ラノベ読みVtuberの日常
秋来一年
らの(ちゃんが)しょた(にラノベを布教する話)
「はぁ……」
病院の一室。真っ白なその部屋で、少年は陰鬱そうにため息をついた。
少年の身体は白いベッドの中にすっぽりと埋まっている。頭以外で唯一飛び出ている右脚も、これまた白いギプスでガチガチに固められていて、動かすことができない。
最初のうちは、入院という非日常感や、風邪でもないのに授業を休めるという事実に、少年は正直なところ、少しわくわくしていた。
けれども、入院も三日目ともなると、流石に飽きてくる。
親が持ってきてくれたゲームも、なんだか気分がのらない。早く身体を動かして遊びたくて、しょうがなかった。
しかし、それはしばらく叶わないだろう。
複雑骨折をしてしまった右脚は、全治三ヶ月だとお医者さんが言っていた。
そんな時だった。彼女が現れたのは。
まず始めに目を奪われたのは、たわわな二つの膨らみだ。
丁度少年の目の高さにあるそれは、小学校高学年の男子には目に毒なくらいに、豊かに実っていた。
少年がその膨らみに目を奪われつつも、徐々に目線をあげる。と、今度は丸い眼鏡の奥、蒼く澄んだ瞳と目があった。
はて、このお姉さんは、一体誰なんだろう。
ぱちくりと瞬きをして、無言で見つめ合う二人。
もしかしたら、部屋を間違えてしまったのかもしれない。少年がそう思い至り、訊ねようとしたその時、病室に現れた謎の少女が口を開いた。
「初めまして! ラノベ読みVtuber、本山らのです!」
らのべよみぶいちゅーばー?
知っている単語がひとつもなくて、少年は思わず首を傾げる。
YouTuberなら知ってるけど、ぶいちゅーばーもその仲間なのだろうか……?
たくさんの疑問符を浮かべる少年をよそに、少女は言う。
「突然ですが、暇だなぁ〜何か面白いことないかなぁ〜って、思ってたりしませんか?」
「えっ?」
突然、先程までの自分の思考を言い当てられ、思わず少年は目を見開いた。
「なんで分かったの?」
「本山は、悩めるものの声が聞こえる、つよつよ狐なので」
巫女ですから、なんて言いながら、えっへんと胸を張る少女。
かと思えば、
「なんて、本当は病院で退屈にしてるひとになら、ラノベの布きょ……みなさんのお悩みの解決ができるかなって、思いついただけなんですけどね」
えへへ、とはにかみながらそう説明する。
彼女の説明に耳慣れない言葉を聞いて、少年は訊ねた。
「らのべ……?」
すると、少女は待ってました、と言わんばかりに、懐から何かを取り出す。
「ラノベっていうのは、こういうののことです!」
それは、少年の目には漫画のように見えた。
表紙には可愛らしい女の子が描かれていて、普段読んでるコミックスよりも一回りほど小さい。それから、本の側面、天地が真っ白で、それも読み物といえばもっぱら漫画ばかりの少年には、なんだか新鮮だった。
「退屈で、面白いことをお探しなら、ライトノベルを読んでみてはいかがですか?」
少女が、手に持っていたそれを、少年に手渡す。
改めて、少年はまじまじとそれを観察する。
表紙に描かれるのは、ピンク髪のかわいらしい少女。その周りには、木刀やカメラなど、各々の武器(?)を構えたデフォルメキャラが描かれ、中々に面白そうだ。
確かに、漫画を読んでこの退屈を凌ぐのも、いいかもしれない。
そう思いながら少年はページに手をかけ、パラパラとめくり、そして、思いっきり顔をしかめた。
「げえ、これ“本”じゃん……」
少年は、活字が大の苦手である。
朝読書の時間はサッカーの本を眺めてどうにかやり過ごし、夏休みの宿題では読書感想文が最後まで残るタイプの人間だ。
文字が多いだけで、うげぇってなるし、大人に勧められてしぶしぶ読んでみた『モモ』も『トムは真夜中の庭で』も『床下の小人たち』も、よく分からないし退屈で、数ページで嫌になってしまった。
しかし、そんな少年の態度に、本山らのと名乗った少女はにこにこと首を左右に揺らすばかりである。
「まぁまぁ、騙されたと思って読んでみてくださいよ〜」
「でも俺、本は苦手で……あれ?」
少年は、そう言って少女に本を返そうとした。
しかし、肝心の少女の姿がどこにも見当たらない。
先程まで、確かに目の前にいたはずなのに。
きょろきょろと病室内を見回してみるも、あるのはただただ、無機質な白い空間だけである。
まるで、狐に化かされたみたいだ、と少年は思った。
そして、手元に残った本に、再度、視線を落とす。
(まぁ、どうせ暇だし。次会って返すときまで、ちょっと見てみるか)
◆
「なぁ快翔、サッカーしようぜ!」
三ヶ月後、無事に骨折が完治した少年は、友人の声に慌てて本を机の中にしまった。
そして、「おう!」と返事をしながら、友人らと連れだって校庭へと向かう。
「快翔、最近よく本読んでるよな。しかも、なんかめっちゃ楽しそうだし……いったい何読んでたんだ?」
そう問いかける友人に、少年はにやりと笑って言う。
「なぁ、お前、ライトノベルって知ってるか?」
そんな様子を、謎の黒髪けも耳眼鏡美少女が、学校の屋上から微笑ましげに眺めていたのだが、それに気づくものは誰も居なかった。
ラノベ読みVtuberの日常 秋来一年 @akiraikazutoshi
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