第九話『侵入者』

 

 僕は、僕達は日記を読み切った。


 そして、僕の頰に涙が流れるのを感じた。


「そんな……」


 崩れ落ちるネフリスの体。


 悲しみが、仲間達の間を駆け巡る。


「魔物にも、そう言う存在が居るのか……」

 エセウナが、悲しみを隠しきれない顔で呟く。


 冷静なアサナトでさえ目を伏せ、悲しい顔をしている。


 全員、相当こたえたのだろう。


 数十秒の間、感情の収集に戸惑っている。


 そして、涙を拭き終えたネフリスが、全員に訴えかける。


「僕は、オークリーダーの遺志を継ぎたいです。それが、倒した僕達に課せられたクエストでしょうから」


「……だな」


 そう全員は答え、奥の扉を開けた。



 ♢



 その奥に居たのは、部屋の角で縮こまる様に寝ている、亜人の少女であった。


 日記通り行けば、この亜人の少女はキアなのだろう。


 オークリーダーという人族を愛した魔物の希望。


 ネフリス達はキアを優しく抱え上げ、洞窟を出た。



「以外と、キツいクエストだったわね」

 洞窟を出た瞬間、ナミアがそう感慨深く呟く。


「……ある意味な」

 皮肉の様に、アサナトは返した。



 ……それもそうだ。ある意味、別の意味で辛いクエストだった。



 そんな悲しみと感慨が入り混じった感情でネフリスは空を見上げる。



 ーーーその瞬間。




『侵入者!侵入者!侵入者!侵入者!侵入者!侵入者!侵入者!侵入者!侵入者!』



 と赤い文字がネフリスの視界を染めた。


「……!!?」


『侵入者』!?なんでこんなタイミングで!?




『防衛者』であるネフリスは、自分の世界に『侵入者』が入って来ると、こういう文字列が視界を覆うと言われていた。


 それが、現在進行形でネフリスの目に起きている。


 勿論、ネフリスは自分がいる世界に侵入者が来るなんて思っても居なかった。


 天文学的確率だと教えられたから。


 だがこれは夢でも何でも無く、実際にネフリスの世界に起きている現実だ。


「ちょっと、用事があるので先に行ってて下さい」


「ん?まあ良いが……」


 咄嗟にネフリスはナミア達と離れ、近くの森へと草を掻き分けて入って行く。


 そしてしっかりと離れ切ったのを確認する。


 深く息を吐き、緊張を解く。


 これからネフリスが行う操作は、人の目に触れてはならない、摩訶不思議な操作。


 ネフリスは教えられた通り、マニュアル通りの事をすれば良い。


 それは、連絡だ。


 侵入者は大体『防衛者』の中の最低位の世界戦士ソルジャーでは、相手にすらならない程の強敵だからだ。


 そしてネフリスは、その世界戦士ソルジャーの位。元より助けを求める側だ。


 助けを求める先は、幾億とある世界に滞在する『侵入者』を倒せる程の『防衛者』全員。


 ネフリスは虚空から青い画面を取り出し、連絡用の画面へと指を進める。


 そして『侵入者報告』の項目を、押した。


 一息吐くネフリス。


「これで……終わり」


 ネフリスの心の中には、これまでに無い恐怖感が支配していた。


 自分の住んでいる世界すらも破壊してしまう程の人物が、この世界のどこかに現れたのだ。


 それは自分の近くかも知れない。知る人物の真横かも知れない。


 そう考えると、堪らなく怖い。


 だがそんな恐怖感とは裏腹に、何故僕には力が無いんだ、と虚脱感に苛まれそうにもなる。


 欲しいのだ、ネフリスは。


 世界を守り、救えるだけの力を。


 そして『防衛者』としての確固たる、決して崩されない様な意思の力を。



 ーーーー英雄になりたい。下っ端から、成り上がりたい。



 そんな事出来ないと分かっているのに……馬鹿らしいと思うけど。


 それを事を叶えられる程の人物になりたい。



 ……そして、青い画面から小さな音が鳴る。


 目を見開き、画面を覗くと『分かったわ』の文字。


『侵入者報告』に誰かが気付いてくれたんだ。



 ♢



 ネフリスは仲間達と合流した。


 生きている事にホッとしたのも含め、ネフリスは『侵入者』が倒された事を知った。


 安堵半分、やり切れないという気持ち半分。


 だがこれが『防衛者』だと、ネフリスは苦虫を嚙み潰した。



 ♢



 ネフリス一行はクエストの報酬二百カラを受け取り、受付嬢のユーリにこう告げる。


「このクエスト、オークリーダーが居たぞ」

 アサナトのその言葉を聞いて、ユーリは顔を曇らせた。


「本当ですか?その姿を見るに、倒せた様ですけど」


「以外とキツかったぜ。楽しかったが」

 イェネオスが笑顔をこぼしながら言った。


「そうですか。……報酬の格上げを致しましょうか?」

 そのユーリの言葉に被せつつネフリスは、


「いえ、キアが報酬ですので!」

 と、声を多少裏返しながら言った。


 ユーリは不思議そうにキアを見つめる。


「まさか、オークリーダーが匿っていたんですか?」

 アサナトが相槌を打つ。


「……面白いですね。オークリーダーという上位種が人を匿うなんて」


「これが……その記録だ。研究に使え」

 アサナトがオークリーダーの日記を取り出し、ユーリに差し出す。


「後、クエスト先の洞窟は埋めておいてくれ。オークリーダーへの安息の地としてな」


「ーーー了解致しました!」



 ♢



 これで、ネフリスの波乱の初クエストは終わりを告げた。


 そしてキアを育てて行く内に、ネフリス達はキアの容体を知った。



 キアは記憶を無くし、言葉すら無くしている事に。

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