第8話「苦い経験」
――冒険者としてアムリス神殿から出てきた次の日の朝。
俺とココハは宿を出て銀行みたいな場所でお金を預けた。手数料を少し取られたが仕方ない。ココハは銀貨一枚を銅貨に両替もした。昨日立て替えた銅貨十一枚も返してもらった。けして俺から催促したわけじゃない。むしろ「別にいいよ?」とさえ言った。
「…こういうのは、ちゃんとしておきたいの。そうしないと……いつまでも甘えてしまいそうで。今度、ルミルにも返さないと」
ココハもきちんと自分の力で生活できるようになりたいのだろう。今はまだ他人と話をするのも大変だけど、いつか普通に買い物とかを楽しめるようになってほしいな。
午前中は武器や防具を売っている武具屋の位置を確認したり、生活用品などを買ったりして過ごした。太陽が昇りきった頃に、昨日のサンドイッチ屋で一袋だけ買い、二人で分けて食べた。
その後は一度宿屋に戻り、主人と商談をしてみた。素泊まり一泊で銅貨六枚のところを十日で五十枚、先払いという条件で契約が成立した。実はこの宿屋、鍵がかけられないからなのか、他の冒険者はあまり利用していない。旅の商人ならばお金を持ってるからわざわざこの安宿を使わないし、利用客がとにかく少ない。そこで、長く滞在する代わりに安くしてくれないかと駄目元でお願いしてみたんだ。
とにかく、これで一泊分の出費が銅貨一枚分も浮いた。夕飯も少し我慢すれば食費も節約できるだろう。しかし、結局は稼がないといつかは詰んでしまう。それぞれの自室へと戻り荷物を降ろし、一休みをして、午後からはココハの提案で酒場を探してみることにした。どうやら、ルミルと話をした時に彼女もそうしていたと聞いて来てくれたみたいだ。
「すごく良い情報だよ。お手柄だね、ココハ」
そう言ってあげると、彼女は下を向いたまま、とても嬉しそうに笑みを浮かべていた。ココハもココハなりに頑張っている。良いパーティーが見つかるといいな。
大通りから外れた、通称……裏通りにそれはあった。裏とは言ってもたくさんの人で賑わっていることに変わりはない。店全体が木目調になっていて、どことなく古臭い雰囲気が漂っている。二階部分に飾られている大きな看板はとても目立っていた。まだ昼過ぎだというのに、冒険者たちは吸い込まれるように酒場へと足を運ぶ。俺たちも同じだ。
リーシェの酒場。店内は異様な盛り上がりを見せている。冒険者たちが集って作戦会議をしたり、他のパーティーと情報交換をしていたりする姿が目に映る。運が良ければ勧誘を受けられるかもしれないな。
一階にはカウンター席とテーブル席があり、二階にはパーティー席のような広い場所が用意されている。俺たちは適当に空いているテーブル席に座ると、店員の女性が注文を聞きに来た。酒場とはいえ、俺たちに酒は飲めるのか? 飲んだことがあるのかは覚えていないけど、どうしてだろう……飲んではいけないような気がする。とはいえ、注文しないわけにはいかないし。困った。
「お客様ー?」
店員も困っているようだ。ココハは俯いて縮こまっている。
「すみません、ここ初めてで。その……一番安いやつってなんですか?」
「えー? あー。それならビールですかねー」
「じゃあ……それ二つで」
「かしこまりましたー」
ビールが運ばれてくるまでの間、俺たちは無言で過ごした。場違いな雰囲気をひしひしと感じる。周囲からは話し声が聞こえてくる。自らの武勇伝を語る人。仲間たちを賛美する人。中には喧嘩をしている人たちや、酔っているのか大声で歌っている人もいる。これが酒場か。あまり居心地は良くないな。
「お待たせいたしましたー」
店員がビールの入ったグラスをテーブルに置いてから代金を支払う。二杯で銅貨二枚だった。思ったよりも安い?ココハがグラスをじっと見つめている。酒に興味があるのだろうか。俺は恐る恐るビールの入ったグラスを口元へと運ぶ。少しだけ口に含んで飲み込む。ごくん。ごくんごくん。あれ? 美味しいじゃないか。ほんの少し苦味はあるが飲めなくはない。
「飲んでみなよ、わりと平気かも」
ココハはしばらくグラスとにらめっこしていたが、勇気を振り絞ったように口元へ運ぶとペロッと猫のように飲んで……いや、舐めていた。
とりあえずはこれで客として居座れるようにはなった……はずだ。食事もできるみたいだし、お腹が空いたら夕飯も済ませてしまっていいかもしれない。まぁでも、まずはやることをやってからだ。俺たちは仲間を募集しているパーティーを探さなければならない。
「少し、聞いて回ってくるよ」
