第二十一話『玩弄のギード』
ユーリ達が女王近衛隊隊員、ストフ・レイエットと対峙している最中に、ゴーズは別の女王近衛隊隊員と相対していた。
強者と強者の眼光がバチバチと稲妻が走る様に、緊張と双方の意思が終結する。
一方は階段を守る為。
一方はその階段を押し通る為。
高鳴る心臓が、緊張状態の体に赤い水を送る。
有るのは闘志。消え様の無い意思。
又は敬い。敵への敬意。相手を認める潔さ。
そして、女王近衛隊の少年は語る。
「貴方は強そうだ……ちょっと話をしましょうか」
怪しく笑みを浮かべて一瞬ゴーズの顔を見て、次いで語る。
ゴーズは止めない。
「僕はね、先輩を助ける為に居るんです。本人はいいって言ってるんですけど、先輩ですし。……だから僕はその階段を降りたいんですよ」
説得する様に言う少年は、ふとゴーズの様子を伺った。
そしてゴーズは虚無僧笠を横に揺らし、それを真っ向から拒否した。
「まあそれなら良いんですが。……貴方も信念があるんでしょう」
その少年の呟きにゴーズは隠す事なく軽く頷く。
「ならば、僕はちょっと力を出すだけです」
そう言って少年は逆手持ちで左手にナイフを持ち、右手で投げナイフを構えた。
戦闘態勢を取った少年に、ゴーズは刀を向ける。
そして、少年は更に語った。
「僕達女王近衛隊って、戦争とかに助っ人で参加した時とかに、二つ名を付けられてるんですよね」
少年は不敵に笑いながら、真右に右手を伸ばした。そこには四本の投げナイフが握られている。
それに注視しているゴーズを引き戻すかの様に、少年は言う。
「当然、僕も女王近衛隊ですから『二つ名』を付けられている訳ですよ……それが」
『
そして、少年は右手のナイフを浮かせ、自分の周りに滞在させた。
意思を持った様に浮いている投げナイフは、さっきゴーズの刃を止めたナイフと同等の物だった。
「これ、僕が一級の鍛冶職人に頼んだ、最高級の武器なんですよ」
そう自慢するように呟く少年の目には、怪しさが灯っている。
異様な悪寒を感じたゴーズは、無意識に刀を向けていた。
「……自己紹介は終わりですか。良いでしょう」
そう首を傾けながら呟く少年。
ーーーその瞬間、ゴーズの視界の端で銀光が走った。
「……!?」
咄嗟に剣で受けるゴーズ。その刀からは火花が散る。投げナイフだ。
そして鍔迫り合いの様な圧力を受けつつ、ゴーズは少年の様子を見る。
少年の周りのナイフは減っていない。
と、言う事は。
以前ゴーズが兵に刀を振り下ろした時に止めてきた、あのナイフだ。
軽く床に弾き落とした筈だったが、ゴーズの研ぎ澄まされた魔力感知にも引っ掛からず、そのナイフは再び少年の所有物となって、再びゴーズに襲いかかって来たのだ。
魔力も使って居ないとなると、本当に原理が謎だ。
だが、それについて考えている暇はない。
以前軽く弾き落とせたナイフだが、今度はまるで熟練の剣士を相手にしているかの様に……強い。
力も強いし、何よりも隙を見逃さない。
五合目辺りの打ち合いで既にゴーズは、一発横腹にナイフを掠られている。
そこで、所有者の少年はやっと動いた。
「では、失礼します」
体を一瞬こちらへ傾けたかと思えば、少年はゴーズの眼前に、視界を覆うほどにまでに接近していた。
「ぬ……」
声を洩らしつつも、ゴーズは少年が振って来たナイフを受け止める。
衝撃波と共に、ゴーズは身体中に魔力を滾らせた。
(……今まで魔力を使って来なかったが、使うしかねえ。本気を出すぞ)
全身を熱い魔力で覆い、ゴーズは全力を出した。
♢
……何合打ち合っただろうか。
駄目だ。数えられない。
俺は、こいつと打ち合って見て分かっちまった。
まだ、こいつは全力なんて出してない事を。
……やっぱり、老いたな。
だが、俺は引けない。
