第十六話『宮殿と言う名の忍者屋敷』

 

「その格好、いつまで続けるんですか……?」


 ネフリスは、堂々と宮殿内を歩んで行くユーリの顔色を伺いながら、その服装について流石に無視出来なくなったので、聞いてみることにした。


「嫌でしたら、外しますが?」


「あ、いや。大丈夫です……」

 忍者服とやらを脱ごうとしたユーリを、ネフリスは咄嗟に止めた。


 その服が、案外新鮮で綺麗だと思ってしまったからだ。


 真っ黒に染まったその服が、何時ものユーリの服装とはかなり違ったもので、その新鮮味に魅入られてしまった所為だろう。


 だけども……ボディーラインが見え過ぎて目を逸らしてしまう。


 赤面するネフリス。顔を下げて見ない様にしたネフリスの体が止められる。


「待って下さい」


「う!?」


 咄嗟に声が出かけたネフリスの口を、ユーリの細い手が遮った。


「……え、何?」


 その突き当たり行って右の辺りで、女性の声が聞こえて来た。


 さっきの反応的に、薄々にだが気付かれてしまった様だ。


 ここは宮殿。その中を徘徊している人物と言えば、確実に見つかったらまずい事になる。


 ユーリはその人物を事前に察知し、ネフリスを止めたのだ。


 だが、気配を悟られてしまった。


 このままではユーリ達が居る通路に目が通ってしまう。


 つまり、バレると言う事だ。そして、バレたら……



 確実に死ぬって事。



 ユーリは咄嗟に横の部屋を開け、ネフリスごと入った。


 内鍵を掛け、ユーリは耳を澄ませる。


 その間、ネフリスは声を上げられない様にユーリの胸へと顔を埋められている。


 顔を離したいが、物凄い力で引きつけられて離れられない。


 別の事で焦るネフリスの耳に、声が入り込んでくる。


「……気の所為かしら」

 その瞬間に、自分がバレそうになった事を再確認する。


 動きを止め、ネフリスは聞き耳を立てる。


 ……まだ居る。


 足音が一つ、二つ、三つ。


 それらはありがたい事に遠ざかって行く。


 そして、ユーリの手の拘束が解かれた。


「ぷはぁっ……!」


 やっと息が出来る様になったネフリス。酸欠状態で一歩間違えば死んでいた所だ。


「……行きましょうか。キアさんが居る部屋を探しましょう」


「あ、はいぃ……」


 そしてネフリスは、ついさっきまでユーリの胸に埋められていた事を感じ赤面したが、淡々と行くユーリの雰囲気に当てられて、平静に叩き戻された。



 ……雑念が完全に消えたわけでは無いのだが。



 ♢



 そして、ネフリス達は部屋を探る。


「居ないですね……キアが居たと言う痕跡すらも……五階は殆ど探索したのに」


「なら次は、二階ですね」


「二階?四階じゃなく、ですか?」

 そう疑問に思って、ネフリスは聞いて見た。


「ではこれを、見てみて下さい」

 そしてユーリは、懐から一つの紙をネフリスに渡した。


「……見取図、ですか?」

 手渡されたのは、宮殿の見取り図の様だった。


 そして、不思議そうに見取り図を覗き込んでいるネフリス。


 五階、四階、三階、二階、一階。それら全ての階層にある部屋の見取図だ。


 そして、ユーリはその三階の所にある部屋を指差した。



『予備宿泊室』


 と書かれている。


「この見取図を見てみて、一番キアさんが居そうな所が、この部屋です」


「予備宿泊室……確かに、キアを泊めるには最適の場所。ですが……」


 ネフリスは、その横の部屋の名前を見て、目を曇らせる。


「女王近衛隊会議室兼休憩室……これが部屋の横にある限り、救出は難しいと思います」


「まあ、それをどうにかするのが、忍者ってものですよ」

 そうユーリは笑いながら言った。彼女の健気なる笑みで、ネフリスは若干白けた。


「さあ、場所も把握した所で、行くとしましょうか」


「了解です」


 そして二人の侵入者は、宮殿を駆け巡る。



 ♢



「四階ですね」


「流石に、人が多過ぎて抜けるのに時間が掛かりましたね……」


 そのネフリスの言葉の目標は……自分だ。


 自虐なのだ、つまり。


 だとしても、ユーリの体捌きと視点の合間を潜り抜ける能力が異常なのだ。


 それにネフリスがついて行けなかったから時間が掛かった。


「手練れすぎる」とネフリスが漏らすくらいだ。


 既に、ネフリス一行が四階に到着した時には一時間が経過していた。


 しかも、下に下がる毎に警備や人が増えている。


 それらを込みで、二階に到着する時には日が暮れていそうだ。


「まあ、捕まる気は無いんですがね……」


「ですね。キアさんを助ける迄は、死ねないですもんね」


 そして、ネフリス達は進んだ。



 ♢



 ……この宮殿の見取図を見るに、階段は同列に配置されていない。


 しかも階段を降りたら、次の階段は完全に階層の反対側になる。


 通路や部屋が入り組み過ぎている所為で、人通りが多い上に迷い易い。


 ……幸い、地図があるから取り返せないほどの迷い方をする事は無いが、部屋の構造や広さが複雑すぎる。


 今までの通り道に、何個か隠し扉などがあって困惑したのを覚えている。


 確実に侵入者を袋小路に追い込んで封殺する為の作りをしている。


 しかも、広過ぎる。


 一つの廊下の長さが百メートル程あるのだ、宮殿は。


 それは同時に、視線が通り易いという事でもある。


 宮殿の筈なのに、城の如く戦術的に利用できる間取りをしている。



「忍者屋敷みたいで楽しいですね」


 なのにユーリは笑いながら言った。

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