第百十九話『闘いの落陽』

 

 ───黎明の光が瞼に入り込む。


「ああ。もう朝か……」

 僕は椅子から立ちあがり、そのまま手の感触を確かめた。

 昨日からずっと鍛錬していて、ちょっとその弊害で腕が麻痺はするが……まあすぐに治る。


「ふぅ……」

 とりあえず僕は軽く背伸びし、息を吸い、吐く。

 悪くない空気。

 トレーニング室の独特な雰囲気は、やはり心を清廉にさせてくれる。

 これも僕に武人の気質があるが故だろうが……それでも落ち着く。

 わずらわしい奴等がいない事も相まっているかな。


 兎に角ここはトレーニング室だ。

『僕専用の』ね。人払いは済ませた。

 だからさっきまで一人、疲れを癒そうと瞑想していた。

 戦いのイメージ・トレーニングついでにね。

 こうすれば鍛錬と休息を同時に取れる。

 まあこれは、僕の体の作りが常人とは違うから出来ることだけれど。


「じゃあ、やりますか。鍛錬」

 意識を覚醒させ切った僕は流れる様に剣を手に取り、気を整えた。

 鍛錬自体、やらなくても良いことだけれど───。

 でもやっぱり、やれるならやっておきたいからさ。

 何せ、明日は決勝戦だ。


 ───打倒、特殊転転生者フォークト。

 僕はその為に今日も、剣を振るう。


 ♦︎


 時は変わり、決勝戦当日。

 時刻も分からぬ、薄暗い玉座の間にて───狂気は告げる。


「アリサ・フォークト。私の可愛い眷属よ……暴れて来なさい☆」


「──────了解致しました。私の身は、死しても尚貴方に尽くします」

 そうして、創られた物語は落陽へと至る。


「ふふ☆」

 狂気の笑いによって。


 ♦︎


 盤上の語りは既に、最終面へと移った。

 神童ユト・フトゥールム。

 それに対するは。


「──────アリサ・フォークトッッ!!豪腕と鎖の使い手であり、前大会優勝者ッ!その鎖を以って大会を血に彩った、鮮血の美少女ォォ!その体躯に見合わぬ膂力は地を抉り、一呼吸に吹き飛ばす程です!!」

 化物に値する殺戮者。

 ロベリアが手に入れた、最強の人間兵器。

 ジャリジャリと四肢に鎖を括り付けたその少女は、正に哀しき特殊転生者。

 悲哀を冠する哀れな少女は、実況によってその実績を露わにする。


「鮮血の美少女ねぇ……何か分からんけど頑張れー!」

 モイラは観客席にて、元気にうるさく笑いながらアリーナへ手を振った。

 勿論、それに値する返事は全く返ってこないが。


 と言うか彼女は一応、死んでいる人判定なのだが……。

 魔法やらで偽装しているとは言え、それだけ騒いで貰っては流石に困る。

 なので隣の剣聖アーサーは溜息吐きながら、


「……抑えろ。人の目が痛い。一応君は死んでいるのだからな?」

 それに、モイラは仏頂面を浮かべながら仕方なく振った手を下げ、


「はいはーい。分かってますよー。───と言うかユークリッドさんはやっぱり来ないんだね。あれだけ決勝戦は行く行く言ってたのに」


「……仕方無いだろう、用事とあれば。───だが少し……寂しさを感じるな」

 アーサーとモイラの言う通り、今この観客席の中にユークリッドは居ない。


 元々、ユークリッド自体「絶対に行く」と豪語していたのだが……。

 突然、今日の朝「済まない。急な用事が入った」と言い、モイラ達の誘いを断ったのだ。

 当然「何故だ?」とアーサーも含め理由を聞いたのだが。

「私も観戦したいのは山々なのだが……依頼が成就しそうなんだ」と意味深な言葉を残して去って行ったのだ。


 ───その後、彼女の行く末誰も知らず。

 仕方なくモイラとアーサー二人のみで決勝戦を観戦することになったのだ。

 それに顔を俯かせ、寂しさを露わにするアーサー。

 それにモイラはいやらしく上目遣いで、


「師匠の事が気になるんだぁー?」

 と、聞いたのだが。


「……君の相手が疲れるだけだ」

 照れ隠しか、思いっきり断られてしまった。


 瞬間、盛り上がる観客。

 それにモイラは「これはいけない」と我に返り。

 いやらしいお姉さんの性格を摘み取って、アリーナへ振り返った。


「あ。もう始まるみたいだねー!」

 ……そう。

 もう既に選手登場は終わった。

 観客も集まった。

 歓声の質が上がった事からもう数刻後には、決勝戦が始まるだろう。


 ──────そう、これこそが終点。

 第三兵器を巡った、血に濡れた戦いは……ここで終わるのだ。


「魅せなさい、化物達……ワタクシを───狂気で彩ってェ!!」

 そして、最期の戦いのゴングは───いつも以上に甲高く鳴る。

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