第九十一話『傍若無人貴族、ユークリッド・ミリア』

 

「ふーん。ユークリッドと言う子はギルドマスターなんだね……で。アーサー君が言った『戦友』とやらと何か関係あるの?」


「あーそれはッスね──────」

 それに答える為、アーサー君が口を開いたが。

 ……疑問と回答諸々、ある金属音によって打ち消された。


 カチャン。

 何かの武器を置く様な音が、静かな武器庫に鳴ったのだ。

 それも少し大きい。自然現象では片付けられない、如何にも人の手が加わった音。

 僕達がそれに疑問を抱く前に、続いてその声は聞こえた。


「何故ここまで出しゃばって来た、君達……」

 僕達は咄嗟に振り向いた。

 その声の発生源は武器庫の棚の奥。

 武器と武器の隙間から、人の姿が垣間見える。

 それはゆっくりと、棚の終わり……僕達の視線が通る場所へと向かっていた。

 ……誰だ、と僕が問う暇を持たず。

 その人物は姿を現した。


 中身に見合わない少女の外套を背負って。

 長身のギルドマスター、ユークリッド・ミリアは、アーサー君を見るや否や、固まった。


「って何故君も居る……アーサー」

 その、剣聖アーサーを見る目はエラく尖っていた。

 殺意さえ籠っているんじゃ無いかと思えるその睨みは、アーサーの纏っている高度な偽装魔法ではなく、その奥のアーサー自身を捉えていた。

 加え、ちゃんと魔法に惑わされずアーサーと呼んだ所を見るに……ユークリッドも相当の実力者と言うことが伺える。


 ユークリッドは、一瞬アーサー君の体全体を見た後、横目で僕とモイラを一瞥し。

 それで色々状況を理解したのか、ユークリッドは迷わずアーサー君の元へ歩み寄り。

 先ほどのユークリッドの眼光によってどう対処して良いか分からなくなった、おちゃらけた方のアーサー君の頬を彼女は……。


 ───かなり強めにつねった。


「痛い痛い痛いです!ミリアさぁん!!!」

「……知るか。───それ以前にやはり君は裏闘技場に居たのだな。剣聖とあろう者が、そう易々とこんな裏社会に来て良いものなのか?……違うだろう?」

「でひゅけど!来ちゃったもんふぁ仕方無いじゃ無いでか!」

 頰を抓られているせいで、滑舌が終わってしまっているアーサー君。

 仲睦まじい会話に、僕とモイラがホッコリしていた時。


 抓られていたアーサー君の頬は、突然ユークリッドの暴力から解放された。


「……確かにそうだな。観客にはバレていない様だし。───で、君達は何しに?」

 そして、ユークリッドはこちらを見て来た。

 そのまま「君がアーサー君の知り合いらしいから」と答えても良いけど。

 ……一応僕、ユークリッドとは初対面なので。


「───そうだね。自己紹介も込みで、話そうか……ここじゃなんだし、もっと良い所でね」

 僕は、陰気で静か過ぎる武器庫を見渡した。

 ここは暗くて鉄臭い。

 とても話には向いて無い所だと推測したよ。

 それに、ユークリッドも同意するようで頷き。


「そうだな。確か君達も第四回戦を突破したと聞く。一応同じファイターのよしみだ、一旦の勝利を祝うついでに奢ってやる」


 ♦︎


 かくして、出待ちのお咎めもあまり無しに武器庫を後にした僕等。

 道中で色々と僕の自己紹介(虚偽を含め)をして話し合いの場、酒場についた。


 横では「サキュバスはいいなぁ!」と女性を囲んで悦んでいる変態ジジイやら。

 その横では「地上の闘技場管理者が、ロベリア様に調査を……」とか何とか言っている会話が、横の変態を無視して飛んでいる。


 色々とカオスな酒場だ。

 いやまあ、このごちゃ混ぜ感がザ・闘技場酒場って感じで普通にフィットしているのは否定できない。


 そんな所で、五人のファイターは円卓のテーブルを挟んで座り、其々それぞれ適当に飲み物を頼んだ。


 僕は、一応未成年では無いけどその見た目の所為で水となり。

 モイラも、酒は飲めなくも無いけど危ないのでオレンジジュース。

 アーサー君は、ユークリッドの勧めで何故か酒となり。

 ユークリッドは、瓶一杯の度数が濃いラム酒を頼んだ。


「ユークリッドは飲めそうで良いと思うけど……そのアーサー君が酒飲めるとは思わないんだけど……」

 僕は、アーサー君に酒を頼ませたユークリッドの選択に意を呈した。


 ……陰気な方のアーサー君はともかく、そのおちゃらけた、情に熱い後輩ヤンキーの様な人格のアーサー君が酒を飲めるとは……僕は思わない。

 色々と危険を察した僕の問いに、ユークリッドは笑い、


「フ、愚問。こっちの人格は知らんが、陰気な方が行けたんだから大丈夫であろう?」

 と、ドヤ顔で謎の超謎理論を展開して来た。


「いや、そのアーサー君と君の言うアーサー君は存在ごと違う訳で……両方とも酒に酔わないとは───」

 それに僕は反論をするが……。


「知るか。多分大丈夫だ!」

 遮り、そう言い切られてしまった。

 同時に、僕はこう思う。


(あ、この子人の話聞かないタイプだ)と。


 そう察してしまったので、僕は……諦めた。

 未だ心配は消えないが……。

 戦友と出会えたアーサー君が楽しそうだから、良いか。


 僕は、未だ頰の赤らみが消えないアーサー君を一瞥し、飲み物が来る間の暇を利用してユークリッドに聞いてみた。


「酒が入る前に質問なんだけど……」

「……何か?」

「───アーサー君と君って、どんな関係なんだい?」

「確かに!それモイラさんも聞きたい!」

「……答えない義理はないか。ならば答えよう……」


「──────あれは、魔王軍幹部残党の住処を探し当て、軍を率いて襲撃しようと言う所だった……」

 と、ユークリッドが長そうな回想に移ろうとしたので。僕は一応忠告。


「……長い回想はやめてよね」

「ぬ……分かった。少し省略するさ───」

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