第三十九話『キモすぎる地獄門内部』

 

 地獄門内部。


 そこはまあ……その名に恥じぬ禍々しさを感じた。


 開けた草原の様に広いその空間は肌色に揺らぐ。


 総じてその空間の壁、床、天井は、生きた様に胎動していた。


 床の踏み心地は特にサイアクだ。


 ……沈む。大体足底から二センチくらいは。


 底なし沼と言えば大げさだけど、それくらいの不快感を感じる。


 変な風に足を置けば、軽く足首捻る気がする。


 僕が嫌いなヌメヌメ感は無いけど、肥えた羊の腹を触ってるくらいの柔らかさは感じる。


 ……ちょっとキモい。


 僕が地面の感触についてキモがっている時に、背後から聞こえる怒声。


「トカゲぇ……静止も聞かず先に行きおって……ってキモっ。なんじゃここ」


 僕は「やっぱり来てしまったか」と小さな溜息を吐きながら振り向いた。


「来たんですね。瑜以蔵さん」


 そこに居たのは瑜以蔵さんだ。僕と同じく地獄門中の風景に気持ち悪がっている。


 出来れば来て欲しく無かったけど、仕方ないか。


「トカゲに死なれたら困るしのぉ……ってここが地獄門の中か?」


「そうみたいですね……かなり不気味ですけど」


 僕は風景を観察する様に、見渡す限りに広い空間を見回していた。


 だがその途中に、あるモノが目に移り……僕の表情が凍った。


「ってあれは……」


 僕はそれに歩み寄り、屈みながら手で軽く触れる。


「……血痕やな。誰のものか見当付かんけど」


 それは鮮血だった。


 その血はまだ生暖かく、凝固していない。最近出来た血痕だ。


 だが人のモノにしか見えない。


 しかもそれは無残に地面に飛び散っていた。


 最初は気付かなかったけど……探せば大量に散乱しているのが分かる。


 吐き気がするし、匂いでむせ返る。


「地獄門に飲み込まれた人達の物ですかね……」


 僕は心を痛め、目を細めた。


「そすると、死体が無いのはおかしいの」


「……確かに」


 僕は目を見開いた。


 ……瑜以蔵さんの言葉通り、何処にも死体が無い。


 加えると、衣服の破片すらも。


 確かに、あるのは血だけ。


 血が出るほど争ったなら、衣服の破片も無いのはおかしい……。


「……誰の仕業だろうなぁ」


「うーん」


 僕はその言葉を聞いて、更に空間の様子を解析。


 ……今度は目を凝らし、残っている魔力を見てみた。


 死体が無いとなると、魔法が使われているか、なんらかの超常の力が関係してるかもしれないから。


 目を凝らすと直ぐに見えた。


 微量ながらに零れ落ちた魔力の残穢が。



 ……それは僕の見覚えある物だった。



(この燃え上がる炎の様な単純な魔力……これ、イェネオスさんのものだな……。見覚えあるし……)


 僕は、イェネオスさんもここにいるのか、と安堵した。


 この血も、イェネオスさんが暴れた際の副産物かも知れないし。


「……でも取り敢えず、進んでみるしか無さそうですね」


 やる事は変わらない。僕は横目で後ろを見た。


 でも壁だった。あったのは胎動した壁。


 ーー進むしか無いか。


 僕は決意を持ち、イェネオスさんの背中を追おうと奥の通路に進もうとした。


 そう。した、だ。


 それは、一時の巨大な地震によって中止させられたのだ。


「……!?何ですかこの揺れは!?」


「儂に聞くなって」


 僕と瑜以蔵さんは、感じたことのない揺れに困惑していた。


 轟然と鳴動する空間。そして弾力のある地面の所為で、体制を崩しかける僕。


 その前で、悠然と目の前の地面から這い出てくる物体が揺らいだ。


 魔物だ。


 それは薄い皮を手で破るかのように、軽く床を破りながら出て来た。


 完全に体を露出させた魔物。


 そこに佇んだのは、四つ腕を有した、四メートル強の巨漢だった。


 僕が見た事も無い魔物だ。


 以前戦った、同じ四つ腕の阿修羅とは違い、剣を携えていない巨漢の魔物だが、それでも圧倒される威圧感を有していた。


 それは、異常とも言える大量の魔力の所為だろう。


「……何だあのバケモンは……鬼か?」


「魔物ですね……気をつけて下さい。魔力量が凄まじいですよ」


 僕はそのまま刀を抜いた。


 瑜以蔵さんからの懐疑的な視線に気付かず。


「ま……ん?まあ良いわぁ。先ずはあのバケモンを殺しゃぁ良いんやな?」


「……ですね。正当防衛です」


 僕達は刀を抜いた。


 相手も、魔力を満遍なく滾らせた。


 僕達は、一歩づつ標的へ向かった。


 一歩、二歩、三歩。


 油断せず、僕は標的を見据える。


 相手は恐らく未知の魔物。そして手の内すら分からない。


 しかも、地獄門という未知&初見の所にいる魔物だ。舐めてかかると多分痛い目を見る。


 僕は能力発動の準備の為、強化魔法を身に発動させた。



 そして僕達は迷わず……跳んだ。



 向かうは巨漢の魔物の首筋。


 僕と瑜以蔵さんの刃が空中で交差する時、それらは火花を散らす。


「オォォォォォオォォォ!!!」


 魔物の怒号と共に、火花と魔物の魔力は唸りを上げる。



 ーーーそして、戦いの火蓋が切って落とされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る