第百二十一『救済者と少女』
正義の執行者と、悪なる眷属。
世界の語り手にて化物と評される両者は、豪快に刃を交えた。
烈火の如く。
それでいて清廉に。
少女の四肢に繋がれた鎖は宙を仰ぎ、分解され、そして刃と化す。
鎖と言う概念自体を忘れ去ったかのような超常の攻撃は、いずれ少年の手によって弾かれる。
目の前の蝿を落とすかの如く、静かに。
まるで少年は、もっと疾い攻撃を知っているかの様に鎖を弾き落とす。
何発も、何発も。
引導を渡すか如く。
少年は全て、一呼吸のうちに鎖を薙ぎ払う。
けれど、それも束の間で。
「……なら」
フォークトは体を翻した。
前の地面へ飛び込む様に前転して。
ただ鎖を飛ばしていては敵わないと、フォークトは悟ったのだろう。
少女は一瞬にして欠如した鎖を再生し、数十メートル先の少年を追い込む様に鎖を凪いだ。
逃げられぬ様に上と左右の三方向から迫る鎖を形成し、三角の檻を作った。
常人ではその一端すら見えぬ、閃光の如き攻撃。
同時に迫る太い鎖を避け切る事はほぼ不可能。
───そうして、三つの鎖の刃は即座に少年へ直撃。
舞い上がる土煙を見たフォークトは、油断せず残しておいた左腕の鎖を握り。
「はぁッ!!」
振りかぶる様に、左から右へ凪いだ。
左へ一閃された鎖が土煙の中を通ると同時に。
どしゃっ、と。
何かが当たった感覚がした。
だが抵抗は無し。
……手応えアリ、とフォークトは勢いのまま鎖を凪ぎ続け。
アリーナの壁へ直撃させた。
───再び、舞い散る土煙。
瓦礫混じったその被害は、やはり甚大なる物があると、観客は理解させられた。
フォークトが凪いだ鎖の通り道は、跡形も無く地面が抉れ。
元々魔法により頑丈に作られているアリーナの壁さえも粉砕する勢いを有していたから。
正に、四肢に災害を抱くもの。
あれを常人に振るったら、即死間違い無しだ。
だからこその鮮血の美少女。
この大会より、もっと血みどろな大会を生き抜いてきた、本物の化物。
即ち、この少女こそがロベリアの部下にして特殊転生者。
───ならば。
「……ッ!!?」
土煙は晴れ───同時に。
「
少年は、気付けばそこに居た。
全くの無傷で。
フォークトの視界を、彼のみで覆い尽くす程の近距離に。
不味い───来る!
フォークトは咄嗟に鎖を揺らす。
主人に応える為。
負けない為……捨てられない為に。
ドクン、と。
少女の体には、濁流の如く血液が流れる。
それは少女の持つ決意の故であり、抵抗の証である。
少年少女は、その小さな体躯で猛攻を繰り広げた。
両者の目前で。
目にも留まらぬ閃光の如く。
電光石火の内に、両者は拳のみで語り合う。
両者とも、硬い意志を持って。
救済と、主人への忠義。
それらを尽くす為。
両者は、身の丈に合わぬ格闘戦を繰り広げる。
人外の如き速さ。
その手に武神でも宿っていそうな猛攻の最中には、必ず少女からの睨みが飛んでくる。
───けれど少年は、笑うのみ。
フォークトとからの猛攻を最小・最短の動きで受け流し、その上で少年はただひたすらに慈悲深く笑う。
烈火の如き突きを受けても。
蛇の如く曲がる蹴りを受けても。
決死の意志を持った咆哮を食らえども。
ただ少年は、救済者として受け流す。
右へ、左へ。
翻弄せず、ただ空へ誘う様に。
「はぁッ……ふッ!!」
少女は汗を散らす。
体力的には以前余裕はあるだろうが……。
───何せ既に殺意がない。
いや、抱けなくなったのか……それとも少年を認め始めたのか。
ただ少年のとる行動に、疑問を抱き始めただけなのか。
だがそれは油断だった。
「!!?」
少年は、一瞬の機を伺って少女の背後へ回り込み───。
そして殴った。
───勿論寸止めで。
言っておくが……この決勝に殺傷は認められていない。
だからこれで……。
「───しょ……勝利ィ!!!総勢千二百八十名の頂点に輝いたのは、神童!ユト・フトゥールム!!!!」
『うぉぉぉおおお!!!』
観客は鳴く。
一ヶ月以上の期間を弄した大会の終わりに。
そして、神童による大番狂わせを。
「君は強かった。僕の眼に記憶されない様、同じ攻撃をしてこなかった───よく見ている。でも負けた」
「あ……」
敗北に胸打たれているのか、動かないフォークト。
その目は泳いでいるが……恐らくロベリアを見ているのだろう。
僕はその視線の先を見ようとせず、フォークトだけを『救済すべき者』と見て。
───優しく告げた。
「──────だが、その力を鍛えれば充分に『忠臣足り得る刃』と成るだろうさ……その時はまた、気の済むまで相手してあげるよ……」
僕はそう言いながら、彼女へ背を向け……去った。
その面持ちには『勝利者』としてでなく『救済者』としての側面が在った。
その語り手に、少女の顔は……。
「……フ」
安堵した様に笑っていた。
その目にはもう、光が灯っていた。
どこかを見たが故に。
……何故なのかは分からない。
けれど───この救済は確かに、ユトにしか出来なかったコトであろう。
残念ながらその少女の健気なる笑みを、その時のユトが見る事は無かったが。
それでも、その少年には───その意思が伝わったのだろう。
(特殊転生者救済完了……君の人生に、臣としての花が添えられます様に)
アリーナを去りゆくユトの顔もまた、笑っていた───。
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