第二十話『僕は、本物の強者を喰らえない』
予備宿泊室の扉に身を通し、ネフリス達は逃げ込んで来たかの様に息を洩らす。
内開きの扉を体で抑え、耳を当てる。
すると「何処へ行った!!?」「探せ!近くにいる!」と兵達が壁一枚挟んで騒いでいるのが聞こえる。
こっちの扉を開ける様子も無く、兵達は扉の横を走り去っていった。
ホッと一息つき、ネフリス達は予備宿泊室は探索する。
これで見つからなかったら終わりだ……と思いながら、部屋中央にどっしりと構えたベットを覗き込んだ。
……其処には。
「いた……キアぁ……」
厚い毛布の下で寝息をたてながら眠っている、キアが居た。
ネフリスは安堵した様に近くの椅子に座り込み、再び深く息を吐いた。
それを横目に、ユーリはキアの状態を優しく確認する。
「……異常無し、です。実に健康ですよ」
そうユーリは優しくネフリスの耳元で囁き、キアを抱えさせる。
「良かったですね……」
ネフリスはこれまでの辛い道のりを思い出し、更に胸を撫で下ろす。
「そうですね……では、帰りましょうか」
そう優しい笑みを見せながら言って、ユーリは扉へと視線を向けた……が。
「ネフリスさん、下がって」
突然気の入ったトーンでネフリスを庇うように前に立ったユーリ。
「……?」
ネフリスはそれに怪しがり、ユーリの視線の先を見た……其処に立って居たのは。
「……!!!あの時の!?」
以前、第三王女を助けた時に居た、女王近衛隊だった。
嫌な予感が当たった。
この予備宿泊室は、女王近衛隊会議室の真横に位置している。
ネフリスは、あって欲しくない未来として、キア救出の後に女王近衛隊に追い打ちされると言う予想を立てていた。
それが、今。今ネフリスの目の前に起きている。
「女王近衛隊、ストフ・レイエット。来てしまいましたか……」
ユーリは、ため息が今にでも零れ出そうな顔で目の前のストフを見つめる。
それに答えるかの様に、ストフはキザな笑顔で言った。
「ご紹介御苦労……御嬢さん」
それと共に、ユーリは今まで身にまとっていた忍者衣装を脱ぎ去り、いつもの服装のドレスに変えた。
……本気になった、という事だろうか。
ネフリスも一度キアをベッドに戻し、近くのランプを手に取って戦闘態勢を取った。
その胸には「能力を上手く使えば勝てる」などと言う幻想が渦巻いていた。
そう。幻想なのだ。たった一.五秒だけ時が止まると言う能力で、女王近衛隊に勝てると言う予想は。
例え相手が素手で、こちらが剣を持っていようと敵わない。
故に、ネフリスの持っているランプの攻撃など、ただの拳に等しい。
そして、相手は剣を持っている。
これだけで勝敗は決したも同然だろう。
それだけ女王近衛隊と言うのは強いのだ。
冒険者ランクで言えば……最高位のダイヤ下位クラスに匹敵する程の実力者の集まり。
つまり、たかだか銅ランクでは目の前の蝿を落とすが如く華麗にあしらわれるのだ。
それを、ネフリスは知らなかった。
「相手も人間なんだから」などと言う自分との実力の差の埋め合わせをして、ネフリスはありもしない勝機を伺っているのだ。
威嚇を飛ばすネフリス。それに見向きもせずに、ストフは言う。
「宮殿を襲撃するなど、愚の極み。例え貴方が見知らぬ女性であろうとも、私の剣は止まらない」
そう言って、ストフはユーリだけを見つめて言った。
……それをネフリスは、ストフが見せた唯一の隙だと……勘違いしてしまった。
良し!と心の中で勝利を確信しつつ、ネフリスは一歩を踏み出した。
ーーーと、その瞬間。
ストフの間合いからも大きく外れた、ネフリスが一歩右足を前に出しただけのそのタイミングで、能力は発動した。
そう。あの、傷を負う未来が確定しないと起こらない、停滞した世界だ。
「……え早過ぎーーー」
ネフリスはその早過ぎる能力に驚く間も無く、一.五秒のその猶予は……終わりを告げた。
既に、ネフリスは初期位置から三歩ほど足を踏み出して仕舞っていた。
ネフリスは思い込んでいた。
ーーーたった一.五秒。されど一.五秒と。
そこでやっと、ネフリスは一.五秒が短過ぎる事を再確認した。
ーーー何故気付かなかったのだろう。
一年前、僕は気付いていた筈なのに。
……僕は、本物の強者を喰らえないことを。
そして、少年ネフリスの意識は、閃光の様に速い剣撃によって、途絶えさせられていた。
……ネフリスは死ななかった。峰打ちで排除されたのだ。
恐らく、汚らしい牢の奥で、誰にも看取られずに処刑させる為に。
もしかしたら、これが狙いだったのかも知れない。
わざとキアを宮殿に置き、それを助けに来た僕達を捕らえて排除する為に。
……なんでだろう。
薄れ行く意識の中で、ネフリスは思考した……が何も浮かばない。
ーーー例えそれが間違った予想だとしても、正してくれる人物は居ないのだから。
自分の体が地面に崩れ落ちるのを感じた。
ーーーそして、身も凍る様な冷気が襲ったのを、ネフリスは覚えていた。
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