第9話「余計なお世話かもしれないけど」
おれは路地に身を潜めていた彼らに声をかけた。
「なんですか……?」
警戒しているのか、その男の子は顔を強張らせている。背は高くないし、体格も優れているとはお世辞にも言えない。少し茶色が混じったような黒髪の、どこにでもいる少年だ。女の子が
おれは持っていた皮袋を男の子に見せる。彼はおもむろに腰に手を伸ばすが、そこには財布の代わりにしているのであろう皮袋が確かに存在していたようだ。
「そっちの女の子がさっき落として行ったんだよ」
そう伝えると、男の子は何かを思い出したように女の子の様子を伺う。女の子は顔を上げると、彼に頷いてみせた。
「貴重品は大事にしないとな?」
女の子の方へと歩み寄り、そっと手渡してあげた。彼女はゆっくりと頭を下げたが、今にも泣き出してしまいそうだったから、わざとらしく笑ってみせた。彼女の纏うローブに目をやると小さなポケットが付いていた。きっとここに皮袋を押し込んでいたのだろう。
「そのポケットだとまた落としちゃうね。ちょっと待って……」
おれは刀を留める為にと腰に巻いていた長めの紐を外すと、女の子の前で膝を付き、彼女の手の上にある皮袋の短い紐と入れ替えてあげた。
「ほら、首から下げておくといいよ。それならひったくりなんかにも遭いにくいしね」
「…はい、あの……」
人見知りなのか、話すのが不得意なのか、声を発することにさえ不安を抱いているみたいに感じる。
「うん?」
相槌を打って待ってあげる。
「…ありがとう、ござい……ます」
「はい、どういたしまして」
お礼を聞き終えると、手で持つことになった刀を杖変わりにして立ち上がり、男の子の方を向いた。彼も軽く頭を下げたので頷いて返す。もう警戒はされていないようだ。
「おれは店に入るところだったから事情は把握できてないけど、君たち……食い逃げとかじゃないよな?」
そう言うと、男の子が驚いた表情を見せた。
「違います! あれは酔っ払いにココハが絡まれて……それで」
女の子の名前はココハというらしい。
「騒ぎになっちゃって……もう出入り禁止ですかね? ははは」
困ったように笑う器用な男の子だ。
「相手が悪いなら、君たちが気にする必要はないだろ?」
「そう……なんですけど。目立っちゃったし」
「顔が売れたと思えばいいさ」
「そんな……喧嘩なんて、良いことじゃないですよね?」
「喧嘩もできない冒険者……よりはいいんじゃないか? まぁ、おれは冒険者じゃないからそういうのは分からないけどさ」
「え? 違うんですか?」
「ああ、ちょっと複雑な理由で。似たようなことはしてるけどな」
女の子がようやく立ち上がる。しかし、おれと目が合うとすぐに下を向いてしまった。
「君たちは見た感じ……新人の冒険者かな?」
「はい。酒場で仲間に入れてくれるパーティーを探していたんですけど」
「なるほど。その時に絡まれてって感じか」
「そう……ですね」
「よし、とりあえず戻ってみようか?」
「「え?」」
二人の声が重なり、女の子は思わず顔を上げた。二人して驚いた顔をしている。何を言っているんだあんたは……とでも言いたげな顔だ。
「大丈夫だよ。店の人にはおれから説明してあげるし、また絡まれないように見ててもあげるから」
「でも……」
男の子はココハと呼ばれた女の子の様子を伺う。
女の子は戻りたくないです……という表情だ。それだけ怖かったのだろう。でも、だからこそだ。
「このままだと二度と酒場へは行けなくなる。それでもいいのか?」
「それは、正直……困ります」
「だろうな。冒険者にとって酒場とは必要不可欠な場所だ。仲間と語り合ったり、他のパーティーと交流して情報を得たり、そこにいるだけでいろんなことを知れる。それを新人の君たちが手放すとどうなるのか、言わなくても分かるはずだ」
男の子はそれを理解しているみたいだ。問題は女の子の方か。
「余計なお世話かもしれないけどさ。えっと、ココハちゃんと言ったかな? 君は今、彼の足を引っ張ってるよ?」
女の子は肩を跳ね上がらせ、ハッとした表情でこちらを見ると、また俯いてしまった。この感じだと自分でも気づいているみたいだな。男の子が何か言いかけたが、手のひらを彼の前にかざして静止させる。
「君は自分が臆病だということを知っているね? 彼もそれを知っているからこそ、君に合わせて行動している。君を基準に考えてしまっている。君はそんな自分を変えたいと思っているんじゃないか? でも、人はそう簡単には変われない。それも分かってるね?」
女の子は俯いたまま微動だにしない。男の子も黙って聞いている。
「急いで変わらなくてもいいじゃないか。彼は今まで、君を見捨てようとしたことはあったか? おれは彼を知らないけど、他人を切り捨てて自分だけ先に進もう……なんて考えるような子には見えないな。違うかな?」
女の子は首を横に振った。違わない……と。
「他人に甘えることは別に悪いことではないんだ。彼も彼で悩みがあって、苦手なことがあって。それでも、君を放っておけないから、無理をしてでも頑張ってる。君が無理をさせてしまっている? それはそうかもしれないね。それなら、君も少しだけ勇気を出して足を踏みだしてみようよ。その一歩で君は少し変わることができる。その一歩で彼は、頑張ってきて良かったって思えるんじゃないかな?」
男の子の方を見る。言葉をかけたがっている彼を促すように頷いた。
「ココハ、一緒に頑張ってみようよ。俺さ、ココハがいなかったら、たぶん諦めてたと思う。分からないことばっかりでさ、こんな場所に一人ぼっちで。俺はココハに助けられてる。そして、俺もココハを助けたい。だからさ、一緒に頑張ろう?」
女の子が顔を上げた。その顔は涙で溢れていたが、不安そうな感じはしない。男の子の言葉は不器用ながらも女の子にちゃんと伝わったようだ。
「…私、頑張って……みたい」
女の子の言葉を聞いた男の子は、とても安心した表情で深く頷いていた。
「よし、じゃあ頑張ってみますか。ところで少年、名前は?」
「え? あ、はい。俺はレイトって言います」
「そっか。レイトにココハちゃん。覚えたよ、よろしくな?」
「はい、よろしくお願いします。あの……あなたは?」
「おれか? おれは……ナナト。そう呼ばれていた」
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