第十四話『あの時』

 

「あれ、貴方は……?」


 ネフリスは、その声に驚いて振り返る。


 そこに立っていたのは、見覚えがない様でありそうな女性だった。


 驚くネフリスの顔を見て、女性は笑う。


「やっぱり。私を助けてくれた方でしたか」


 その言葉で意味が理解できなかったネフリス。


 ……とりあえず害意は無さそうだ。


「助けた……?」


「忘れてしまったんですか?……そうですよね。私はユリアと言って、貴方に強盗に襲われていた時助けて貰った恩を返そうと思ったんですよ」


(ああ、あの時の……)


 ネフリスはその言葉でやっと思い出した。


 自分の目の前に立っている女性は以前、冒険者登録をしに冒険者ギルドへと向かった際に助けたあの女性だと。


 だが、気になることがある。


「恩を返す、ってどういう事ですか……?」

 ネフリスは彼女が言った恩を返すという言葉に反応してみた。


「私の父が、宿を運営しているんですよ。指名手配されて泊まるところに困っていそうだ、というところで恩義をお返そうと探していた所なんですよ、ネフリスさん」


 何故、ネフリスは名前を知っていると思ったが、手配書に名前も書かれていたのでそれで知ったのだろう。と察する。


「大丈夫なんですか、ユリアさん。指名手配犯を泊めたと知れたら、貴方の宿がどうなるか……」


 ユーリがそう忠告する……が。


「いえ、やらせてください。命の恩人が危機だと知って、動かない人は居ません!……ネフリスさんも、そんな手配書の様な事をやるはずが無いですから!」


 彼女は頰を膨らませ、怒った様に言った。


 ……覚悟は、女性という体に見合わず、強大の様だ。


 ユーリはその勇気に、優しい笑みを送った。


 あとは、ネフリスの了承を得るだけ。


「手を取るかどうかは、ネフリスさんが判断して下さい」


「……分かりました」


 ネフリスは息を飲み込み、言った。


「行きます」


「じゃあ、案内します!」


 可愛い少女先導の元、外套を纏った二人組は歩き始めた。



 ♢



 ユリアが宿の扉を開け、その奥へと二人を送る。


 二人が入り切ったのを確認してから、ユリアは扉の鍵を閉めた。


「優しくして貰って、本当に有難う御座います」


「いえ、安いものですよ」

 ユーリの言葉に、ユリアは満面の笑みで答えた。


 そんなユーリ達の前に、大柄の男が腕を組んで待っているのが見えた。


 恐らく、あの男がユリアの父なのだろう。


 ユーリは感謝と驚きを胸に言った。


「お久しぶりですね、ゴーズさん」


「え?知り合い何ですか?」

 ネフリスは聞く。


「昔冒険者をやっていてな。その時世話になった。……にしても、変わらないな、ユーリ」


「そうですか?」

 ユーリは首を傾げた。


「そうだろって……まあそんな事はどうでも良かった。……お前が、娘を救ったって言うネフリスか?」


 突然ゴーズに名指しされて驚くが、


「ですが、運が良かっただけですよ」

 と、とりあえず謙遜した。


「話によると、時が飛んだ様に一瞬で動いたと聞いたがな……」


「あ……いや、それは……」

 ネフリスは簡単に能力に辿り着かれそうになって焦る。


「まあ良いか。追われて疲れただろう、ゆっくり休め。部屋は全て開けてある。好きな部屋を選べ」


 そのゴーズの言葉と共に、忘れていた疲労感を思い出した。


 汚い牢の中で叫んでいたツケが回ったのか。


「……そうさせて頂きます」


 深く肩を落とし、ネフリスは宿の階段を登って行った。


「ユリア、恩人の世話をしてこい」


「分かった!」


 元気良くユリアは答え、ネフリスを追う様に部屋を登って行った。



 その可愛らしい後ろ姿を見ていたユーリ。身に纏っていた外套を消し、ゴーズに笑い掛ける。


「いい子供さんが出来ましたね」


「自慢の娘だ。才能もある……が、厄介ごとに巻き込まれやすくもあるな」


「私の専属先もそんな感じですよ」


「……今回の騒動も、もしかしてあいつらの所為か?」


「いや、今回は女王近衛隊が絡んで来ています」


 数秒ほどゴーズは長い溜息を吐き、思い出した様に言った。


「でも、何でアサナト達が捕まるなんてヘマをしたんだ?」


「人質、ですよ」


「そんなもの、あいつらには障害にもならないはずだが?」


「気まぐれですよ。いい人材の育成の為の」


 その言葉に、ゴーズは怪しい笑みを浮かべ、言った。


「ーーー分かったぞ。もしかしてお前らは、その人質を助けに行くつもりなんだな?」


 ゴーズのその推理にユーリは笑顔を浮かべた。


「なら良かったよ。俺は、その手助けが出来たんだからな」


「有難うございます。ゴーズさん」


 ユーリが時間を確認し、ゴーズに告げる。


「……そろそろ、私はネフリスさんの所に戻るとします」


「ああ。行ってこい。宿の警備は任せろ。……ここで借りが返せるかも知れんしな」


「多分、無理ですよ。ゴーズさん私達に貸し、作りすぎですから」


「はは、それもそうだな」


 そう言って、ユーリは階段の奥に消えて行った。


「さて、飯の準備だ。命の恩人に、ちょっとばかし借りを返すとするか」


 そう呟いてゴーズは厨房へと向かう。


 振り返って厨房へ向く彼の腰には、刀とプラチナのタグが揺れていた。

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