第三十八話『地獄門侵入』

 

 地獄門。


 僕等はそれに向かっている。


 瑜以蔵さんは、林政さんから奪い取った紙を熟読しながら、案内してくれている。


 僕はそんな瑜以蔵さんの背中で、アサナトさん達が居ないかを探し回っている。


 だけどまあ、全く見つけられはしなかったけど。


 でも、収穫はあった。


 めっっっっちゃ景色が綺麗。


 いや、実際すごいんだよ。


 清風は僕の頬を掠め取り、運ばれる木の葉は太陽と重なり合い、擬似日食を作り出す。


 横の並木は均等に並べられ、外観を重視した作りで、日本の首都なだけあると素人目から見ても分かる程の綺麗さだった。


 異国出身でも分かる。


 形式が違う中でも、美しさを感じられる、分かりやすく、綺麗な街の作り方をしている。


 当たり前の感想だろうけど……言葉を失うくらいには凄い。


 僕は意味のない一ヶ月の修行に打ち込んでいた所為で、こう言った日本の街に本格的に触れる機会なんて無かったから、今更だけど新鮮さを感じる。


 目の前には瓦屋根が付き、横並びに街路に沿った平家が待ち構えている。


 平屋には団子やら版画やらと書かれた垂れ幕がかかっている。


 生活感溢れてるなあ、とか思いながら歩いていると、瑜以蔵さんが曲がった。


 合わせて僕も、曲がって進もうと思ったけど、瑜以蔵さんの背中に僕の頭がぶつかった。


「あいてっ」


 結構勢いがついていた所為か、痛かった。


 頭を軽く押さえる僕に、瑜以蔵さんは笑った。


「すまんすまん。止まるって言ってなかったなぁ」


「……まあ大丈夫ですよ」


(……普通に痛いけど)


 僕は見栄を張り、若干頭の痛みが引いてきた所で、瑜以蔵さんは言った。


「……まあ、とりあえず着いたぞ、地獄門」


 そう言って、瑜以蔵さんは僕に見える様、体を横にずらした。


 その奥には河川敷と、笑う様に河川敷を塞ぐ、血を被った門があった。


 河川敷の川を塞ぐ勢いで堂々と位置しているソレは、見れば見るほど『異質』と言うべき佇まいだった。


 血の様な液体を被っている所為だろうか。


 僕は気付けば目を逸らし、周りの光景を見ていた。



 ……その光景には見覚えがあった。



 T字型の路地に一際目立つ巨木、薄汚れて落書きされた廃屋に、それと向かい合わせの、豪華な装飾の櫛屋。


 これら四つが揃っていた所は無かったし、なによりも既視感バリバリだった。


 あの夜、河川敷から見た光景とそっくりだもん。


 僕は、目の前にある地獄門とあの渦は同一のものだったと察する。


 ……つまりあそこの門の中には既に、アサナトさん達の中の誰かが入っている可能性があるかも、という事。


 僕が地獄門を遠目から見ている横で、瑜以蔵さんは驚いた様に言った。


「監視は全然無いんだな」


  その言葉で門の近くを見渡すと、近くに三人しか警備が居ない事が分かった。



 ……あれは突破できるな。



 僕は淡々と告げた。


「好都合です。行ってきます」


 僕は刀を抜き、そのまま走った。


 向かう先は、やはり地獄門。


 躊躇なく走った僕の背中を、瑜以蔵さんは声で止める。


「……は?ちょっとトカゲ何をーーー」


 制止の声虚しく。


 僕は警備の合間を縫う様に潜り抜け、そのまま地獄門へと吸い込まれていった。


 ……静寂。


 それは僕が完全に、地獄門の中に侵入したと言う証拠になっていた。



 ♢



 その光景を終始見ていた瑜以蔵は深い溜息を吐き、少しイラついた様に言う。


「マジで行きおって……これじゃぁ、儂も行かんといけなくなるぞ」


 瑜以蔵は憤慨しつつ、服の下に隠れていた左腰の刀を露出させる。


 それを見た地獄門警備兵達。刀を抜き、次なる地獄門への犠牲者候補を止めようとする。


「止まれ!次は行かせんぞ!」


 兵達の警告。


 だが瑜以蔵は無言で無視し、歩み続ける。


 そして、双方の刀の間合い二つ先辺りで、警備兵達は踏み込む。


 向かってきたのは三人全員。


 全員が刀を大きく振りかぶり、三方向から瑜以蔵へと一斉に襲う。


 数の暴力という、武士道に恥じるべき行為だが、この兵達は気にしない様だ。


 そんな兵達が持つのは気絶専門の鈍刀なまくらだが、その分重量は重い。


 当たれば「痛い」では済まされないだろう。


 兵達は、刀の間合いに瑜以蔵を加える。


 だが瑜以蔵は俯いたまま歩き続け、鞘に収められた刀に手を当てるのみ。


 慢心でもある。


 ……見てみれば、その理由も明らかだ。


 数的有利を手にしている兵達だが、剣術は甘かった。


 瑜以蔵へ振り下ろされる、小刻みに震えた鈍刀。


 それを見抜いた瑜以蔵は、俯いた顔の内で口角を怪しく歪ませ、兵達の剣が触れる一刻前に……消失した。



 ……いや。消えたのではなく、一瞬で動いたのだ。消失したと勘違いする程までに。



 瑜以蔵へと振り下ろした剣が空振りに終わり、一瞬困惑する兵達。


 だがその背後には、瑜以蔵が居た。


 瞬間、殺気すら感じず、途絶える兵達の意識。


 吸い込まれる様に入った剣筋は、全て兵達の後頭部に直撃。


 倒れ、崩れ去る兵達の奥で、瑜以蔵は言い残す。


「その程度の剣術と覚悟……殺す価値も無いわぁ」


 横目で、痙攣と泡を吹いて倒れている兵達を見た瑜以蔵は、背中を向け、迷わず地獄門へと向かう。


 その背中には、既に暗殺者の様な不気味さが漂っていた。


「……さて、行くとするかの」


 いつのまにか刀を収めている瑜以蔵は、淡々と告げる。


 確認したかの様に地獄門は扉を軋ませ、漆黒が渦の様に入り混じる門を開き、目前の人斬りを飲み込んだ。



 そして獲物を飲み込み閉まりきった地獄門は、更なる獲物を待ち構える。

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