第三十二話『対、瑜以蔵戦』
波乱の宴会が終わった時。
僕を労っていた人達は瑜以蔵さんの主導によって、酒気が抜けた顔で正座している。
その傍らには剣がある。以前ゴーズさんが持っていた剣と酷似している、三日月の様に曲がった剣だ。
と言うより、あの人達はついさっきまで異常な量の酒を飲んでいたはずなのに、何であんなに頰すら赤らめず平然としているんだろう。
……いや、そんな事はどうでも良かった。
何で僕、瑜以蔵さんと対戦させられてるの?
「ほれ、刀を抜け。洗礼だ」
(……え?)
僕は困惑した。
何故か瑜以蔵さんは剣を抜き、僕と対峙しているから。
僕の腰に掛けられているのは剣。だけど安全の為模造刀。
瑜以蔵さんも同じ模造刀の様だけど……そもそもおかしくない?
勝手に仲間って言われ、そのまま『洗礼』と評されて瑜以蔵さんと対しているのはおかしい。
……って、今思ったけど、匿ってくれた分を身体で返せって、こういう事?
なら、やるしか無いのかも。
……逃げたら殺されそうな圧が、瑜以蔵さんからも、観戦の人達からも放たれているから。
やるしか無いか。泊めて貰った恩返しと考えれば、どんな事があったとしても受け入れは出来る。
僕は深い息を吐き、剣を抜く。
でも、聞きたい事があるのは変わらない。
僕は戦士の顔のまま、聞いた。
「瑜以蔵さんって、何者なんですか?」
僕は観戦の周りの人達を見渡した。
……普通の人なら、こう言った『親分』と呼ぶ門下生などいるはずが無い。しかもこの量から察するに、瑜以蔵さんはかなりの実力者。弱い師匠には、人すら集まらないから。
それに、この大き過ぎる土地を有している人物となると、かなりの権力を持っているという事になるから。
だがそれに対し、瑜以蔵さん自身は謎が多過ぎる。正直、怖いのだ、この人は。
その質問に瑜以蔵さんは剣を軽く振り払い、顔を片手でなぞる様にして、怪しく笑いながら答えた。
「ーーー儂に勝ったら教えてやるわぁ」
「勝利と引き換えに……ですか。分かりました」
僕は剣を構えた。
……勝利と引き換えに瑜以蔵さんの情報が分かるのなら、安上がりだ。
僕には能力がある。不遇能力が。
……以前はそれを使っても尚、ボロッボロに負けたけど、今度はそう行かない。
二度目の正直だ。絶対に勝つ。
「じゃあ、やるけぇ……」
二人は一緒に足を踏み込み……。
「はぁっ!」
ーーその剣を振るった。
♢
瑜以蔵さんと数十合打ち合ってみて、激しく理解した。
……僕は確実に手を抜かれている。
明らかに右手、使ってないもんね。
瑜以蔵さんは恐らく右利きだ。扉を開ける時などに、右手を多用していたから。
それを鑑みると、瑜以蔵さんは利き手を使わず、やはり手を抜いて手合わせしているみたい。
しかも、片手のみで僕と互角に渡り合うくらいに、瑜以蔵さんは強い。
……こんなにも実力差があったとは、正直思わなかった。
だが僕の攻撃にはまだ手応えが残る。
つまり、いつかは僕の刃も瑜以蔵さんの喉元に届くという事。
でも、それまで瑜以蔵さんが待ってくれるとは思えない。
敵が着実に力を付け始めるのを見て、瑜以蔵さんがそれを見過ごすはずが無い。
恐らく……いや、確実に、僕はそれを遮られる。
それが狙い目だ。そこで能力を使う。
それで、どうにかして瑜以蔵さんを倒す。
スカしは許されない。外したら、超巨大の反動が待っている。
それは死に……負けに直結する。
ーーーその場その場で窮地を乗り越えなければ、僕は確実に負ける。
♢
『ーー手合わせにも本気を出せ』
僕の言葉だ。
……本当に瑜以蔵さんは強い。
でも、僕だって。
ーーーー負ける気など更々ない。
「はあっ!」
僕の突きは虚しく虚空を割く。
「惜しい」
瑜以蔵さんは簡単に僕の刃を避け、剣の横で呟いて来た。
「……どうでしょうか」
僕はそのまま、横薙ぎに剣を振るい、瑜以蔵さんが屈んで避けた所でかかと落としを食らわせようとした。
……だが。
木片が散る僕の足には、標的の痕跡など全く無かった。
そして、正面で笑う人影。
「あっはぁ〜。威力あるなぁ、こりゃ一筋縄じゃ行かなそうじゃ!」
そう思うなら両手を使って下さいよ、と僕は言いそうになった。
でも、直後に飛来する銀の閃光によって中断させられた。
(早……ッ!?)
直後、その剣は僕の耳頬を掠る勢いで空を裂いていた。
咄嗟に顔を横に傾けたのが効いたのか、能力は発動しなかった。
だが、驚いている暇が無いのは僕だって分かってる。
だから僕は剣を薙いだ。
閃光の如く突いた。
切り払った。
でも、その攻撃が届く事は……無かった。
「良いのぉ……トカゲ、素質あるんじゃ無いのか?」
「才能どうのこうのは既に、捨てました」
「勿体無いのぉ。持っとるのに」
瑜以蔵さんは惜しむ様に言った。
「……せや。これ、避けてみぃや」
そのまま、瑜以蔵さんは剣を握り変えた。
右手は逆手持ちに切り替え、そのまま左手を添えた。そのまま右脇腹に待機させ、抱え込むかの様に構えさせた。
異質な型。あんな剣の構え方は見たことない。
直後、瑜以蔵さんの雰囲気がこれまで以上に強張るのを感じた。
……あれが瑜以蔵さんの本気。
僕はその時が来た、と剣に決意を込める。
そして、堂々と僕は瑜以蔵さんの間合いの直ぐ外に立った。
一歩歩めば間合いの中。
そんな死線を挟んで、二人は睨み合う。
ーーーそして、僕はそんな死線に踏み入った。
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