第九十二話『──────リアンには、無能が多過ぎる』
「──────百年前、常世を悪で満たそうとした魔王が打ち倒されたのは知っているな?」
「ああ、アーサー君含む神術の三大勇者達が活躍した奴ね」
僕はそれに相槌を打った。
フェルナが作ったであろう人工知能から聞いた限りだと、確かそうだったから。
「……うむ。それはそうなんだが、それは───十数年前だったか。私が齢十一才の時、魔王軍幹部残党がリアンの山中にて未だ生き永らえていると言う情報が入ってね」
「周囲の反対を押し切って、私はその討伐軍に参加したんだ。勇者も参加すると聞いてね」
「───十一歳で魔王軍幹部残党、討伐軍に参加……?随分とやんちゃだったんだね、ユークリッドさんって」
「……あれがやんちゃで済ませられる物なら、
モイラの呟きに、アーサー君は何やら嫌な思い出を振り返るかの如く肉声を震わせた。
「────話を戻すぞ。そして、魔王軍幹部討伐軍の頭領を受け持った私は、援軍(尻拭い)として、遅れてやって来た剣聖とか言う
「『駆けつけるのが遅過ぎる、もう戦いは始まって居るぞ』とか『そもそも魔王軍幹部を取り逃がすこと自体が怠慢だ』とかな。陰気な方のアーサーは良かったが、こっちのアーサーは駄目だった……」
「何せ、こいつの座右の銘が『何事もゆっくりと』だったからな?今も変わらんが。それに、こいつの得意な槍術もあの時の私と比べ、大きく劣るものだった……だがそれは可笑しいだろう?」
「……こいつは仮にも勇者、勇者なのだぞ!?実に阿保だとは思わないかね!?」
熱弁するユークリッド。
それに感銘を受けたのかモイラは、
「確かにアーサー君、十一歳に負けるとか……」
アーサー君に向け、煽りの様な言葉責め。
「面目無いッス……」
それに本気で落ち込むアーサー君。
反論する事はせず……だ。
つまりは図星、かなり弱かったのは認めるそう。
しかも結構気落ちしている。
どれくらいユークリッドにシゴかれたのだろうか。
「そして──その剣聖、アーサーの怠慢たる実態に気付いた私は、急ぎ魔王軍幹部残党を他無能な兵に変わり、一人で討伐した」
「そして『
『───────────リアンには無能が多過ぎる、と』
「勇者と崇められた一角、剣聖ですらこうで、魔王軍幹部残党討伐の際に国から送られた兵達だって弱すぎた。一万集めても私の足元にすら及ばないほどにな」
「だから私はミリア家の主として『国の政治に付き合わない』事と引き換えに、リリアンのギルドマスターの座に就いた」
「……言っておくが私には教職は性格的に向いていない。ならギルドマスターになれば良いのでは、と思ってね」
……凄い行動力だね。
その『人を強くする』という気概は、一時代を築く人間が持つ特有のモノ。
少し道を間違えれば、それは自滅しかねない諸刃の剣になるけどね。
……それでもユークリッドは、成功する側の人間だった様だ。
「──────そこから私は、どんな奴でも『可能性があれば』
「───ここまでが、私と剣聖が歩んだ軌跡だ。暇つぶしになったかね?」
「うん!しかも分かりやすかった!」
それに、モイラが従順な幼生徒の様に笑って返した所で。
「……おおっと、そんな所で。タイミング良く飲み物がやって来たね」
♦︎
二名が水とジュース。
もう二名が酒。
僕とモイラはアルコールゼロの飲料水で喉を潤した。
……目の前にて繰り広げられているアーサーとユークリッドの奇行を眺めながら。
「プッハー。やはり酒は美味いな!アーサー!」
「ヒャ……ミリアさん、ヤッパリ俺酒無理ッスよ〜」
瓶一杯のラム酒を軽く飲み干したユークリッドの、その横。
ユークリッドに相槌を求められたアーサー君は酒に酔ってテーブルへもたれ掛かり、如何にも怠そうな表情を見せていた。
もう二人は、酒場に居る面倒そうな冒険者・ファイターの一例となっている。
そのウザそうな酒飲み達の会話を目の当たりにした、酒を飲めない僕達の感想。
「……何を見せられてるの、僕達は」
それは、この状況に対しての困惑そのものだった。
「……む」
─────そんな時、ユークリッドは突然冷静さを取り戻した。
左手で通信魔法の着信を確認したようで、彼女は突然席を立った。
「どうしたんッスか〜ミリアさぁ〜ん」
その行動に、酔ったアーサー君は理由を問うた。
それにユークリッドは踵を返しながら、
「……私をここに潜入させた依頼人からの呼び出しだ。場を乱す様で悪いが、ここで発つ。お代は奢っておくから心配せずに」
「うん。用があるなら止めはしない……けどさユークリッド。ちょっと一つだけ聞きたい事がある」
「……何だ?」
ユークリッドは去ろうとする足を止め、僕の質問に耳を傾ける姿勢を見せてくれた。
なので僕は気にせず、ずっと思っていた質問を飛ばした。
「──────聞く限り、君は有能な人材を見逃さない人間だ……なのにさ。何で君は僕を銀下位ランクに留めておいたんだい?君の様な人間からすると、僕が怪しいと言うのは明快だっただろう?」
僕の問いに、彼女は背中を向けたまま手を振り、
「フ。我が娘の愛いあまり……だ」
そのまま、凛々しい背中を向けたまま彼女は去って行った……。
それを見てただ一人、僕は安堵する様に笑った。
「剣聖を怖気付けさせる君と言う人間に、母の愛情が有って良かったよ……」
───そして、酒場には酔った勢いで騒ぐアーサー君の声が鳴り響く……。
「もう一杯ー!!」
「……やめた方が良いよ?」
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