第三十四話『『特個』とは』
「なんやトカゲ、知らんのか特個」
「初耳ですね……」
「なんなら教えたるが」
流れで、瑜以蔵さんはそう言った。
「それなら……宜しくお願いします」
だが僕は否定せず、自分の探究心の赴くまま、瑜以蔵さんの説明に聞き入る事にした。
瑜以蔵さんは周りの人達に「お前らは下がって良いぞ」と言いながら、説明してくれた。
「特個って言うもんは『特殊固有能力』の略で、そいつにしか無い特殊な異能の事を指す……まあ、名前は儂達が勝手につけたもんだから正式じゃ無いが、他だと『異能』やら『鬼の力』とか呼ばれとる」
「固定の名称は無いんですね」
「地域性があるからのぉ……鬼が出る地域だと、さっき言った鬼の力とか言われとったなあ」
「……鬼ですか?」
瑜以蔵さんの肩が揺れる。
「それは今、トカゲが知らなくて良い事じゃ」
僕が『鬼』と言う単語に反応したのに対し、瑜以蔵さんは軽く睨みを飛ばしながら、棘のある返しをした。
「……っ」
少し、僕はその眼光に気圧された。怖かった。その目が。
「話を戻すぞ」
瑜以蔵さんはコホン、と咳込み、話を戻した。
僕には多少の恐怖の余韻が残っているが、直ぐに治ってくれるだろう。
だか本当に、瑜以蔵さんは感情の移り変わりが激しい気がする。
「……特個と言うもんは、其奴の身体的能力、若しくは精神や存在そのものを具現化した様な力じゃ。だから、其奴の持つ特個以外には、その能力の替わりが無い」
(……個人だけが有する、特殊魔法みたいなものか)
「特個って、その者自身の体質に由来する物だから、替わりが無い特殊なものだと言う事ですか?」
「まあそんな解釈で問題はない。……だがちょっと追加すると、特個に『通常で』目覚めるのには、それ相応の才能と時間が必須じゃ。が、誰でも特個は身の内に秘めとるもんや」
「……どういう事ですか?」
瑜以蔵さんの少し矛盾した説明。僕が反応する。
「簡単に言うと、努力や才能が無けりゃ、自分が本当に秘めている力に気付けない、と言う事じゃ」
……多少理解した。
「誰しも特個を身の内に秘めているけど、使えるまでの境界線を超えるには、努力と才能が必須、と言う事ですか」
僕の解釈に、瑜以蔵さんは軽く笑い、
「まあ、ただのきっかけで目覚める事が大半なんじゃけどな」
と、今までの説明を全て投げ捨てる様な最後で終わらせた。
……今までの説明は何だったんだ、と思いつつも、僕は聞く。
「……今思ったんですが、何で瑜以蔵さんは特個の存在を知っていたんです?僕は全く聞いた事無かったのに」
『特個』という異能の事について、瑜以蔵さんは何故か深く知っていた。
カラリーヴァ王国という大国にいた僕でさえ聞いたことも無い異能の事を、何故瑜以蔵さんは知っていたのか。
「ま。そりゃ儂も特個持ちだしなぁ……あと、ここに居る儂の弟子達も、何人か特個持ちだしな」
「やっぱり、瑜以蔵さんも特個持ちなんですね。怪しいと思いました」
僕はやはりか、と笑った。
「へぇ、やっぱりあの観客達は瑜以蔵さんの弟子だったんだな」とか思いながら。
「運が良かっただけじゃ。儂もただきっかけで目覚めただけだし、努力で特個に目覚めた奴なんて、噂程度でしか聞いた事無かったわ」
(……つまり、前半の話は噂程度の信憑性しかなかった訳なんですね)
僕は気の抜けた表情で瑜以蔵さんを見つめた。
「……ただ儂が知っているのは、この力に目覚めた奴は、儂の知る限り、この日ノ本で数える程しか居ないって事だけじゃ」
(確かに、その人数じゃ、僕がそれについて知らなかったのにも『能力持ちの人数が少なすぎて情報が出回ってこなかったから』として納得できる)
「そして、そんな数える程しか居ない特個持ちの一人が、トカゲって訳かぁ……」
瑜以蔵さんは撫でる様に僕の顔を見てきた。
「……そうみたいですね」
その目を見るに、僕は完全に『特個持ち』として瑜以蔵さんに目をつけられてしまった様だ。
「……で、お主の特個は、なんなんだ?」
瑜以蔵さんは怪しく口角を上げ、僕の顔を覗き込んでいる。
言うしか無いか、と僕は諦め、多少目を落としながら言った。
「ーーただの、不遇能力ですよ」
♢
そのまま、僕は瑜以蔵さんの誘導尋問の元、僕の能力の情報全てを吐き出された。
能力発動の方法やら、発動時間やら、その反動やら。
自分の分かっている事を全て、吐き出された。
途中抗議しようともしたが、瑜以蔵さんの容赦ない眼光によってひれ伏された。
だが、その後の感想は至って紳士だった。
「能力中に儂の剣が動いたと言うことは……時が止まっているのではなく、お主が異常に早く動いているだけじゃないのか?」
「……確かに。あまりにも早過ぎる移動で負担がかかっているとすれば、その後激しく疲労する理由にも説明がつきますね」
僕は新しい発想に目を見開いた。
「ふぅん……お主が経験した中で、儂以外に能力中で動いている者はいたか?」
「そうですね……」
僕はそれについて心当たりがあることに気付いた。
(……もしかして、あの女王近衛隊隊員、ストフ・レイエットとの戦闘中に能力を発動させた時……あの時気付いてはいなかったけど、もしかしたらストフさんは動いていたのかも。それだったら、あんなにも早く対処してきたのにも納得が行く)
……僕はその思考の中で、やっぱりストフさんと瑜以蔵さんって、やっぱりやばい人なのかも、と絶望もしていた。
だって、ほぼ時が止まったと勘違いしてしまうほどの世界で、動けてしまっているのだから。
「いや、瑜以蔵さん以外に居なかったです」
だが、僕はそれらの思考を、その時に表明する事はしなかった。
嘘はつきたく無いけど、多分それを言ったら、僕が別国出身だってバレてしまう恐れがあるかもしれないから。
「……そうか。なら、儂らがやるしか無いか」
「え?」
瑜以蔵さんが何か重要な事を言った気がしたんだけど、僕は聞き取れなかった。
「トカゲは恐らくまだ、特個の真の力を解放させていない。だから、鍛えるぞ。……幸い、ここには特個持ちが揃っとるからな」
勢いで顔を上げた僕の肩を叩きながら、瑜以蔵さんは笑った。
ーーその笑顔は、案外裏表があるようで怖かったのを、僕は覚えていた。
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