第五十七話『地に伏す邪龍。それは因果の檻に囚われ……。』

 

「転移魔法ですか……想定外だったな」


「私だって、人質になって終わる人間じゃありません!」


「取るに足らない人間風情が、よくもまあ吠えてられるな」


 売り言葉に、買い言葉。


 以前人質を経験したガレーシャが、邪龍と相対する。


 ある意味の因縁を背負ったガレーシャは、二人の尖兵を背に謳う。


「良く吠える犬でも、負け犬になるかどうかは……分かりませんよ」


 上手く言葉を切り返したガレーシャ。


 雑言を糧に、彼女は創る。


『炎水蒸発魔法』


 ただの目眩ましだ。


 だがその魔法は、空を仰ぐ人型邪龍を一瞬で飲み込んだ。


「私を霧に包み、視界を奪う気ですか……」


 山中に揺らぎ、人を迷わせる死霧の様に。


 たった一刻で。


 それに、人型邪龍は銀を操作して振り払おうとしたが……。


「……こんな物、私の眷属けんぞくで……ッ!?使えない!?」


 ……動かなかった。


 今まで疲れ知らずだった銀が、全くもって動かない。


 銀は空中に留まるのみで、以前どんな命令を下しても……動かない。


 ……不動。


 そう思える程に、動きというものを忘れた眷属。


 その体表には、赤い稲妻が静かに走っていた。


「まさか……ッ!?まずい!」


 だがそれについて論議している暇は、邪龍には無い。


 それは閃光の様に。


 二人の尖兵。


 それは、霧内にて出ずる。


 邪龍は、光の如き速度で接近する僕達を追い切れず。


「……遅い」


「がは……ッ!!」


 僕とモイラの剣撃によって、撃ち落とされる。


 霧が晴れる頃には、既に邪龍は両翼をもがれ。


 ドサ。


 行く気なくした雌鶏めすどりの様に、邪龍は地に叩きつけられた。


 彼が居たはずの空には、創造神と僕が滞在する。


 立場逆転、と言うべきかな。


 そして、翼をもがれた哀れな邪龍は、屈辱と共に呟いた。


「私が眷属を盾にして、青い光の筋を防いだ時……創造神様の因果のかせを眷属に付与されたという事か……不覚を取った」


 悔しそうに、もがれた両翼をさする人型邪龍君。


 喪失感を味わっている邪龍に、モイラは得意げに語りかける。


「どう?私とユトの連携技は」


 すると、邪龍は逆に怪しく笑い。


「ああ、確かに効いたが……これくらいでは、私は折れない」


 瞬間。邪龍は。


 その圧倒的なまでの魔力を以って、両翼の再生を行い始めた。


「何ですかこの魔力の塊は……ッ!」


 ガレーシャは、その異常なまでの魔力量に仰け反った。


 黒い魔力の渦。


 それは邪龍を中心に、世界を狂わしていく。


 まるで、世界に上げる悪の号砲の様に。


 空間が、邪龍の邪な魔力に汚染されていく。


 世界の理を真っ向から破れそうな程の、強大で膨大な魔力。


 邪龍はそれの魔力を全て、両翼の再生の為に使った。



 ……だが、それでも。



「……ッ!?何故再生しないッ!」


 耳鳴りが起こるほどの魔力空間が出来ようとも……依然、両翼の再生が始まる事は無かった。


 再生に注がれた魔力は即刻霧散し、醜くもがれた両翼の再生を促す事を拒んだ。


 まるで、何かに遮られているかの様に。


 ただ両翼には『赤い稲妻』が走るのみだった。



 ……その稲妻は、いずれ邪龍の魔力の流れすらも止める。



 理解できない、と慌てふためく人型邪龍を前に、僕は煽る様に説明した。


「君が銀でビームを防いだ時、防げなかった物があったでしょ?」


 すると、邪龍はハッと思い出す様に目を泳がせた。


(あの左翼……)


「だが、かすっただけだぞ!?」


 創造神は笑う。


「……それで充分なんだよ。創造神、モイラさんにはね」


 邪龍の困惑に、モイラは不敵の表情で介入した。


 その手には、静かに赤い稲妻が走り。


 只々、邪龍の醜い姿を笑っている様だった。


「……くっ」


 ギリギリ、と歯ぎしりしながら、邪龍は察した。


 あれは超常を超えた、本物の因果の操作だと。


 モイラの持つ因果剣リアリティ・アルターには、それが出来ると。


 因果の、赤い稲妻。


 邪龍は知っていた。



 ……いや、知っていたからこそ、その御技を理解出来なかった。



 どこまで出来るのか。


 どこまで因果を、現実を操作出来るのかと。


 人型邪龍という老練な魔族だとしても、その本質を理解するには莫大な時間が伴う。


 つまり、勉強不足だったと言うわけだ。


 残念だったね、邪龍君。


 そして……悔しそうな邪龍君に言っておくけど。



 ……一対一の戦いなら、モイラは僕より強い。




「ちゃんと力関係を学ぶべきだったね……邪龍君。モイラは馬鹿でも、やる時はやるんだよ」


「……」


 顔を曇らせる邪龍君。


 完全に戦意喪失してそうな顔だったので、僕は告げた。


「じゃさ。答え合わせしようよ……『全て』を」

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