。レイトくんがそばに来てくれて、私の隣にしゃがみ込みました。


「ココハ……」

 言葉が詰まったのか、それ以上は何も言いません。


 違うの。慰めてほしいんじゃないの。申し訳なくて、自分が情けなくて、それが悔しくて。ちゃんと言わないと。


「…ご、ごめん……なさい」

「大丈夫だよ。また頑張ろう?」


 私は首を横に振る。違うの。私にはもう〝また〟はないの。


「ココハ?」

「…ごめん、なさい。私……魔法は、使え……ません」


 ………言ってしまった。術士メイジなんて言っておきながら、魔法が一つも使えないなんて。そんな馬鹿みたいな話があるのでしょうか? でも、そんな馬鹿みたいな私がここにいる。もう顔を上げることもできない。みんなの顔を見るのが怖い。ダメだ、我慢できない。


「…あぁぁぁ……ああぁぁぁぁ…………」


 泣いてしまった。声を上げて。私はもう冒険者とは名乗れないのだと。

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