第三十一話『身体で払え』

 

「……なんやぁ、着物の着方が分からんのか?……本当に孤児かなんかかいな」


「えーっと……まあ……そんな感じです」


 僕は、消え入る様な声で嘘を吐いた。嘘を吐くなんて、全くしたことが無いから。


「ちぃっと来い、着方を教えたるわ」

 普通分かりやすい嘘だけども、瑜以蔵さんの目には止まらなかった様だ。良かった。


「あ、はいーーー」


 そして僕は攫われる様に別の部屋へと押されていった。



 ♢



 僕は、瑜以蔵さんに着替えさせられた。


 その際、どうやって着物を着るか、などのレクチャーもしてもらった。


 帯は貝ノ口や片ばさみで結べやら言われたので、しっかりそれも記憶はしておいた。



 ……忘れそうだけど。



 そして、僕が着た服。


「黒過ぎないですか?これ」


 ほぼ黒装束。


 全身まっ黒だけど、以前と比べて動きやすいのは分かる。


 余分な布が無くなって、上半身が半袖になったことで動きやすくなっている。


 ……でも、余りにも黒過ぎる。これじゃまるで暗殺者だよ。


生憎あいにく、それ以外替えがなくてなぁ。済まんが小僧、服が乾くまでの辛抱じゃ」


「……まあ、それなら……」


 僕は服を見渡す。これで生活か……まあ行けなくも無いけど。


 その途中に、瑜以蔵さんが声を掛けてきた。


「でだ、小僧」


「あ、はい!」

 僕が驚いて返事したのを皮切りに、瑜以蔵さんは言ってきた。


「名が無いのなら……儂が付けてやろうか?ずっと小僧呼ばわりじゃ面倒じゃからな」

 その言葉に、僕は一瞬悩んだ。


 僕の嘘を信じ続けている瑜以蔵さんに対しての萎縮もあった。


 けど、名前が無いと不便になる事は必至。


 仕方無いけど、それで通しておく事にしよう。


「……宜しくお願いします」


「ならどうしようかのう……」


 僕の言葉聞いて直ぐ、瑜以蔵さんは名前を考え始めた。


 そして、インスピレーションを湧かす為か、部屋中を見渡し始めた。


 時には部屋の真ん中にある、凹んだ暖炉を見て「囲炉裏……イロリ……?ちゃうなぁ」やら、木の網の様なものに紙を貼った扉を見て「障子……庄司……?なんかちゃうなぁ」など、葛藤している。


 かなり本気で考えてくれてるのか、と思うと、瑜以蔵さんはやっぱり優しいんだなって分かる。


 ……と言うか、あの暖炉と扉って、囲炉裏と障子って言うんだ……覚えておこう。


 そして、最終的に瑜以蔵さんの目は、部屋に入り込んできたトカゲで止まった。



 ……まさか。



「せや!トカゲやぁ!」


「……え?トカゲ?」

 僕は突然の命名に気の抜けた声を出してしまった。


「ええやないかぁ!トカゲって良い響きやないか」


「ええ……」

 僕は、その絶妙で微妙な瑜以蔵さんのメーミングセンスに困惑した。


 ……でも、本気で考えてくれたんだから、その気持ちは受け取らなきゃ。


「……分かりました。トカゲですね」


 僕は折れる様に笑って言った。


「じゃあ、名前も付けたところで……トカゲ。お前、行くあては無いんよな?」


 若干決めつけから入ってはいたけど、その言葉は的を射ていた。ユーリさん達と合流するのにも、時間は必要だと思うから。


「……確かに、そうですね」


「なら匿ってやるわぁ」


「良いんですか?」


「トカゲみたいな奴は他にも匿っとるから、一人増えても変わらんわぁ……ほれ、トカゲの部屋に案内するわ」


 ちょっと僕はその瑜以蔵さんの言葉に疑問を抱きはしたけど、直ぐに瑜以蔵さんが歩み始めたので、聞くことは出来なかった。


 瑜以蔵さんは障子を開けて、僕を連れて行った。




 ーーそして瑜以蔵は思う。


(まあ、拾われたからにはやって貰わんといけん事があるしなぁ)



 ♢



 ……そうして、今はこうだ。


 沢山の人に囲まれ、朝から宴会の様なものを開かれている。


『仲間』と称されて。


 ……考えれば考えるほど分からない。


 瑜以蔵さんなら何か分かるかも。


 僕は横で騒いでいる瑜以蔵さんに小声で聞いた。


「何ですかこれ!」


 すると瑜以蔵さんは怪しく笑い、


「誰がただでトカゲを匿うと思ってるんや?……きぃっちり、身体でお代、返してもらうで」


「ええ……」

 僕は嫌そうな顔を前面に出して否定した。


「ほれ、おめえら!もっと新入りを労ってやれ!」


 でも、瑜以蔵さんは否応無く、僕は人形の様に人混みの中へ投げた。


「はい親分!」

 勝手に了承され、勝手に仲間にされ……。


 しかも、今は暑苦しい程の、数十人の人だかりの中心だ。


 瑜以蔵さんを『親分』と呼ぶ人たちに押し潰される中に、隙間が出来る。


 そこには、楽しそうに腹を抱えてこちらを笑っている、瑜以蔵さんが。


 ……それを見て、僕は思った。



 ……瑜以蔵さんって、もしかして悪い人?

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