約束しちまった上に、逃げたら武士道の恥だ。
だから……俺は全力を出し続けた。
「はあっ!」
覇気と共に、ゴーズは少年を薙ぎ払う。
だが、それは軽く受け流され、上を取った少年に刀を振り下ろされた。
それでも怒涛の巻き返しでゴーズは少年を吹き飛ばす。
ーーーーだが、それでも。
「結構痛かったかもですね」
少年はお世辞でゴーズを褒め称え、衣服の乱れを直している。
余裕綽々とゴーズの刀を受け切った少年は、息すら切らさずに笑っている。
だが、ゴーズも引けを取らない。
彼の周りに浮いていたナイフを二つ、撃ち落としたからだ。
だけども、戦果はそれだけ。他のナイフや少年には、一撃すら加えられていない。
ゴーズも強い。だが、そのゴーズを超えるほどにこの少年は強いのだ。
しかも、ゴーズは宿屋を営んでいて、十何年も刀を振るった事は無かった。
全盛期に比べれば何倍も、今のゴーズは劣っているだろう。
対して、ゴーズの目の前で笑っている少年は、バリバリの現役だ。
数々の戦場を経験し、修羅場も潜っている。
鍛錬も毎日、日夜欠かさずしているのだろう。
そんな女王近衛隊隊員に、たかだか昔プラチナランクだったゴーズが敵うはずはない。
積み重ねられた剣術は光るものの、老いには勝てない。
それでも、ゴーズは善戦している。
女王近衛隊相手に、一歩も引いていない。
凄まじい速さの突きを感覚で避け、相手の流麗な剣術を鍛え上げられた厳正な刀で受ける。
だが、体力も限界に近付いてきたその時。
ーーーー目でも、感覚でも追えない程の少年の突きが、視界を覆った。
「!!!?」
ゴーズは死を覚悟した。
……だが。
「あぁぁぁぁぁ……ッ!!!!!?」
けたたましい叫び声が宮殿内を駆け巡り、それと同時に突きは止まったのだ。
……男の声だった。
眼前にまで迫っていた突きが止まったのに困惑するゴーズ。
それを置いて行くかの様にその凶撃の元のナイフは少年の腰にしまわれ、宙を舞っていたナイフも収められた。
それと同時に、少年は溜息をつきながらゴーズに背を向ける。
「やっぱり。僕の予感が当たったじゃないですか。先輩……」
そう背中を向けて呟き始めた少年。
今なら討てる……と画策したゴーズだが、恐らく難なく対処される、と察し、刀を収めた。
恐らく、さっきの悲鳴がこの少年の上司で、それの悲鳴が聞こえたから戦闘を中断した、という事だろう。
そうだとしたら、これでこの戦いは終わったと言う事だろう。
ゴーズは小さく息を吐き、何事も無かった事に安堵する。
まあ、これからまた戦闘が始まったらまずいのだが……。
「貴方との戦闘は終わりにします。見逃してあげますから、後は頑張って下さいね!」
そうイラついた様に少年は「一人で行くとか言うから……」と呟きながら通路の角を曲がってゴーズの視界から消えて行った。
……えっとこれは、大事を免れたという事で良いのだろうか。
一呼吸置いてゴーズは周囲の空気を確認する。
「……大丈夫な様だな」
そう確信して、ゴーズは今まで被っていた虚無僧笠を脱いだ。
瞬間、思い出したかの様に疲労感が襲って来た。
ぜえ、ぜえ、と荒く呼吸しながら、ゴーズは呼吸の合間にふと笑いを零した。
「まじで……危なかった。本当に、女王近衛隊とは今後相対したくないな」
ゴーズは気分で虚無僧笠を燃やしつつ、ゴーズは以前来た割れた窓に足をかける。
そして、言い残す様に言った。
「あいつはどこか別のルートから降りちまった様だが、俺の仕事は終わりだ。アサナト達……また会う時まで……さよならだな」
虚無僧は言い切った様に窓から流星の如く宮殿外へと飛び出した。
仕事を終えた仕事人の様に、後も残さず。
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