第四十三話『隠された刃。それは仲間をも斬りつける』
僕達は作戦会議を終え、刀を構える。
そして、僕一人だけで突っ走る。
援護は……今のところ要らない。
僕は剣幕を漂わせながら、死神の眼前へと迫り行く。
背後の瑜以蔵さんが見えない様に、僕は真正面で走り死神の視界を覆い隠す。
死神は再び、目を開ける様に眼光を灯らせた。
瞬間、舞い上がるは火花。
相手は黒剣と音の剣を携帯した、二刀装備。
僕は魔剣一刀のみ。
だけど、一刀に賭ける力は僕の方が優っている。
僕はそれで勝負するしかない。
僕は踏み込み、突く。
振る。振る。
相手は堅実な剣筋でそれらを受け、追撃の気を伺う。
だが僕はそれを荒れ狂う氾濫した荒川の如く打ち払い、他の攻撃の介在を許さない。
相手が僕の刀を弾いた時には、勢いを利用して下から刀を潜り込ませ、蛇の様に襲いかからせる。
死神はそれを流麗に受け流す。
一進一退の攻防戦。
そこに、瑜以蔵さんは未だに介在しない。
相手は、何の理由で戦いに参加しないか、なぞ考えても居ない。
死神の思考を占有しているのは僕。
僕が全力で相手していなければ、死神は直ぐに瑜以蔵さんを狙いに行っていた所だろう。
僕がそうさせないのは、さっき交わした作戦会議に起因する。
……だけど、全力を出し続ける、と言うのは結構大変。
しかも、僕は作戦によって相手の『ある行動』を狙わなくちゃ行けない。
迫り来る体力限界の中、相手の途方も無い量の行動パターンの内、一つの行動を手繰り寄せるのは容易では無い。
でも、やらなければ……僕達は恐らく殺される。
卑怯とも言えるかも知れない。
弱者のする行動と、蔑まれるかも知れない。
だけど、これが僕達が下した『決断』だ。
……なら、それを手繰り寄せる位なら、してもいいでしょう?
僕は左手を離した。
右手で魔剣を握り、相手の剣撃を受けながら。
時には攻撃し。
時には受けに徹する。
すると、相手の意識は僕の剣に集中する。
釘ずけになる、とも言えるかな。
兎にも角にも、相手の意識を僕の剣に集中させられれば、それで良い。
そこからステップ2だ。
そこで僕は力を振り絞り、魔剣を思いっきり振り下ろす。
既に死神の動きは、足を踏むことによって遮っている。
……つまり、相手は僕の魔剣を受けるしか無い、という事。
だから相手は二刀で僕の剣を受けた。
ジリジリと剣同士が鍔迫り合いを起こす中、僕はただ一人魔法を構える。
残った左手で。
放つのは、ただの拘束魔法。
死角から放たれた魔法は、鍔迫り合いを起こしている三本の剣を、鎖で固く縛り付ける。
剣を引こうとも、手で引き千切ろうとしても、この拘束は解けない。
死神が焦っているのを傍目に、僕は魔剣から手を引く。
そして、死神の足を踏んでいた右足を振り上げ、三つの剣を空高くに打ち上げる。
ここからが運であり、僕が死ぬかも知れないボーダーライン。
空高くに打ち上がった三つの剣は、当然瑜以蔵さんにも見えている。
そう。これは合図だ。
だが、この行動は合図だと死神に悟られてしまったら、僕達は多分負ける。
そのくらい、この行動は危険なのだ。
何故なら……。
ーーこれは僕がどれだけ早く、瑜以蔵さんの攻撃を避けられるかが鍵だからだ。
瞬間、減速する世界。
能力の始まりを告げた世界の中で、僕は一人、体を後転させる。
右足で剣を打ち上げた勢いを利用して、僕は躱す。
瑜以蔵さんの太刀を。
減速した世界で唯一動く、瑜以蔵さんの剣技を。
一.五秒しか無い猶予時間。
刻限が迫る減速世界でただ一つ揺らぐ剣筋を、僕は逆転した世界で目撃する。
それはもう、僕の右頬に。
「間に合え……ッ!」
必死に顔を傾ける僕。
だが避けきれず、頬を掠め取る鋭い剣筋。
野菜を横に薄く切った様に、右頬から薄皮が離れていく。
……少しでも体を後ろへ屈めるのが遅かったら死んでいたかも知れない。
身震いする暇も無く、血飛沫の如く床に飛び散る黒い魔力。
それは目前の死神のものであり、停滞した世界の終了を示唆していた。
死神は驚いた様に、深く切れ込みが入り魔力が飛び散る腹を手でさすっていた。
……致命傷だったのは必至。
つまり、僕が避けた瑜以蔵さんの刀が、死神に即死程度の深いダメージを与えたという事。
死神の体から力が抜けていく。
その光景を見て僕は作戦がうまく行ったと安堵し、思い出す様に心中で回想した。
そう。これは作戦通り。あの時交わした作戦通りだった。
♢
『まず、一番やばいのは死神が持っとる、あの二対の剣じゃ。あれをあやつの手から剥がすかなんかせんと、勝利は無いと思え』
『確かに、あの剣は切れ味も凄まじいですしね』
『……じゃな。ありゃあおかしい。儂の刀も、多分何回か打ち合うだけで破壊されちまうわ。だから、あの剣がある限り、儂の秘蔵の構えも受け流させられるだろう』
僕はその言葉に、瑜以蔵さんのあの抱え込む様な構えを思い出す。
『だから、どうにかして僕が死神の二刀を取り外さなくちゃいけない、という事ですね?』
瑜以蔵さんは笑った。
『……分かっとるじゃないか。じゃがその際、儂が秘蔵の構えをしようとしている事を死神に悟られぬ様にしてくれよ』
『じゃあ僕は、瑜以蔵さんの姿を見られない様に、死神の正面に立ち続けて、瑜以蔵さんに分かりやすく剣を打ち上げれば良いんですね?』
『まあそうなんじゃが……出来ればトカゲの特個を使って、儂の行動を最後まで見れん様にしてくれんか』
僕は困惑する。
『え?……たった一.五秒の間に、瑜以蔵さんの、あの早い剣撃を避けなくちゃ行けないんですか?』
『じゃから、相打ちになるかも知れんと行っただろ?嫌ならーーー』
瑜以蔵さんから出かけた優しさを僕は首を振り、遮った。
『……いえ。分かりました。ここであの敵を超えねば、行けないんですよね?』
『そうじゃな……じゃあ、行くぞーーー』
♢
と、言った作戦だった。
それを鑑みると、この作戦は成功している……という事になるのだろう。
僕は無事に瑜以蔵さんの攻撃を避けられたし、その攻撃は作戦通りに死神へ直撃していた。
普通なら、腹に深く入った切れ込みは致命傷。一瞬で絶命する筈。
ーーそう。する……筈だった。
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