第3話「地味な才能」
司祭ヤルミの話は本当に長かった。この世界の歴史について、簡単にまとめるとこうだ。
――その昔、二体の神がいた。片方は秩序を司る天界の女神アムリス。片方は混沌を司る魔界の邪神サタナオーム。両者は相容れぬ存在だったが、どちらも戦いの神ではなかった。そこで自らの力を分け与えた存在を戦わせ合うことにした。女神アムリスに仕える天使族。邪神サタナオームが従える悪魔族。戦いは数千年にも及び、両者が共に滅びることで幕を降ろした。
しかし、悪魔族は悪意や憎悪を持つ他種族の魂を食らい、自らの魂を植え付けることにより復活を遂げた。天使族は天界へと還されたが、自分たちを信仰する他種族を依り代とすることで、再び地上に舞い降りることを許されていた。両陣営が必要とした他種族の存在。清い心と悪しき心、その両方を唯一合わせ持った種族。それが人間族だった。
両陣営は人間族を使って繰り返し神の代理戦争を行わせた。やがて人間族は神の力の影響により様々な種族へと派生し変貌を繰り返した。ゴブリン族、オーク族、魚人族、亜人族。ここに残った人間族を含めた下位五種族が誕生した。
それでも、代理戦争は収まらなかった。天使族と悪魔族は力が均衡しており、人間族の数だけが減ってしまった。そんな時、強大な力を持った新たな種族が生まれた。生命の枯れた残骸、朽ちた肉体に宿りし絶望の魂。不死族だ。
種族を率いる者、不死者の王の力により、決して滅びることのない不死族は下位五種族を次々と襲い、遂には伝説の存在となっていた巨人族と竜人族を目覚めさせ襲い掛かった。これにより天使族と悪魔族は神の代理戦争を中断せざるをえなくなった。
なぜならば、巨人族と竜人族はお互いに敵対種族でありながらも、巨人族には天使族を、竜人族には悪魔族をそれぞれ倒すことのできる力を保有していたからだ。睨み合い、膠着する天使族と悪魔族。そして、巨人族と竜人族。そこに新たに生まれた不死族が加わり上位五種族となった。
それから現在までの数百年は大きな争いはなく、不死族の出現報告が度々上がる程度だという。
――簡単にまとめるとこんな歴史だった。司祭ヤルミはアムリス神殿に仕える身だからだろうか、天界の女神アムリスと天使族からの目線で語っていたが、人間族を衰退させた原因でもあるのに、どうして崇拝しているのかはちょっとよく分からなかった。
そして、司祭ヤルミは最後にこう言って締めた。
『これが、この世界……〝ミルグラム〟の歴史です』
ミルグラム……俺たちに名前を返した男が言っていた言葉だ。あれはこの世界の名称だった。なぜだろう、違和感を感じる。あの男はこう言っていたからだ。
『ようこそ、〝ミルグラム〟へ』
あれではまるで、俺たちが別の場所からこの世界にやってきた……みたいに捉えてもおかしくはない。嘘っぽい名前、信用のできない人間の言葉。不信感は募っていくが、記憶がないので断定もできないし検討もできない。しばらくは言いなりになっておくしかないのかな。今後、もしも何かあった場合には司祭ヤルミ、あの人を頼った方が良いのかもしれない。
「レ、レイトくん……大丈夫?」
ブレンがいつの間にか立ち上がり、俺を正面から見下ろしていた。既に司祭ヤルミの姿はなく、俺たちも次の部屋へと向かうようだ。ジェニオが後方の扉へと向かって歩いていく。俺とブレンも後を追う。廊下に出て後ろを振り返ると、女の子たち二人もちゃんと付いて来ていた。まぁ当然なんだけど。
「話……理解できた?」
さりげなく聞いてみたつもりだったが、返事はない。ココハはやっぱり下を向いているし、ルミルに至っては完全に無視だ。女の子は難しいな。諦めて前を向こうとした。
「………少し、だけ」
ココハの声が微かに聞こえたような気がした。もしかしたら、こう言うかなっていう想像が幻聴になっただけかもしれないけど。どっちだ?
