第13話「諦めてほしくないから」
実戦初日の午前中はひたすら
実戦と修練は違うと言われた。確かに全然違った。ジートさんは俺の剣を受けるためにその場から一歩も動くことはなかった。相手が相手だし、一本も取れないのは仕方がないにしても、最後の方は剣速も太刀筋も悪くないと褒められたことで勘違いしてしまっていた。ジートさんは言っていたじゃないか。ここでの修練は基礎中の基礎だと。実戦は全くの別物だと。その通りだったよ。
「坊主、行ったぞ!」
「はい! 仕留めます!」
剣を頭の上で構えたまま、駆けてくる
そこまで来ている。フェイントはもうしてこない……ここだ! 一気に剣を振り下ろす。
刃は皮と肉を裂き、骨にまで達する。何とも言えない……ただ、とても慣れそうにはない気持ちの悪い感触だけが手に残った。
「よっし! やりました!」
ランデーグさんたちに追い込まれて弱っていたとはいえ、遂に自分の手で狩ることができた。実戦を開始して確かこれで六匹目だったかな? ようやくだ。嬉しかった。この喜びを誰かと分かち合いたかった。
後ろを振り返る。ずっと後方の大きな岩の下に仲間たちの荷物や道具などが置かれている。その中にうずくまって小さくなっている女の子がいる。ココハだ。自分はこの荷物たちと同じだと、お荷物なんですとでも言いたげな雰囲気だ。
ココハは魔法が使えなかった。発動しなかったという意味ではない。本当に使えないんだ。魔力測定室であの水晶は黄緑色の強い光を放ったという。修練室に入ってからも、更に詳しく測定させられたらしい。そこで判明したのは、ココハには魔法力はあるものの、それを体外に放出する力はなかったそうだ。
本来の魔法とは、自らの魔法力を
指導をしてくれた
通常の魔法は治癒魔法を除き、
まず、魔法の発動方法が違うため、神殿や王都で習えるような
たぶんだけど、ずっと俺に言うかどうかは悩んでいたんだろうな。でも、それを知ったら俺がココハを見捨ててしまうんじゃないかとか、そういう風に考えていたのかもしれない。そんなこと、ないのにな。とても弱い女の子だ。心が特に。俺は気づいてあげるべきだったんだろうな。そんなの無理だけどさ。悔しいよ……。
――昼食の時も声をかけたが、ココハは顔も上げずにじっと荷物として過ごした。ランデーグさんやドリンさんも「気にしなくていい」と声をかけていたが反応はない。あのクテルさんですら「それは仕方ねーよ」と慰めていたがダメだった。
俺たちは午後になっても
森へ入り、本格的に
今日は初日ということで、日が沈み始める前に街へと戻った。
「なんだかんだ疲れたぜ、今日はな」
「うむ……」
イングラさんはやっぱり無口な人で、あまり話はできなかった。クテルさんとはたまに言い争いになったりするが、根は悪くない人なのかもしれないと思い始めている。ランデーグさんとドリンさんはパーティーにとっての支えであり、とても良くしてくれている。
「さーて、酒場で一杯やってくか!」
ランデーグさんがそう言うとみんなも乗り気みたいで、今夜は一緒に夕飯ということになりそうだった。
「…………」
「……ココハ?」
ふいに立ち止まったココハに声をかける。
みんなも振り返って気にしている。ココハは下を向いたまま頭を深々と下げ、そのまま走り去ってしまった。
「ちょ、ココハ!?」
慌てて追いかけようとするものの、パーティーの方も気になって振り返ってしまう。
「追ってやれ、坊主! 明日も今日と同じ時間でいい!」
「は、はい! すみません! また明日です!」
そう言い残して俺はココハの後を追った。
彼女は小さいし、ローブを着ていてあまり早くは走れない。すぐに追いつく……と思っていたんだけど、見失ってしまった。宿屋や風呂屋の方向でもなければ、市場や酒場の方向でもない。実はまだあまり来たことのなかった街の中央に出た。
そこには高くそびえ立つ時計塔があり街中に時間を知らせている。その周辺は広場になっていて、待ち合わせの名所にでもなっていそうな大きな噴水があった。辺りを見渡すが、日も暮れようとしているのに人の通りはまだまだ多くて見つからない。広場に設置されている長椅子などもくまなく探したがどこにもいない。
「ココハ、どこ行っちゃったんだよ……」
立ち止まり、時計塔を見上げる。針はちょうど六時を指したところだった。
ゴーン……ゴーン……と大きな鐘の音が響く。これまでも聞こえてはいたが、ここまで近くにいるとその音は心臓に響くほど大きなものだった。驚いて顔を背けてしまう。その視線の先には階段が見えた。時計塔の外階段だろう。その中腹に小さな黒い影を見つけた。
俺は階段を駆け上がった。時計塔の周りを螺旋状に昇っていく。そして、俯いて座り込んでいる黒いローブを着た小さな女の子を見つけた。
「ココハ、やっと見つけた」
俺に気付いていたのか、ココハはいつものように驚いたりはしなかった。階段の外側に付いている落下防止の手すりに寄りかかって座っていた。
