第十九話『一方、虚無僧は……』
侵入者として宮殿警備兵に追われている今、ネフリス達は二階への階段を駆け下りる。
焦りを胸に。されど殿を務めたゴーズの期待に応えるため、ネフリスは走った。
後ろからの追撃は無い。全てゴーズが足止めしてくれている。
だが、待ち伏せの量が多過ぎる、と言う点では絶体絶命だ。
しかしそれも杞憂だった。
「居たぞ!侵入者だ!」
と警備兵が叫ぶ頃には既に、侵入者とされる二人組は天井をなぞる様に走っていた。
明らかに重力を逆らっているのだが、ネフリス達は魔法を使っている。
既に宮殿に気付かれているので、もう魔力の心配は無用だ。
ならば、と言う事でネフリス達は全力で隠蔽魔法、強化魔法、その他諸々を使って警備兵の網を抜けて行く。
だが、気付かれるものは気付かれる。
警備兵も馬鹿じゃない。宮殿と言う最高峰の防衛地点を任された兵達だ。
つまり、カラリエーヴァ王国の軍事力の集大成とも言える兵達が集まる地帯だ。
どれだけ魔力を薄めようとも、それでも気付かれる。
そして、凄まじい剣術で追い詰められる。
その度に、ネフリス達は命からがら抜け出していた。
キアが居る予備宿泊室に着く頃には……。
「つい……た」
ゼエゼエと息を垂れ流しながら、その扉を見据える侵入者達。
『予備宿泊室』と書かれたドアプレート。横には女王近衛隊の会議室。
そして、遠く背後から聞こえる兵達の声。
この場所は今のところバレてはいない様だが、このまま通路に立ち尽くして居れば、いつか追い詰められる。
「……入りましょう」
ネフリス達はなだれ込む様に、その扉に身を通した。
♢
一方その頃、ゴーズは。
「ふッ!はぁあっ!!」
気合いの入った声を洩らしながら、虚無僧笠を被った彼は日本刀を懐かしむ様に斬り下ろす。
その剛健な体で、虚無僧は向かう警備兵を剣術のみで倒して行く。
狙うは敵の首。斬り下ろすは峰打ち。
プラチナタグを持つ彼には、峰打ちで警備兵を排除するのは取るに足らない所業。
必絶無殺の刀を、ゴーズは振る。
(殺しちまったら、本当に犯罪者な上に……娘に怒られちまうからな)
その異様な雰囲気を放つ虚無僧笠の奥で、相反する感情を抱いているゴーズ。
勿論、目の前の敵にはそんな弱みは見せない。
そして更に、虚無僧は威圧する。
「どうした……?宮殿警備兵と言うのは、こんなにも弱者なのか?」
普通、こんな煽りを飛ばしたら、相手の逆鱗に触れてしまう筈なのだが……。
「ひいっ!?」
若いのか、虚無僧が放つ覇気に当てられて怖じ気付いている。
やはり、この虚無僧衣装が響いているのだろうかとゴーズは思うが、彼の心には一心に、二階への階段を守ると言う意思のみが灯る。
それは変わらないので、虚無僧は狂気に満ちた様なその笠を揺らし……彼は剣を振り下ろす。
だがその瞬間。虚無僧の刀が兵に触れる一刻前。
「……!?」
空中で突然、ゴーズの剣が火花を上げて止まったのだ。
驚きと共にゴーズは原因を探る。
そして、見つけた。
(……投げナイフが空中に固定されて……ッ!?)
そう解析した瞬間に、投げナイフは意思を持ったかの様にゴーズへと一直線に向かって来た。
ゴーズは一瞬で飛び退り、軽くナイフを斬り落とす。
軽過ぎる感触にゴーズは困惑を示すが……それは背筋の凍る様な声によって中断された。
『なんか警備兵がたっくさん倒されてると聞いて来てみたら……珍しいですね……虚無僧。あの鎖国国家の差し金ですか?』
それと同時に、通路の突き当たりから、声の主が出てきた。
「君達は逃げてて良いよ」と警備兵に言っているその人物は……見なくても分かる。強者だ。
だが、それに見合わぬ程の気配の薄さ。
『僕』と言うその少年は、背丈は百五十センチ位の男で、正装に身を包んでいる。
そして胸に付けられた、女王近衛隊のバッジ。
俗世に疎いゴーズでも分かる。
(やっぱり来たか……女王近衛隊。まずいな、確実に俺より強い)
「女王近衛隊がお出ましとは……やはり宮殿という事か」
ゴーズは素性を悟られない様に、声を強張らせて言った。
気を引き締めたゴーズに語りかける様に、その女王近衛隊は言い放った。
「まあまあ。僕は貴方を取って食ったりはしませんよ?……ただ、その道を譲って貰いたいだけでね」
そしてその女王近衛隊の少年は笑い、撫でる様に後ろの階段を見詰めた。
だが、ゴーズはそれに「はいそうですか」と道を譲る筈はない。それが、自分の信念であり、武士道だから。
「貴殿に道を譲る義理も、道理もない。通さぬと言ったら、ここは通行止めなのだ」
そうして、ゴーズは強者のオーラに当てられながら言い切った。
そして、そんな信念を見せられた少年。笑う様に顔に手を当て、払う様に一瞬で投げナイフを帯刀した。
「なら、力尽くで通るまで」
「……良いだろう。受けて立とう」
二人の人物は相対し、剣を向けた。
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