第三十話『二人の練習』

 

 宮本武蔵と、佐々木小次郎の真剣練習。


 その様は、やはり凄まじいものだった。


 踏み込みと引きの繰り返しではあるものの、それは殺陣として充分に成り立っていた。


 小次郎は長刀なのに対し、武蔵は二刀。


 普通ならば、手数のある二刀に、長刀は負けるはずだ。


 だが、いつまで経っても、武蔵の二刀は長刀によって受け流されるのみ。


 それは、武蔵にとっても同様。


 小次郎が繰り出す、威力ある攻撃は全て躱されるか、小刀によって軽く受け流されている。


 互いが互いの間合いに常に踏み込んでいるのにも関わらず、一向に決着がつかない。


 小次郎はその長刀を軽々しく振り回し、武蔵の猛攻を受け付けない。


 あれほどの長刀を振るには、かなり関節が柔らかくあるか、力が必要だ。


 だが既に、小次郎はその術を身につけている。


 異常なまでの関節の柔らかさで、刀を振り終わった後の隙をカバーし、その身に見合わぬ力で薙ぎ払う。


 その剣術の質も素晴らしい。


 剣豪と言っても差し支えないほどの腕前だ。


 対して、武蔵。こいつもやばい。


 小次郎は、長刀を巧みに使って敵を寄せ付けない立ち回りをしているのに対し、武蔵は率先して敵の間合いに入り、その凄まじい反射神経と多少の動きも感知する観察眼で攻撃を避け続け、隙あらば攻撃する立ち回りを取っている。


 武蔵の手に携えられた二刀の突きは恐ろしい速さを誇り、薙ぎ払いにはかなりの力が篭っている。


 武蔵は常に小次郎の死角を突き、攻撃をする。


 時には正面から受けて立ち、長刀の攻撃を避け続ける。


 左手の小刀は攻撃を受け流す事や、突き専門の様で、右手の刀は薙ぎ払いや攻撃の受けに使っている。


 勿論、相手が長刀使いだからと言うこともあるのだろうが、それでも凄まじい技量が伺える。


 光るのはその腕力だ。


 本来、二刀というのは規格外だ。両手で握る筈の刀を、片手で握り、振り回すのだから。


 つまり、その分腕力が必要になる。人間の規格を超える様な腕力が。



 ……それがなければ、刀がすっぽ抜けるからな。



 そして、武蔵はそんな腕力を持っている様だ。その小さな少年の身にも似合わない、怪力を。


 だからあれだけ刀を振り回していられるのだろう。


 しかも、鬼の様な敏捷性も光る。


 重い筈の二刀を抱えても尚、ネズミの様な速さで動いているのだ、武蔵は。


 あれだけ動いても尚、汗すら流していない所を見るにもっと余力を残している様だが。


 それは、小次郎も同じ。


 あれほどの剣術と剣撃を繰り広げても尚、この二人には疲労の意など全く無い。


 正に、剣豪だ。あの二人は。


 …………。


 ……。


 本当に、あの中にネフリスを放り込みたいものだな。



 ーーまじでどこ行きやがったんだ。お前ら……。




 ♢



 時は遡り、ネフリスは。



 ーーー僕はピンチになっていた。


「あはは!お前ら、新入りだ!」


 ……僕は流星から落ちて来た時に会った男の人に連れられ『新入り』と評されて、多くの男の人に囲まれて、宴会みたいなものに参加させられている。



 ……えっと、なんでこうなったんだっけ?



 ♢



 それは昨日の夜の事だった。


 僕が流星みたいになって落ちて来た時に、不運にも、その人と出会ってしまった。


「なんやぁ小僧、空から降ってきて流星みたいよのぉ?」


 そうびしょ濡れの僕を上から見下ろす様に、その人は立っていた。


「誰……ですか?」


 咄嗟に僕は名前を聞いた。


 するとその人は怪しく笑いながら言ったんだ。


瑜以蔵ゆいぞうじゃ。小僧は?」


 ……名前を聞くなら先ずは自分から。聞かれるとは思っていた……でも、僕には名前を言えない事情があった。


 ユーリさんから言われた『名を明かすな』だ。


 僕は口を噤み、答えない様にした。


 この人には悪いけど、皆さんの為にも、言ってはならないんだ。


 すると、瑜以蔵さんは同情する様に目を曇らせ、


「なんやぁ、捨て子かいな」


(……え?)


 僕は驚いた。全く予期していない言葉だったから。


 そして、瑜以蔵さんは僕の是非なんて問わず、


「ちぃッと、来い」


 僕の手を引っ張り、何処かへ連れて行こうとした。


「え、ちょっとーーー」

 僕は抵抗したけど「小僧の為やぁ」と言って、その豪腕を離してはくれなかった。



 ♢



 僕は、ある大きい家に連れていかれた。


 ……そして、居間らしき所で僕は置かれ、連れて来た本人の瑜以蔵さんは扉を開けて何処かへ消えて行った。


 と言うか、この木の網に紙を貼ったみたいな横にずれる扉は何?


 そんな風に僕がその扉の正体を知ろうとしている時に、激しい悪寒が僕の体を襲って来た。


「へッくち!!」


 びちょぬれの服をずっと着ていたせいだ。寒い。


 僕は咄嗟に、火のついているへこんだ暖炉みたいなものに身を屈めた。


 ……と、そんな時に。


「……大丈夫か?小僧」


 瑜以蔵さんが服を持ちながら部屋に入ってきた。


「ああ……。まあ結構寒いです……」

 僕は見栄を張らずに正直に答える。


 すると瑜以蔵さんは持ってきた服を僕の隣に置きながら言った。

「着替えじゃ。これで寒さを凌げるぞぉ?」


 瑜以蔵さんはそのまま僕の隣に座り、笑みを浮かべながら僕の顔を覗いてきた。


 ……服を着て良いと、言う事ですか。


「……有難うございます」

 僕はそのご好意に答え、服を着替えようとする……けど。


 僕は気付いてしまった。


「あの……これどうやって着るんですか?」


 着方が分からない。

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