「ここ、昇れたんだね? 知らなかったよ」
「………ごめん、なさい」
「いいよ。おかげでこの場所を知れたし、あんまり……高い場所は得意じゃないけどさ」
手すりから覗き込むように見下ろしてみると、日が沈んで暗くなっていく街を照らすように、民家や宿、店の看板や街灯などから光が灯っていくのが見えた。
目線を上げると街の外壁の向こうまで見ることができた。でも、日が沈んでしまっているので外の世界は闇に覆われていた。夜に狩りをするのは危険そうだ。もしも月明かりがなく、街の灯りも見失ってしまったら……どっちへ進んだらいいのかも分からなくなりそうだ。
「…探してくれてるの、見えたの」
ココハがそっと呟いた。
「そっか……うん、見つけられて良かった」
「…どうして?」
「え?」
「…私なんかを、探してくれるの?」
「……なんか、とか言うなよ。だって俺たちは……」
俺たちは何だろう。仲間? 友達? 違う。いや、違わないけど……そういうことじゃなくて。なんて言ったらいいのか。
「……理由なんてないよ。ココハがつらそうにしてて、泣いてて。あんな風に走って行っちゃったらさ、追いかけるよ。放っておけないって」
「…レイトくんは、優しいね?」
「そうかな? うーん、ただ、一人ぼっちになりたくないだけかも」
「…………」
会話が途切れる。でも、今日は何とか立て直したい。俺はゆっくりとココハの隣へ移動して、階段に並んで座った。
「俺さ、本当はもっと上手く戦えるって思ってた。修練室で指導してくれた人がすごく偉い人でさ。でも、俺たちと同じで記憶を消去された人でもあったんだよ。その人さ、同期の人はもう誰も生き残ってなくて自分一人だけなんだって。それでも、生きることを諦めないでさ、必死に頑張って頑張って、気が付いたら神殿に仕える騎士たちの団長になってたんだって。すごいよね。俺はそんな人に剣の基礎を習って、褒められて、調子に乗って……
話してて自分で自分が情けなくなってくる。
「…そんな、こと……ないよ?」
「そう?」
「…レイトくん、初めて……だったのに、逃げなかったもん。私とは……違う」
ココハだって逃げたわけじゃないだろうに。でも、彼女にとっては同じことなのかもしれない。
「俺は
ココハが小さく頷いた。あんまりこの話はしたくないんだろうな。でも、このままだといけないってことも分かってるんだと思う。
「どうしたらいいのか、俺にも分からないけどさ。諦めてほしくないんだ。精霊魔法を使える人は確かにここにはいないのかもしれないけど、
「…………」
「可能性は低いかもしれないけどさ、探そうとしなかったら見つからないし、話そうとしなかったら精霊だって姿を現さないんじゃないかな?」
「…でも、お仕事は……できないし、お金も……ないし、生活ができなくなったら……私は」
俺たちには記憶がない。頼れる人も少ない。冒険者としての生き方しか知らなくて、それで仕事をして生きていかなければならない。でも、ココハにはそれもない。今のココハは誰かの助けがないと生きていけないんだ。それなら……俺は。
「俺が、ココハの分まで働くよ」
「…え?」
「ココハが魔法を使えるようになるまでさ」
「…そんなの、ダメだよ。私……甘えてばっかりだし、それに……自信もない」
「俺は信じてる、ココハのこと」
「…なんで、そこまでしてくれるの?」
なんで……か。
「分からない。分からないけど、やっぱり……見てみたいからかな?」
ココハが「…何を?」と言いたそうな顔でこっちを見た。
「ココハが作る。ココハだけの魔法をさ」
「…私だけの、魔法?」
「うん」
「…でも、そんな理由で」
「ナナトさんが言ってただろ? 他人に甘えることは別に悪いことじゃないって」
「…うん」
「また一歩踏み出してみようよ、一緒に。今度の一歩は時間がかかるかもしれないけどさ、一緒なら支えてあげられるし」
「…失敗、しちゃうかも……しれないよ?」
「失敗して足を踏み外してもさ、その時は俺も一緒に転んであげるよ。でも、俺は諦めが悪いからさ。また立ち上がってココハの手を引くよ。何度でも」
「…ありがとう」
「うん」
「…まだ、何をしたらいいのかも……分からないし、また……迷惑をかけるかも、しれないけど……私、頑張ってみたい。強く……なりたいの。弱いままなのは、嫌」
「手伝うよ」
「…うん」
よかった。本当に。ココハが諦めてしまわなくて。ここまで一緒に来たんだ、最後まで一緒に進みたい。それがどんなに険しい道でも。
「そろそろ帰ろうか。あ、でも……ここからなら風呂屋に寄って行けそうだね?」
「…お風呂」
「リフレッシュして、明日からまた頑張ろう?」
「…うん!」
ココハが自身に喝を入れるように返事をした。
頑張れココハ。頑張れ!
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