第10話「冒険者になるということ」

 俺たちはナナトさんに連れられてリーシェの酒場へと戻って行く。この人は悪い人ではない。むしろ良い人だと思う。この人がいなければ俺たちは酒場へ戻ることはできなかっただろう。


 だけど、ナナトさんは謎が多い人だ。刀を持ち、明らかに歴戦の冒険者だっていう風格なのにも関わらず、自分は冒険者ではないと言った。初対面なのに俺たちのことにとても親身で、いきなり説教を始めてしまったり……まぁそれは結果的に良かったんだけど。あとは名前もだ。「そう呼ばれていた」とこの人は言った。偽名なのか、それとも俺たちみたいに記憶を消去された人なのだろうか。冒険者ではないらしいけど……考えても分からないよな。


 酒場に着くと、ナナトさんを先頭に店内へと入っていく。最初に訪れた時と変わらずに賑わっている。まるで何事もなかったかのようだ。


「な? 大丈夫だっただろ?」

 ナナトさんが笑いながら言うと、奥に空いているテーブル席を見つけてそこに三人で座った。


 店員の女性が注文を聞きに来る。俺とココハは気まずくて顔を上げられない。ナナトさんは「この子たちにビールを、おれは白湯とレモンで」と注文した。白湯……? 酒を注文しなくてもいいのか? 俺は酒場だから酒を飲まないといけない……と勝手に決めつけていたようだ。


「顔を上げろよ。堂々としていればいい」

「そう、言われましても」

「…………」

 ココハは俯いたまま黙っている。


 店員がビール二杯と白湯、レモンを運んでくる。テーブルに置きナナトさんが銅貨を用意してくれる。


「あ、お代は結構ですー。先程は他のお客様がご迷惑をおかけしましたのでー。そのお詫びとして、今回のお代はサービスさせていただきますねー。それと、あのお客様は出入り禁止となりましたので、ご安心してご飲食してくださいですー」

「おれのもサービスしてくれるの?」

「はいー。お連れ様のも今回のみサービスさせていただきますー」

「お、ラッキー」


 店員がカウンターの方へ戻って行くと、呆然とする俺たちをよそにナナトさんはレモンを絞って白湯に入れ、かき混ぜ始めた。


「どうした、飲まないのか? 奢ってあげるつもりだったのに、奢られた感じになっちゃって……すまないな」

「いえ、そんな。でも……どうして?」

「日常茶飯事ってことだろ、喧嘩なんてな。慣れない雰囲気で注目を浴びていると錯覚してたんじゃないか?」


 そうなのか? でも、そうじゃないとこの状況は説明がつかないか。ココハの方を見ると目が合った。ビール、飲みたいのかな? 俺が口をつけるのを待っているのかもしれない。


「……飲もうか」

 そう言って、グラスを手に持ち口元へと運ぶ。


「加入できるパーティーを探してるのってお前さんたちか?」


 不意に声をかけられて慌ててグラスを口元から離した。声のした方に視線を向けると、大型の剣を背負った四十代くらいの黒髭の男がテーブルの横に立っていた。


「この二人だね。おれは……保護者みたいなものかな」

「そうか、若い男女が勧誘待ちしてるって聞いてな。オレはランデーグ。コイマの森でウルフ狩りをやっててな。欠員が出ちまったんで人手が欲しいんだ。良かったらどうだ?」


 待ちに待った勧誘だ。俺たちを誘ってくれている。これは受けるべき……なんだよな? ココハは相変わらず下を向いてしまっている。勝手に決めちゃっていいんだろうか。たぶん反対はしないだろうけど。


 ……でも、一つだけ気になることがあった。


「あの、欠員が出たってどういう……?」

「ん? ああ、そのまんまの意味だ。群れに囲まれてな、逃げ遅れた仲間が二人……殺られた。まぁよくある話だ」


 仲間が死んで、その代わりにと俺たちを誘ってくれたということか。


「俺たちはその……新人で。役に立てるのかちょっと自信がないっていうか」

「すまんな、怖がらせちまったか? 何もいきなり群れの中に放り込もうってんじゃねぇ。まずは森の周辺で実力を付けてからでもいい。面倒はきっちり見てやるし、狩りの仕方も教える。仲間を失ったオレが言うのもおかしな話だが、若いもんを死なせたりはせんよ」


 この人の口調は少し乱暴だが悪意は感じない。きっと失った仲間のことも大事に思っていたはずだ。それでも、生きていくためには狩りを続けないといけない。右も左も分からない、こんな俺たちみたいな新人冒険者の力を借りてでも。


「分かりました。まだまだ未熟ですが、役に立てるように頑張ります」

 俺は立ち上がり、ランデーグさんと握手した。


 ナナトさんがこっちを見て頷いてくれた。この人は信用しても良さそうだ……ということだろうか?


