第2話「イルアビカ王国領」

 俺たちは講堂のような、いや、神殿と言っていたし……礼拝堂のような場所に案内された。ここで詳しい話を聞けるようだ。大きな声を出したら反響しそうなほど広い部屋だ。正面の上方に見えるステンドグラスには巨大な十字架が飾られている。部屋の後方まで何列もの長椅子がずらりと並べられており、その中央の二列、一番前の席に男女で左右に分かれて座った。


「レ、レイトくん、ボクはブレン……だったかな? 改めて……よろしくね?」


 温男ヌルオはブレンという名前だったらしい。なんだかしっくりとはきていないみたいだ。まぁ俺も、レイトという名前が自分に合っているのかと問われると、微妙な気持ちになるんだけどさ。


「よろしく、えっと……ブレンさん?」

「よ、呼び捨てで……大丈夫だよ。歳もそんなに……変わらないと思うし」

「うん、そっか。分かったよ」


 俺たちには記憶がない。名前は取り戻せたけど、他には何も思い出せない。その名前も本当に自分のものなのか怪しいけど。黒いローブの男が持っていた同意書には、五人分の筆跡でサインがされていたけど、よく確認する暇もなかったし、どうにもあの人は信用できない。


「ったく、いつまで待たせんだよ!!」


 ブレンを挟んだ反対側で文句を言っているのは刺男トゲオ……改めジェニオ。なんだよジェニオって。どうしてだろう、俺はこいつの何もかもを素直に認められないようだ。絶対に合わない相手というのは人間誰しも一人はいる気がする。俺にとってはこのジェニオなんだろう。


 通路を挟んだ向こう側の長椅子には、女の子二人が座っているのだが……一人はムスッとして顔を強張らせているし、もう一人は出会ってからずっと下を向き続けている。女の子同士なんだし、仲良く話したりとかはしないのかな? こんな状況だし、まぁ無理かもしれないけど。


 下を向いたまま不安そうにしている女の子は、ココハという名前だった。もう震えてはいないようだ。少しは落ち着いたのかな? 腕や脚を組み、ムスッとした表情で正面を睨んでいるのはルミル。堂々として怖いもの知らずに感じた女の子だ。ルミルの顔はちゃんと見れていなかったから、勝手に大人っぽい子だと思っていたけど、ブレンやジェニオと同じく、俺とも同年代くらいな気がする。ココハも背は小さいけど、もしかして同い年くらいだったりする?


「なに?」

 ルミルがいつの間にかこっちを見ていた。


「いや……別に」

 思わず視線を逸らしてしまった。


 正面に目を向けると、奥の扉から誰かが出てくるのが見えた。赤い十字の刺繍が入った黒いローブだ。あの男ではない。というか男ですらなかった。その人はフードを被ってはおらず、緑色の髪で眼鏡をかけている、二十代前半くらいの女の人だ。その人は俺たちの正面にある台の前に立つと、一礼をした。


「お待たせしてしまいましたね、すみません。わたくしはアムリス神殿に仕える、司祭のヤルミと申します。あなた方にこの世界について教えるようにと、司教より命を受けています。少し長くなると思いますが、静かに聞いてくださいね?」


 思ったよりもまともそうな人だった。さっきの男が酷い印象だったからか、この神殿にいる人はみんなああいう感じなのだと思い込んでいた。


「早速ですが、まずはここアムリス神殿の別殿があるのは、イルアビカ王国領のルトナという街です。この街には多くの冒険者たちが暮らしています。あなた方のように神殿に属する者たちもいれば、王国のギルドに属する者たちもいます。所属が別々だからと言っても、いがみ合ったり敵対しているわけではありませんので、安心してください。中にはパーティーを組んで、共に戦っていたりする者たちもいらっしゃいます」


 ルトナの街。いわゆる冒険者たちの街か。俺たちは冒険者になるためにここに来た……らしいから、この街が出身だったりとかはなさそうだ。


「街には、武器や防具といった冒険者に必要なものを扱う武具屋、生活用品や食料品などが買える市場もあります。他にも、料理屋や酒場、風呂屋などの施設もあります。ここでの修練が終わったら、是非とも街の中を見て回ってくださいね?」


 司祭ヤルミが一呼吸している間に、ルミルが声を発する。


「あたしたちはどこで生活するの? さっきの男はこの街で暮らせとか言っていたけど、この神殿が面倒を見てくれるって感じではなさそうよね?」

「そう……ですね。当面の資金などは配給されることになってはいますが、個人で宿を借りたり、パーティーを組んで、仲間たちと共同生活をしてもらうことになります」

「パーティーって、この五人で組むのかよ?」

 ジェニオが嫌そうに言った。こっちだって嫌だよ。


「あなた方は同期ではありますが、パーティーは同じでも、別々でも構いません」


 ……良かった。ああ、良かった。


「では、続けますね? 次は街の外、イルアビカ王国領について。この街を東へ進み、山間を抜けた先に王都イルアビカがあります。王都には、主に国民や王国軍に所属する人たちと、その家族が暮らしています。神殿所属の冒険者はあまり歓迎されないことがありますので、用事がなければ近寄ることもないかと思います。また、王都の近くにはアムリス神殿の本殿もあります。そちらであれば、神殿所属の冒険者に限り立ち入りを許可されています」

「パ、パーティー内に、王国のギルドに所属している冒険者がいた場合は……どうなりますか?」

 俺も同じことを聞こうとしていたが、ブレンが先に質問してくれた。


「はい。この別殿も同じですが、神殿所属ではない冒険者は立ち入ることを認められておりません。他所属の冒険者とパーティーを組む場合には注意してくださいね?」


 王国軍とは敵対していない……みたいなことを言っていたはずだが、ちょっと複雑な関係なんだろうなとは思った。


「この街の周辺地域に関してですが、西に小さな港町があります。ですが、神殿所属の冒険者は許可がない限り乗船することを許されておりませんので、こちらも注意してください」


 そういえば、ローブの男がこの街から許可なく離れるな……とか言っていたな。


「北西にはウルフが生息している、コイマの森。北東には怪鳥バードの縄張りになっている、ユトの丘。南にはこの国の名産になっているボアー……シシノボアーが生息する、シシノ平原があります。他にも、南西にはショックの沼地、東にはロニ鉱山、ユトの丘を越えた先にはイルボング山などがあります。いきなり全てを覚えるのは難しいでしょうし、イルアビカ王国領についてはこれぐらいにしておきましょうか」


 俺たちはまだこの神殿からも出たことがないというのに、街の外について聞かされてもまるで理解できるはずもなかった。


「ふぅ、疲れたぜ。次はなんだ? 修練だったか?」

 ジェニオが両手を上げ、背筋を伸ばしながら言った。


「何を仰っているのですか? 次はこの世界の歴史についてお話します」


 ジェニオが背筋を伸ばしたまま固まった。司祭ヤルミの話はまだまだ続くようだ。


「……あの、いいですか?」

 質問できるタイミングはここしかないと思い、俺は思いきって声をかけてみた。


「はい。どうぞ」

「冒険者って、具体的には何をするんですか?」

 ローブの男には答えてもらえなかった質問をしてみる。


「そう……ですね。冒険者とは、主に狩りを仕事として生計を立て、依頼があれば各地へと赴き、人の害になる獣族や下位五種族と戦い、報酬を得る者のことです。神殿所属の冒険者には、神殿からの指令が下ることもあります」

「えっと……下位五種族とは?」


 次から次へと新しい言葉が出てくる。記憶が消去されてしまっているから仕方ないのかもしれないけど、俺たちはあまりにも何も知らない。


「それについては、今からお話させていただきますね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る