第四十話『巨漢の魔物』

 

 瑜以蔵さんの刀と魔物の魔法が交わる時、瑜以蔵さんは人形の様に吹き飛ばされる。


「不可思議な力よのぅ」


 魔法による爆音の裏で呟きつつ瑜以蔵さんは地面に頭を向け、吹き飛ばされた勢いに抵抗せず押されて行く。


 だが、そのままラグドール化して地面に叩き付けられる程、あの人は弱くない。


 空中で、全身を使って鷹のように体制を立て直し、軽く着地した瑜以蔵さん。クラウチングスタートの様な体制で屈みながら呟いた。


「……ちょっと腰に来た」


「そんな事言ってる場合じゃないみたいですよ……来ます!」


「はいはい」


 僕は、先ほどの魔物が魔力をさらに滾らせ、魔法発動準備に取り掛かっている所を目撃した。


 相手と僕達の距離は数十歩先。


 走ったとしても間に合わない……なら。


「……受けるぞ」


 僕と瑜以蔵さんは咄嗟に刀を構えた。



 居合の原理だ。


 力を一身に貯め、その力を解放せしめんとするその刀を、僕達は魔物へ向けた。


 既に敵は、その四つ腕の掌に魔法陣を重ね、魔法発動の一歩手前にまで至っていた。


 そして、両方の殺意が集結した途端。


 耳を劈く不快音を為し、その魔法は放たれた。


 四つ腕から出たのは蒼い光。目に見えないほどの素早さで、それは輝く。


 双方の合間を揺蕩うその蒼光は、ただひたすらに僕達へ独走する。


 敵意と殺意が入り混じった攻撃。


 耳を押さえたくなる不快な感情に見切りを付け、僕達は刀を振り下ろす。


 複雑な軌道を描く蒼光だが……。



 ーーそんな小細工はいざ知らず、四つの蒼光は総て潰えさせられた。



 ただ二人の、たった二つの刀によって。


 だが何も、僕達は魔法なんて言う小細工なんてしていなかった。



 ……ただ、刀のみで、僕達は魔法を斬ったんだ。



 実際、理論上は刀でも魔法を切れる。


 しかもこう言う、ただ蒼い光と音魔法を組み合わせただけの初歩的な魔法では、ほぼ確実に、とも言っても良いくらい、びっくりする程切れやすい。


 魔力を込めていない一太刀であっても、技術さえあれば簡単に切れてしまうんだ。こう言う魔法は。


「……オ?」


 当然、敵の魔物も驚く。


 ……勝負は決したも同然だ。


 僕は走った。


 刀を強く握り込み、瑜以蔵さんを置いて、ただ一人魔物へ向かう。


 後ろからは僕を止める言葉も、並走してくる瑜以蔵さんも居なかった。


 つまり僕一人で充分だと判断されたと言う事だ。


 僕はそれを確認し、更に速度を上げる。


 向かい風の様に飛んできたのは、さっきとは異なる音波の塊だった。


 それを僕はひらり、ひらりと躱し、魔物との距離を着実に詰めて行く。


 案外狙いが甘い上に、威力も甘い。避けるのは簡単だった。


 そして、僕は間合いを詰め切った。


 僕の間合いと、相手の間合いはほぼ同格。


 だから魔物は防衛の為、攻撃した。


 魔物は、その四つ腕の下部分の両手で近接を放ち、上部分の両手で魔法を放った。


 ……僕は淡々とそれを見届ける。


 瞬間、発動する能力。減速する世界。


 僕はその世界で一人、刃を振るう。


 その剣筋は魔物の体を斜めに。残り一つ無く。


 楽に死ねる様に巨体全てを斬り裂いた。


 そして、世界は普段の速さを思い出す。


 瞬間、飛び散る血潮。


 その背後で、幽寂と呟く僕。


「魔力は多く、魔法主体で戦うのに魔法の使い方を全く知らない……それは戦いに於いての重大な隙を生みますよ」


 噴水の様に飛び散る血潮の奥で、僕は瑜以蔵さんと視線を交わす。


 終わった、と。


 それを見た瑜以蔵さんが感心する様に歩み寄ってきた。


「良くやったのぉ……反動は大丈夫か?」


「大丈夫です」


 僕は少し荒げた息を直しながら刀を収める。


 その横で、斬り伏せた巨漢の魔物が床に沈んでいくのを見た。


「……ああやって死体が無くなったんやな」


 ズブズブと埋もれて行く死体。


「相変わらずの気持ち悪さですね」


「そうやなぁ……まあ、邪魔者は片付いた事だし、奥行くか?」


 瑜以蔵さんは、奥の通路を親指で指差した。


 断る理由も無いか。


「そうですね。行ってみましょうか」


 そして僕達は足元のフニフニ加減を下に感じながら、奥へと進んで行った。

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