「俺はレイト、剣士フェンサーです。こっちはココハ。えっと、術士メイジ……でいいのかな? すみません、この子は人見知りで」

「おお、構わねぇよ。オレの仲間も変わりもんばっかりだしな。それじゃあ明日、朝八時に北門の前まで来てくれ」

「分かりました」

「じゃあな、嬢ちゃんも」

 ランデーグさんは大型の剣を背負い直すと去っていった。


 ココハは顔を上げないまま頭だけ下げていた。大丈夫かな? これからは人付き合いが多くなっていくだろう。否応なく話しかけられることも増えていく。中には自分に敵意を向ける人や怒鳴ってくる人もいるかもしれない。慣れるまではなるべくフォローしてあげないといけないかな。


「おめでとう、だな。乾杯でもするか?」

 ナナトさんはレモン白湯が入ったグラスを持ち上げる。


 俺とココハもビールの入ったグラスを手に取り持ち上げる。みんなでそれらをぶつけ合い「乾杯!」と言って飲んだ。


「ナナトさんは、酒とかは飲まないんですか?」

「ああ、口に合わなくてな。お子様舌だってよく言われるよ」

「ははは、そうなんですね」



 ――その後、夕飯を食べながらナナトさんのことをいろいろと聞いてみた。


「少し前まで旅に出ててさ、この街へは久しぶりに戻ってきたんだ」

「旅……ですか」

「ああ、自分探しの旅……みたいな?」

「へぇー、でも街の外って危険じゃないんですか?」

「ちゃんと街道を歩けば滅多に襲われることはないよ」

「そうなんですね。俺たちはまだ街から出たこともなくて」

「そうか……思い出すよ。以前にもこうして、君たちみたいな新人冒険者と話をしたり、アドバイスをしたりさ、お節介を焼いてたことがあって。君たちのことに口を出しちゃったのも、そんな思い出があったからなのかもしれないな」

「正直、最初は驚きましたけど」

「ははっ、すまないな」

「いえいえ! 今は……本当に感謝してますから!」

「それなら良かった」


 食事を終えると、今日はこのまま風呂屋へ寄り、明日に備えて早めに宿屋へ戻ることになった。酒場を出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。


「旅の話、また聞かせてくださいね?」

「ああ、構わないよ」


 ココハが何か言いたそうにしている。ナナトさんもそれに気づいたようだ。


「どうした?」

「…あ、いえ……その」

「うん」


 最初に会った路地裏でもそうだったけど、ナナトさんはココハが言い終わるのをじっと待っている。急かすわけでもなく、ココハのペースにそっと合わせるように。俺ならこういう間は持たなくて、なんとか埋めようとして何か言ってしまうんだよな。それでいつも会話が終わっちゃうんだけど。


「…今日は、ありがとう……ございました」

「うん。ココハちゃんが頑張ったから、レイトと二人で前に進めたね。おれは背中を押しただけだよ。会ったばかりで説教なんてして悪かったね?」


 ココハは必死に首を横に振った。彼女は変わることができた。それはほんの小さなことだけど、ココハにとってはとても大きな一歩になったのかもしれない。本当に感謝しているのだろう。俺も同じだ。この出会いがなければランデーグさんに誘われることもなかっただろうし。いつか、この人に恩返しできる日が来るといいな。


「ナナトさんは……これからどうするんですか?」

「おれは、人を探していたんだけどな。どうやら、もうこの街にはいないみたいなんだ」

「人探し……ですか」

「彼女も冒険者だし、どこかに遠征でもしてるのかなって思ってる。まぁ、おれも散々待たせちゃったし、今度は俺が待つ番なのかもな」

 ナナトさんは少しだけ寂しそうな表情を見せた。


「会えるといいですね」

「ああ、そうだな」


 ナナトさんとはそこで別れた。最後に一言「死ぬなよ?」とだけ言って去って行った。この街にいればまた会えることもあるだろう。生きてさえいれば。俺もココハもナナトさんも、ナナトさんが探しているその女性とも。


 明日からはいよいよ実戦になるだろう。ジートさんに指導してもらったことがようやく試せる。剣士フェンサーレイトとして。生き残ってやる。ココハと一緒に、必ずだ。

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