第四十五話『濁る魔剣』

 

 ……僕は戦いに勝利した。


 それくらいは、覚えている。


 でも。


 夢か現実か。


 視界に紅と漆黒が混ざる。


 目を開けているのか、閉じているのかすら分からない。


 目前で紅と漆黒が収束する時、其処には水面があった。


 いや、水面というより……。


 荒れ狂う海の大渦の中心に、幽寂ゆうじゃくなる絶海を見出した様な、そんな場所。


 一時の静寂の中で、僕は見た。


 数十メートル離れた先。


 手を伸ばしても届きそうで、届かない様な場所。


 そんな目の先に、彼は居た。


 黒い外套を身に付け。


 見覚えのある魔力を滾らせ。


 僕を悠然と見つめるその人物に、僕は……。


「メーーー」


 彼は笑った。


 途端。


 ーー水面は蒸発する。


「待って!!」


 薄れ行く意識の中。


 世界が、僕の目の前から消えて行き……。





 僕は意識を覚醒させた。


 胎動する天井。


 少しばかりの頭痛。


 目が乾き、瞬きを始める。



 ……現実に戻ってきた。



 そう思う僕の手には、黒く濁った紅刀が、握られていた。



 ♢



「やぁあっと、飛び起きよったか」


「まあ、ええ……」


 僕は、耳や頭をさすりながら困惑した。


 聞こえる。音が。


 鼓膜は死神によって破壊された筈。


 額から垂れ流していた血すら無いし。


「……トカゲの傷は、なんか道中にあった『地の名水』とか達筆な字で書かれた看板の水ぶっかけたら、なんか治ったから、多分大丈夫だ」


 適当に答えてきた瑜以蔵さん。


 ……適当すぎない?


 でも僕は、そんな瑜以蔵さんに運ばれてきた様だ。


 そして、今までは小さい棉の塊の様な魔物の山の上に寝かされていたみたい。


「ああ、ありがとうござーーって、それ危ない水じゃ無いですよね!?」


「細かいこたぁいいんじゃ……というか、その剣どうした」


 瑜以蔵さんは、僕の朱殷しゅあん色に染まった魔剣に目をやった。


「確かに……」


 僕は魔剣を見るやいなや、眉をひそめた。


(これ魔力消費が無くなってる。……魔剣じゃ無い?これ……まさか、僕が倒れる時に持ってた黒剣が、紅刀と融合したのか?)


「……なんで?」


 あくまで仮説だけど……。


「は?どうした?」


「あ……いや、なんでもありません」


 僕は困惑を隠し、朱殷刀を握りこむ。


 ……でも確かに、形状は僕の魔剣とほぼ一緒なんだよな……。


 ま、いっか。魔剣と比べて魔力消費ないし。


 そう思い、僕は朱殷刀を鞘に納め。


「行きますか。とりあえず」


 そのまま、僕達は先へ猛進した。



 ♢



 僕達はずっと、一本道を歩み行く。


 全く、変化の感じられない通路。


 魔物は既に出てこなくなった。


 全く、変化を感じられない。


 つまらない、と思いながら。


 退屈な通路を進みきった先には……。



 街があった。



「……?儂ら、外に出た訳じゃ無いよな?」


「そんな訳は無い筈ですが……そう思えるくらいには……」


 目に映るは、奥が見えない街並み。


 かなり建物が密集した路地の中に、僕達はいる。


 そこから見える建物の型式は、完全に和式。


 以前、僕が見た江戸の街並みと全く変わらない。


 でも、どこか古めかしい。


 日本人で無くとも、隔世の感に浸りそうになったのは僕だけでは無い筈。


 人気が無い。


 埃まみれ。


 廃れた廃墟群の様に見える街並みに、僕達は困惑した。


「地獄門の中よな?」


「その筈ですが……」


 僕は、咄嗟に床を踏み込んだ。


 ……この気持ち悪い踏み心地。


 間違いない。ここは確実に地獄門の中。


(とりあえずここを調べてみないと、色々はっきりしない)


 そう思った僕の視界端に、炎が揺らいだ。


(……ん?)


 僕は目を凝らした。


 廃れた廃墟。


 人気が完全に失われた街並みの中で、僕は見た。


 屈強な男が、盾を振り回して『何か』と応戦している様が。


 第一村人。


 そう思うや否や、僕はその面影に向かって叫んでいた。


「イェネオスさん!?」



 ♢



 それから少し遡り……。


 胎動する空間の中で、七つの人影は揺らぐ。


『俺らはこの三番目のとこ行くから、お前ら四番目行っとけ』


『……はいはい。わたくし達はこっちね』



 ♢



 魔物出現。



 生存者を確認した二人が歩む先をはばからせる様に、巨大な魔物は出現する。


 見上げるまでの巨漢。


 それは、僕達の歩を遮った。


「くっ、うざい奴よの」


「……ッ!?不味いです!避けーー」


 一息つく暇も無く。


 その巨漢は、その地を粉砕するほどの豪腕を振るった。



 避けられない。



 街ごとを粉砕する力。魔力。それらが、一瞬で収束する。



 ーー瞬間、時すら遅延せず。



 勢いは無に帰した。


「……ちっす。元気してたか」


 その巨漢の振り下ろしは、勢いと魔物の頭ごと粉砕された。


 アサナト・レイミンの手によって。


「……まじか、こやつ」

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