そう言うとココハも席を立とうとしたが「二人とも立っちゃうとさ、帰るのかって間違われちゃうかもしれないから、待ってて?」と言うと、頷いて座り直した。
冒険者たちの顔を見回しながら酒場内を歩く。男性が多いが、女性もそれなりにはいるみたいだ。なるべく話しやすそうな人を探す。ココハじゃないが、俺だって不安だ。分からないことだらけだし、めちゃくちゃ緊張する。こういうのは苦手だった気がするな……。
「勧誘? してないね」
「新人はいらねーわ、すまんな」
「うちは女だけのパーティーなの」
「いいぜ。え、二人? さすがに二人はなぁ……」
「ガキが酒場なんかに来てんじゃねーよ、帰んな!」
……全滅だ。新人の冒険者を迎えてくれるパーティーなんてそうそうないよな。しかも二人だし。客観的に見ても、使えそうにないだろうと思われているのは分かる。ブレンみたいな体格だったら別なんだろうけど。元気にしてるかな、ブレン……とついでにジェニオも。神殿ではろくに挨拶もしないまま別れちゃったし気にはなる。でも、今は人の心配なんてしていられない。
ふと、ココハの様子が気になって席の方を振り返る。あれ? 誰かと……話してる? いや違う。ココハは下を向いたままじっとしている。絡まれてるんだ。
「ねーねーむししないでおー」
「…………」
「ねーねー?」
やばいやばい。酔った男だ。完全に出来上がっている。急いで席に戻らないと。俺は店内を駆けるようにテーブル席へと戻った。
「すみません、やめてください」
「あー? あんだてめえは?」
「俺はこの子の……えっと」
「おとこかー?」
「え? いや、えっと……仲間。そう、仲間ですよ」
「なかまあー? あんだよ! おとこじゃねーならだまってろよ!」
「嫌がってますから」
「いやがってねーよ! いやがってないよねー?」
明らかに怖がって震えてるだろ。いい加減にしてくれ。
「もういいでしょう? あんた酔ってんだよ!」
「……ああ!?」
ドンっと腹に衝撃が走った。続けて左頬に。頭が真っ白になる。俺の体が宙を舞って床に叩きつけられる。なんだ? 何が起きたんだ……?
「おめーさっきからうるせえんだよ、ぶんなぐるぞ!」
もう殴っただろうが……ああそうか、俺は殴り飛ばされたのか。痛みが遅れてやってきた。めちゃくちゃ痛い。泣きそう。逃げ出したい。でも……できない。ココハが涙を浮かべながらこっちを見ている。助けないと。俺が……俺しかいないんだから。
ゆっくりと立ち上がる。酔っ払いとはいえ、腕っ節では敵わないだろうことは分かる。とにかくココハを連れてここを出よう。あの酔い方ならば、走れば追いかけては来れないはずだ。店内がざわついている感じがする。視線も多く感じる。一刻も早く立ち去りたい。
「あんだ? まだやんのか?」
「いい加減にしてくださいよ。俺たちこの店は初めてなんだ。あんたのせいで印象は最悪ですよ。こんな人が常連の店なのかって、冒険者ってこんなもんなのかって思ってしまう」
何も言い返してはこない。もう聞こえてないのかもしれない。頭を回しながらふらふらと近づいてくる。ゆっくりと右腕を上げるのが見えた。俺は身を低くして後ろに回り込む。
「どこいったー?」
酔いが深く、見失ってくれたようだ。そのまま背後を取り続ける。「あー」と言いながら男が顔を天井に向ける。もう動き回ることもできないみたいだ。ここぞとばかりに俺は後ろから体当たりを仕掛ける。体格差があって吹き飛ばすことはできないが、倒れ込ませることくらいならできた。店内にガラスの割れる音が響き渡る。男が空き瓶が並べられた床に向かって倒れたからだ。
「いてえ、いてえよ……」
男は悶えている。
「ココハ! 行こう!」
俺はココハの手を取って走った。店内を歩く人の間を縫うようにして酒場の外へと出た。途中でココハが何か声に出して言っていたが聞いてあげる余裕はなかった。店から少し離れた場所の路地へと入り、そこで止まる。ココハの方を振り返ると、彼女は息を切らしていた。
「ごめん。大丈夫だった?」
ココハはしゃがみ込むと、両手を胸の前で組みながら荒々しく呼吸をしている。返事はできそうにないみたいだ。ああ、災難すぎる。これでもうココハは酒場へは行きたがらないだろう。成果もなく、夕飯も食べ損ねた。どうするんだ……この先。
「いたいた。君たち、ちょっといいかな?」
声をかけられ振り返ると、この路地に足を踏み入れようとしている、腰に刀を帯びた二十代後半くらいの男がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます