第百二十話『或る日の僕の、儚き日常』

 

 元祖闘技場。

 以前の大草原アリーナの広さほどでは無いにしろ、それでも厳正なる雰囲気を放つアリーナ。

 アリーナ、ファイター達が戦う所は円陣状に作られ、観客席は円周に沿って作られている。

 地面は砂と土を混ぜた、砂利も混じった物。

 少し滑り易い気もするが。いずれそれも関係なくなるくらい地面の砂は抉れるだろう。


 僕は、ゴングとともに鳴り響く歓声を耳に受けた。

 静かに。

 目を閉じ、感傷に浸る様に。

 もう目前の少女は、僕に向けて刃を向けているんだろう。


 じゃらり。

 鎖が揺れるのを、空を割るのを感じる。

 嗚呼……これで第三兵器に届くのだね。


 そうさな。

 鎖が当たるまでの猶予を生かし、少しばかり僕は過去を思い出すことにしよう───。


 ♦︎


 或る日。

 晴天司る世界には、ある二人の救済者が居た。

 一人は少年。

 もう一人は『姉』と言うべき可憐さを持ち合わせた、唯一無二の美女。


 ───彼女は言った。

 腕に特殊転生者を連れながら。

 その綺麗でサラサラとした長髪を揺らして。


「また今度、こう言う子達に逢ったらまた救おうね!」と。

 その顔に浮かぶは洗練された、真に心を和ませる笑顔が在った。

 その時の僕は、こう相槌を打った。


「……そうだね。また救おう───世界も、この子達も」

 その記憶は懐かしく、それでいて儚い日常だった。

 そう。これは僕の日常だった。

 彼女……仲間と日々笑い合い、世界と特殊転生者を救う、楽しい日常。

 この時は毎日が楽しかった。


 ───そう。この時は。

 日常とは、いずれ変わりゆくもの。

 それが楽しいものであるかも知れないし、僕の様に───。


「───逝くなァ!!!」

 崩れ去る事だってある。

 この記憶……この日常は、唐突に終わりを告げた。

 闇に呑まれ。

 世界を破壊せしめる、一人の裏切り者によって。

 の日常は、突然に終わった。


 ──────結果。


「ははは。私は死なないよ───でもユト。私が戻らなくても……自分を責めないで。そして世界と、あの子達を───救い続けてね!」


「───フィルフィナァァァァ!!!!」

 そうして、彼女は闇に呑まれて行った。

 それ以来、彼女は戻ってくる事は無かった。


 僕は……。

 叫んだ。

 叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んで叫んだ───。

 でも、あの日常は一向に……帰って来なかった。


 気付けば僕は堕落していた。

『狂った正義』を手にし、救うべき人を利用する様になった。

 けれど……。


『──────救い続けて』

 その言葉だけが、ずっと僕の頭の中に残り続けた。

 幾ら時間を重ねても。


 その残穢が。

 その遺志が。

 その───仲間の言葉が。


 離れなかった。

 だからこうして僕は、フォークトと相対している。

 世界を救うと言う使命を、曲がりなりにも全うしようとしている。


 嗚呼、フィルフィナ───僕は。

 僕は、君の死を無駄にはしない。

 だから見届けてよ。


『僕が特殊転生者救いたいものを救う瞬間を!!』


 ───ガキン。


「ッ……!?」

 そうして、鎖は弾かれ。


「始めよう。──────救済を」

 少年は救済者の力を振るう。

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