……ココハが少しだけ顔を上げる素振りを見せた。幻聴ではない。そう受け止めた。
「そっか、俺も正直のところ……半分くらいしか分からなかったよ」
そう言って笑ってみせる。ココハはまた下を向いてしまった。せっかく会話ができそうだったのに続かない。途切れてしまう。
「オレはかんっぺきに理解できたけどな!!」
一番前を歩くジェニオが振り返りながら言った。
……お前には聞いてないよ。
「つまりはだ、女神アムリスに敵対する悪魔族をぶっ倒せばいいんだろ? 楽勝だろ、楽勝。竜人族に弱いみたいだしな、けしかけてやれば簡単に倒せるだろ。弱点を攻めるのは戦いの定石ってな!!」
「そ、そんなに簡単な……話なのかな? ボクは上位五種族については現実味がないっていうか……あくまでも、神話とか空想上の話なんじゃないかなって……思ったけど」
「確かに。天使とか悪魔とかって実際に見たことないもんね?」
「うん。そ、それに、人間族以外の種族だって……見たことあるのかどうか。記憶が消去されちゃってるから……なのかもしれないけど」
「冒険者になってみれば分かるこった。今は鍛錬に励むべしってな!!」
ジェニオってこんなやつだっけ? なんだか少し雰囲気が変わってる気がする。まぁまだ出会ってからそんなに時間は経ってないし、俺はちょっと偏見の目で見ていたのは間違いないけど。うーん、よく分からない。
なんとなく、また後ろを振り返ってみると、ルミルと目が合ってしまった。
「なに?」
「いや……えっと、ルミルはどう思う?」
自分でも無茶だとは思う。でも、聞いてしまった。また無視されるんだろうな……とか、そういう後ろ向きな気持ちになった。
「あたしは戦争とかに興味はないわ。冒険者になることにも納得したわけじゃないし。今はそうするしかないと思ったから従ってるだけ。ここの人間は信用ならないわ」
答えてくれたことと、俺と同じような考えに至っていたことへの衝撃が同時に押し寄せてきた。質問したのは俺の方なのに、返す言葉が浮かばなかった。
そのまま歩いていると上下へと続く階段の横を通った。どうやらここは建物の二階以上……ということらしい。もしかしたら、地下があったりするのかもしれないから断定はできないけど。そんなことを考えながら、廊下を進んでいく。
「お、この部屋じゃね? 魔力測定室……間違いねえ」
ジェニオが扉の上に掲げられている表札を読んだ。
司祭ヤルミが話し終わった後に、次は廊下の突き当たりにある部屋へ向かうように……と言っていた。それがここ、魔力測定室だ。
ジェニオは部屋には入らずに待っており、俺が扉の前に来ると顎をそちらに向けて、行けよ……みたいな合図をしてきた。ノックをしてみたが返事はなく、俺はそっと扉を開いた。その部屋は薄暗く、とても狭かった。中央にある机には台座に乗った透明な球体と、それを照らす蝋燭だけが置いてあった。
「一人ずつ部屋に入れ。残りの者は外で待て」
赤い十字の刺繍が入った黒いローブの人だ。
机の向こう側にいた。怖いよ。なんなんだ、ここにはこういう人が多すぎないか? 俺が躊躇っていると「あたしが先に行くわ」とルミルが部屋に入り扉を閉めてしまった。本当に彼女は怖いもの知らずというか、勇気がありすぎる。
そのルミルはすぐに部屋から出てきた。特に何かあったわけではないらしいが、彼女は黙っている。次はブレンが入って、その次はジェニオ。二人もすぐに出てきた。何となく最後は嫌なんじゃないかと思い、次はココハに行かせてあげた。
大丈夫かな? 心配だ。他のみんなよりも時間がかかっているような気がする。また過呼吸みたいなことになっていなければいいけど。扉の方に近づいて気配を探ってみようと思った。すると突然、扉が開いてココハが出てきた。目の前に俺がいて驚いたのか「…ぁ」と声を漏らして後ろに転びそうになったので、俺は慌てて手を伸ばした。なんとかココハの手を取り、尻餅を付かさずに済んだ。
「……ごめんね?」
謝りながら手を放す。
ココハは首を横に振ると「…次、どうぞ」と小声で言って廊下の隅の方へと行ってしまった。俺は手に残った感触を握りしめてから部屋に入り、扉を閉めた。
「こちらへ」
黒いローブの人に呼ばれる。
年齢は分からない。男なのか女なのか、それもちょっと判断できない。中性的な声だったからだ。俺は言われるがまま机の前まで進んだ。
「利き手を水晶の上に掲げ、触れないように意識だけをそれに傾けよ」
難しいな。俺は右手を前に突き出し水晶の前で止めた。意識を傾けるってどうすればいいんだ? とりあえず、集中して水晶を見ることにした。
「この水晶は何色だ?」
何を言っているのか分からない。この水晶は透明なはずだ。
……そう思っていると、透明だったはずの水晶に少しだけ色が滲み出てきた。密閉された空間に煙が立ち込めてくるような、そんな感覚だった。
「灰色……ですかね」
「ほう、貴様……人間か?」
「え? はい、人間ですが……灰色だと何かまずいんですかね?」
「そんなことはない。ただ珍しいだけだ。こんなに地味な魔法色を持った人間は久しぶりに見たぞ」
大きなお世話だ。地味で何が悪い。
「灰色は影。輝きも大きくはない。魔法力はあるが
魔力測定室というだけはあって、これで魔法適性があるのかを調べているみたいだ。
「よろしい、これで全員の測定は終わりだな。階段を降り、修練室へ向かえ」
「…………」
俺は無言のまま一礼して部屋を出た。みんなの視線が集まる。
「次は階段を降りて、修練室だってさ」
「おっし、ようやくだな!!」
ジェニオはなんだか嬉しそうだ。
俺たちは歩いてきた廊下を、上下へと続く階段の所まで引き返した。
「ど、どう……だった?」
ブレンが尋ねてきた。
「ああ、灰色……だったよ」
「へえ、すごいね……魔法力があったんだ。ボクなんて……無色だったよ」
「とは言ってもさ、地味だとか
「そ、そうなの? ひどいね。ボクは人にないものを持ってるのは……才能だと思うけど」
「ありがとう。ブレンっていい人だよね?」
「そ、そうかな? でも、そう言ってもらえるのは……嬉しいよ」
身長差があって他人からは同年代に見られないだろうけど、ブレンとは友達になれるような気がした。記憶が消去されて寂しかった心が、少しだけホッとしたように温まった。
階段を降りた先の、正面の壁には大きな扉があった。
「ここだな?」
ジェニオが扉の上にある表札を見てから勢いよく開いていく。
ここで戦士としての修練を始めるのだろうか? 俺は、俺たちは無事に冒険者になれるのかな?
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