第二十九話『真剣練習』

 

 鍛錬場と見られるその場所からは、熱気と激しい打撃音が鳴り響く。


 空を切る様な音の後には必ず、バチン、と言った高めの音が鳴って行く。


 硬い地面に鞭を叩きつけたかの様に、その音は耳へと飛び込んで来た。



 ……だが不思議と、近くに行けば行くほどこの音を不快とは思わなくなった。



 それは、この音の主が言うほどガサツな打ち方をしている訳では無いからだろう。



 打撃音の内側には、低く、木の樹皮が剥がれ落ちる音の様な物があるのが分かる。



 恐らく練習用の巻藁か何かを、真剣では無い竹刀などで打っているのだろう。


 ただの竹刀で巻藁をも破壊する、その力と、聞く者を不快にさせない、非常に熟達された剣術。


 それを両方有していると言う事だろう。この音の主は。


 見てみたいな。それほどの実力者がどんな姿をしているかを。



 ……そう思い、俺は鍛錬場の扉を開けた。



 ♦︎



 その時には既に、今までの打撃音は鳴らなくなっていた。


 武蔵が入って行った所為だろうか。


 俺はそんな事を思いながら、その音の主であろう人物を見た。


「……女なのか」


 俺は気付いたらそう発していた。


 女性差別では無い。無いのだが……。


 幾ら何でも小柄過ぎたのだ、その女性は。


 あれは俺の半分ちょい位の背丈だった。武蔵とほぼ同じくらいだ。


 俺は目を疑った。


 あれほど小柄の女性に、あんな打撃音が出せるのか……と言う事に。


 だが、その手に構えられた長すぎる竹刀に、その背後で無残な程ボロボロになった巻藁が転がっているのを見て、俺は信じざるを得なくなった。



 ……こいつがやっていたのか。とな。



 驚いているのは、俺と同じで初見のローレッジもそうだった。目を細め、その女性をじっくりと見ている。


 俺達の目には、もうその女性しか入っていなかった。


 何やら武蔵とその女性が親しげに話し合っていると言うことも、この時の俺達には見えていなかったのだろう。


 そんなところにナミアの説明が入った。


「紹介するわ。……あの子がわたくし達を引き取ってくれた、佐々木小次郎さんよ」

 そこでやっと俺達は女性から目を離した。


「……お前が言ってた、現地人って奴か?」


「そうよ」


「良い人なんですよー」


 その俺の質問に、レフィナードとシリアンは相槌を打つ様に言った。


「……はあ。あれがな……」


 まあまあ納得し終えた俺達に、レフィナードは本題を聞くかの様に小声で話しかけてきた。


「……で。それじゃあ、あの男の子は誰?見たところ剣士の様だけど」


 やっぱり、レフィナード達も武蔵の事が気になるようだ。


 なので、俺は説明してやった。


「……宮本武蔵。俺達もあいつに拾われ、成り行きでお前達の居る神社にやってきて、そして偶然の再会を果たしたって訳」


「武蔵さんね……。あんた達を持ってくるって、結構な実績じゃない?」


「本当に偶然の様だけどな。だが、武蔵は来る前に言っていたな……ここは最高の名所だと」

 ナミアの言葉に、ローレッジは多少笑いながら返した。


「……確かに、ここは綺麗ですもんね。……最初は私達も絶句しかけましたけど」


 シリアンは多少引きつった様な顔でエセウナの言葉に答えた。


「……まあ、拝殿があの有様だしな……その他は本当に良いんだがなぁ」


 俺は、神社の風景を思い出しながら言った。



 ……拝殿を抜きにしたら、この神社は本当に綺麗だ。



 本殿は、汚れを探し出す方が難しい位の綺麗さと巨大さを誇り、清流が光る中庭や池、奥の山への山道への道も踏まえて見ると、その光景は、どんな名所をも超える美しさだろう。


 だからこそ、惜しい。


 廃れた拝殿と鳥居が、そんな風景の足を引っ張ってしまっているのだ。


 あの光景の後に拝殿達を見ると……やはりと言うか気分を害する。



 それはそれで……社会の闇の様なものを体現していて良いとは……思うが。



 だが何故、拝殿をあのような姿にしてしまったのか……。


 俺はどうしてこうなった、と頭に手を当てた。



 ーーーと、その時だった。



「ねえ貴方達?……私達の練習、見ていかない?」


 佐々木小次郎が、俺達に向けて話しかけてきたのだ。


 練習か……見てみたいな。


「じゃあ遠慮無く」


 俺は快く了承して、鍛錬部屋の端っこの壁で観戦しようかと居座った。


 レフィナード達もゾロゾロと俺の横に座って来た。


 その数六人。ほぼ試合みたいになっちまったな。


 その間に小次郎はボロボロの巻藁を処理し、武蔵は慣れた仕草で、自分と小次郎の分の剣を用意する。


「……真剣か。本格的だな」

 取り出されたのは真剣。だが、武蔵達が使っている愛刀ではない様だ。


「もうこれでの練習が板に付いちゃって……」

 武蔵はそう笑いながら、剣を振り抜いた。


 武蔵が抜いたのは、小刀と普通の刀の両方。


 二刀か。やはり面白い。


 そして小次郎が抜いたのは、物干し竿か、とも言いたくなるほどの、身に余る長刀。


 だが、妙に形になっている。


 そして小次郎はキッチリとした表情で武蔵に語りかける。


「いつでも良いよ」


「了解。行くよ……」


 武蔵は足に力を込める。


 小次郎も、刀を構えて迎撃する構えを取る。



 ーーーそして、二人の間に火花が飛び散った。

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