第四十二話『死神』

 

「なんじゃあ、あの刀はぁ?」


 瑜以蔵さんの懐疑的視線が行き着く先は、僕の魔剣だった。


 紅色に輝くその剣は日本刀の様に絶対的な斬れ味を誇り、その様は正に鋭く尖る戦意の様。


 僕が握る剣が煌めく紅刀に対し、相手の死神はその光を飲み込む黒剣。


 二対で正反対の剣が空中で交差する時、黒と紅の火花を散らして快音を鳴らす。


 ギリギリと火花が双方の顔面近くに跳ね上がる。


 瞬間、舞い上がる死神の黒剣。


 紅刀によって弾き飛ばされた死神武装に、僕は隙を感じて間合いを詰める。



 ……否。それは僕の油断だった。



「黒い風っ!?」


 不用意に踏み出された身体は黒風によって宙を舞い、自由を失われて空中に投げ出された。


 僕の体は斜め背後に。


 建物を引っ剥がし、舞い上がらせる竜巻の様に。僕の体は何の抵抗も出来ず投げ飛ばされた。


 黒く染色された様に真っ黒で歪な疾風。


 僕はそれでクルッと一回転した体を立て直し、受け身を取った。


 猫の様な姿勢で再び着地した僕は魔力の残量を確認し、まだ数分魔剣を維持出来ると安堵しつつ、眼前の死神の様子を窺う。


 既に彼?は宙に舞った黒剣を軽く掴み取り、こちらへ切っ先を向けていた。


 伏せ睨む僕と死神の眼光がジリジリと火花を散らす様だった。


 そして、数刻の呼吸の後。



 ……再び、双方の剣が交差した。



 一進一退の攻防戦。


 斬り合いに優劣は無く、ただ交差するは双方の敵意のみ。


 僕は切り下げと共に猛進する。


 だが死神は軽くいなし、空いた僕の背中を斬り付ける。


 光を歪めし闇の刃は空を歪曲させ、空を裂く。


 紅に染まる魔剣は裂く空気を打ち消し、闇を掘削する。


 追撃を拒み、輝く紅剣と、猛攻に移り、光を飲む黒剣。


 双方の剣が鍔迫り合いを起こす時、瑜以蔵さんは動く。


 それは、今まで観戦を決め込んでいた瑜以蔵さんが初めて起こした死神とのファーストコンタクト。


 だが、瑜以蔵さんが斬り付けるは死神では無く。


「不注意だぞ、トカゲ」


 彼の背中から出た、黒色の音の波動だった。


 僕は、いつの間にか放たれた音魔法が、いつの間にか掻き消えた事に驚愕する。


「あ、有難うございます!」


 瞬間、鍔迫り合いを起こしていた死神の黒剣が視界端で揺らいだ。


 消えた刀の感触。


 それに慌てている暇無しに、僕の体は一歩奥に押された。


 不意に能力を発動させない様にする為、優しく押された肩。


 押したのは瑜以蔵さんで、既に刀を構えていた。


 その刀身が斬り付ける先は黒剣。


 さっきの僕以上に激しい打ち合いを繰り広げ始めた二人に、僕はまた数歩後退りしていた。


 暇が有ればいつでもあの打ち合いに参加は出来るが……今は体力回復を優先しておきたい。


 ……っと、思った時だった。


「……ッ!?」


 右手のみで瑜以蔵さんと相対している死神。


 その左手から放たれる音魔法が、僕に放たれるのを見てしまった。


 瞬間、減速する世界。


(油断した……ッ)


 僕は焦燥と共に音魔法を横に飛んで避け、能力の終了と共にくる反動に心を打つ。


 八つ当たりの如く僕は足を踏み出し、死神へとひた走る。


 死神はその眼光で一瞬僕を睨みつけた後、瑜以蔵さんの体を弾いた。


 続けて死神は残った右手に音の剣を形作り……。


 僕と瑜以蔵さんの刀を両手でそれぞれ受け止めた。


「……ッ」


 軽々と受けられた僕達の刀。


 まだ余力があるか……と目を若干見開く僕達。


 だが、動揺を残さず僕等は死神へと刃を振る。


 疾風の如く薙がれる魔剣。


 雷鳴の如く払われる刀。


 光の様に交差する魔剣と刀。


 ……だが、それら全ては完璧に、死神の人外じみた剛腕によって阻止された。


 総てだ。


 どれだけ連携を重ねようと。


 どれだけ刀を振ろうとも。


 薙ごうとも。


 衝こうとも。


 それらは、なんの抵抗も示せず弾かれていった。


 剣撃の末に死神を弾いたが、死神はなんの焦りも見せずに、ただ僕達の追撃を待つ様に佇んだ。


 一種の静寂と共に、僕達は作戦会議に移った。


「どうします?」


「どうするも何もなぁ……あいつ強いし」


「ですよねー」


「だが、策があらん事も無い」


「聞かせて下さい」



「ーー良いだろう。相打ちになるかも知れん策だが、これしか無いからのぅ」



 僕は口角を上げた。


「ですね。相手は死力を尽くしてでも倒すべき死神です」

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