第三十三話『『特個』であって『特保』じゃ無いよ』
僕は瑜以蔵さんの間合い……つまり死線に踏み入った。
瞬間、危険信号を発するかの如く、僕の能力が発動した。
僕は軽く頷いた。概ね予想通り。
僕は世界が完全に停滞したのを引き金に、剣を振る。
……だが、視界の端で、陽炎の様に揺らぎ、こちらへ進む刀身を発見してしまった。
時は止まっている筈なのに、である。
「なんで動いて……ッ!」
僕は驚愕し、腰を抜かした。
今は能力の発動中の筈……と、焦り周囲を見渡しても、時間が止まっている事は明らかだった。
動いているのも、僕と瑜以蔵さんの刃だけ。
焦点が定まらない様に、停滞した世界で動く瑜以蔵さんの刃は、不気味だった。
何故動くのか……と僕は考えはした。
……だが、そんな事を考えている暇は無い事を、僕の体は知っていた。
これを逃せば勝利は無い、と芯では思っている所為か、己の持つ武の才能の所為か。
気付けば、僕は突きを放っていた。
それは危うく脆い反撃だったが、崩れた僕の体が瑜以蔵さんの剣を避けた所を含めると、攻守一体の攻撃だったのは確か。
だが、体制を右へ不意に崩してしまった所為で、剣筋が揺らぐ。
……そして瑜以蔵さんの剣が僕の腰上を掠った辺りで、時は動き出す。
裂くような風切り音と僕の体が地面に打つかる音が鳴り響き、僕の突きは……。
「……っ!?」
瑜以蔵さんの左頬を掠っていた。
そこからは少量の血が飛び散り、その様を見た観客からどよめきが走る。
そして瑜以蔵さんは一瞬だけ目を見開いたかと思えば、怪しく口を歪ませ、剣を、倒れた僕に振り下ろした。
能力の反動で息を上げている僕。この追撃を避けられる手立ては失っている。
……届きはしなかったけど、進歩だ。
僕は戦いを振り返りながら、抵抗の意を示す為、剣を防御に使った。
だが、もう遅い。
振り下ろされる剣はすでに、僕の首筋に。防御はもう出来ない。
僕の能力はクールタイムに入っている。能力には頼れない。
そして、瑜以蔵さんの剣は更に勢いを増し、僕の首筋の辺りで突然……止まった。
(……え?)
完全にそのまま気絶させられると思った僕は困惑する。
「ーー合格じゃ、トカゲ。お前、随分と強かったんじゃな」
瑜以蔵さんは手を差し出してきた。
僕は理解出来ないという感情を胸に、その手を取り、重い体を持ち上げた。
「なんで……気絶させなかったんですか?」
僕は困惑の余り、聞いた。
すると、瑜以蔵さんは横に切れ込みが入った左頬を親指でさすりながら、説明してくれた。
「儂の剣を避けた上に、お主は反撃を入れた。それだけで洗礼は終了じゃ」
「え、じゃあそれだったら僕は勝ったって言う事ですか!?」
「……勘違いするな。あれは勝利じゃ無く、ただ戦いを潜り抜けただけじゃ。儂が剣を止めなければ、今頃お主は泡吹いて痙攣してる所だぞ」
そんな僕の期待は、瑜以蔵さんの正論によって統制された。
「……そうですね」
自分が泡を吹いて痙攣する想像を鮮明に覚え、僕は苦笑いを浮かべる。
……そして、僕は思う。
次戦う時があれば……さっきよりもいい動きができる筈だと。
勝利も夢では無いと思う。
……そして僕はさっきの戦闘について聞きたい事がある事を、瑜以蔵さんが剣を納めるのを見て思い出した。
「……聞きたいんですが、最後のあの一太刀、僕の能力中でも難なく動いてましたけど、あれは何ですか?」
「ああ、あれはなぁ……って、トカゲ今……能力って言ったか?」
「あ……っ!」
僕は咄嗟に口を噤んだ。
能力の事は出来るだけ、現地人に知られてはいけない。
そこから、僕がカラリーヴァ出身だとバレてしまうのを抑えるためだ。
……だが、不意に口を滑らせてしまった。
「ーーーお前、やっぱり『特個』持ちか」
だが、瑜以蔵さんの怪しい表情から出てきたのは、聞いた事も無い言葉だった。
「……何ですかそれ?」
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