第三十七『林政、安らかに……』

 

「なんで魔剣召喚、出来ないんだろう……やっぱり、あの時だけに出来た幸運だったのかな……」


 僕は未だに魔剣として成就しないただの魔力の塊を消滅させ、諦めた様に呟く。


「いやそもそも、能力の反動を抑える事が出来ただけで、魔剣召喚まで出来る様になると思ったのがダメだったか……やっぱり僕才能ないな」


 僕は分かりやすく頭を下げ、自分の才能の無さに気落ちする。



 ーーでも、そんな僕の耳に怒声の様な声が響き渡った。



「河川敷に地獄門だぁ!?んなもんが人飲みまくってるのかぁ?」


 それは、瑜以蔵さんの声だった。


「地獄門?」


 僕はどうでもいい事かとも思ったけど、あるワードに目が止まり、条件反射的にあの夜の光景を思い出した。


 河川敷に出来た……僕達を飲む込み、流星の様に噴射したあの渦。


 河川敷……人飲み。


 いや、あり得ない。どんな偶然だ。


 ……と思ったけど、行ってみない事には分からない。


 一ヶ月も経ってしまっているんだ。他の皆さんの顔をそろそろ拝みたい。


 僕は瑜以蔵さんの会話に混ざった。


「何ですか?その地獄門って」



 ♢



「……新入りか」


 待っていたのは驚く様な声だった。


 元は坊主頭の筋骨隆々とした男性。


 僕はその人を知っていたので、軽く会釈しながら言った。


「おはようございます林政さん。……って、その地獄門って何ですか」


 その問いに、瑜以蔵さんは渇いた笑いをこぼし、弟子の林政さんに言った。


「見られてしまったからには仕方無いのぉ……林政、続きを」


「了解、親分」


 林政さんはゴツい笑顔を浮かべ、腰の紙を取り出し、音読し始めた。


「たった一日前、江戸の達川に突然、薬医門型の門が出現した。それは誰が建てたのか分からず、しかもその門は血を被り笑い、周辺の人々を飲み込む事から、地獄門と呼ばれているみたいだな」


 人を飲み込み、血を被り……笑う。


 非常にホラーだが、聞く限り……あの夜の渦と近しいものを感じる。


 僕は聞いてみた。


「飲み込まれた人々と帰ってきた人々はどれだけ居るんですか?」


 それは、危険度を知るための質問だ。


「全員生きて帰って来ては居ない。だから幕府も目をつけている」


 幕府か……。


 一ヶ月の無駄な修行の内に知ったけど、日本での幕府って、カラリーヴァで言う王族の様なものらしい。


 つまり、国家権力。女王近衛隊に近しいものだ。


 目を付けられれば排斥されるだろう。


 なので瑜以蔵さんは諦める様に呟いた。


「まあ儂らの出る幕じゃねぇって事だ」


 ……でも、僕はそれで引き下がる訳にはいかないんだ。


 アサナトさん達と合流しなければ、ダメだ。


 恐らく皆さんはあの河川敷に合流する。


 だから、その地獄門がある河川敷がそこで無いとしても、可能性はあるんだ。


「いや……でも」


 僕がこんな所で遊んでいる場合じゃ無い。


 これは明らかに良いチャンスなんだ。


 掴まなければ、アサナトさん達と合流が出来なくなるかも知れないから。


「満更でも無い顔だな」

 瑜以蔵さんが僕の顔を見て言う。


 僕はさっきまでの瑜以蔵さんの言葉を無視して、言い放った。


「我儘かも知れないんですけど……ちょっと見に行ってみません?」


 瞬間、林政さんの雰囲気が強張る。


「……死にたいのか?行っただろ。地獄門に飲み込まれたら帰ってきたやつは居ないんだーーー」


 林政さんの説教を瑜以蔵さんの手が止める。


「トカゲの意思を汲み取ろう。……面白そうだしなぁ、地獄門観光か」


「親分、何を……」


 瑜以蔵さんがそう言った瞬間に、強張っていた雰囲気を解いて語りかける林政さん。


 完全に下手に出ている。


「飲み込まれなければ大丈夫ですよ!」


 ……多分。


 僕は言葉の裏でネガティブな感情を募らせた。


 そして、林政さんの肩を強く叩いて語りかける瑜以蔵さん。


「トカゲもこう言ってるんじゃし、少しくらい良いだろ?」


「ですが……」


 完全に反撃の力を無くした林政さん。瑜以蔵さんは師匠の圧で訴えかける。


 返答しないのを良いことに、瑜以蔵さんは林政さんの持っていた紙を奪い去る。


「じゃあ儂らは行ってくるから、留守番よろしゅうな!!」


 と、瑜以蔵さんは林政さんの返答も聞かず、僕を引き連れて去って行く。


「いやちょっと待っーーー」


 バタン。


 抵抗虚しく扉の音が鳴り響く。


 力強く閉められた扉の奥で、大きな溜息が聞こえた気がした。


「でも、良かったんですかね?林政さん多分怒ってますよ?」


 僕は申し訳なさを感じて瑜以蔵さんに呟く。


「大丈夫大丈夫。儂がついて行くからな。トカゲは死なないさ」


「助かるかを聞いてる訳じゃないんですが……」


 会話の食い違いを感じて僕は呆れた様に言った。


「それも大丈夫じゃろ。あいつ儂には弱いからの」


 でも、帰って来たのは軽い答えだった。


 林政さん、色々不憫だと思いますけど……すみません、後で土下座してでも謝ります。


「……はあ」


 僕はとりあえずの相槌を送っておいた。


 瑜以蔵さんは本当に読めない性格してるなぁ、とか思いながら街を歩く。


 着物の着崩しを慣れた手付きで綺麗に直しながら前の瑜以蔵さんの背中だけを見て進んで行く。



 ーーー僕はそれに夢中で、横の看板に貼ってあった『人斬り瑜以蔵』の手配書に目が行かなかった。

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