第四十三話『未だ解決せぬ問題』

 

 熱く滾る水銀の様な魔法が室内中に散乱する。


 放たれる銀は、近辺を陽炎で揺らす程の熱気を放っていた。


「……随分殺気立ってるね」


 僕はガレーシャの安全を確保する為、口で邪龍君をなだめる様に言い放つ。


「油断はしないタチでしてね」


 そう睨みを返す彼の目は、依然冷静さを保っていた。


 瞬間、彼の意思で空間に散乱する銀は鋭利な針と化す。


 本気で油断しない気ね……おぉ、怖い怖い。


「じゃあそのままで良いけどさ……ちょっと質問いいかな?」


 僕は交渉する様に、目の前の針は二の次で邪龍君に語りかける。


 その真の目的は、ガレーシャに気を向かせない為。


 僕はいつものポーカーフェイスで邪龍君の顔を笑いながら覗き込んだ。


「良いだろう……だが、下手な行動を取ったら……」


「わかってるよ」


 彼がガレーシャへの拘束を強めたのを確認し、僕は呆れた様に軽く手を振った。


(やはり油断しないか)


 僕は仮面の裏で愚痴をこぼしつつも、手を振るために上げた右手から、ある書物を召喚する。


 それは、以前書斎で見つけた、邪龍君の日記だった。


「これ、分かるかな?」


 僕は、本人確認の意思も込めて邪龍君に視線を送った。


「……私の日記だな。やはり発見したか」


「で、そこなんだけど……」


 彼は日記を見て相槌の視線を溢したので、僕はそれを確認して日記を開く。


 そしてあるページで止め、邪龍君にも見える様に広々と開いた。


「これ」


 僕はそのページに書かれている、あるワードを指差した。


「ここに書かれてる『あの方』と『相棒』って誰のことかな?」


「それ、私も気になってたやつだ」


 横でモイラの相槌が飛んでくるが、僕が聞いてるのは邪龍君の方だ。無視しておいた。


 少しの静寂の後、彼は軽く瞼を閉じ、ゆっくりと赤眼を見せながら言った。


「残念ながら、教えられないな……そもそもそれについて口を開いたら、貴様の観察眼にて、嘘を吐いても真実を告げても見破られるだろう?」


 ……良い判断だこと。


 僕はポーカーフェイスの下で軽く舌打ちした。


 元々君が口を滑らせるのが狙いだったのに……これだから経験を積んだ魔物はずる賢くて嫌いなんだ。


「よく分かったね。魔物の癖に人を見る才能は有るんだね」


 貶す様に、皮肉の如く飛ばされたその言葉に裏表はない。僕の本心の表れだ。


「……ふん」


 つまりの悪口に彼はそっぽを向いて答えた。案外効いたのか、とかは分からないけど。


「でもね、聞きたいことはまだ有るんだけど……付き合ってくれるかな?」


「……これで最後だ。答えるか答えないかは私が決めるが」


 付き合ってくれるのね。


 案外邪龍君良い子説を僕は推したくなってきた。


 僕は日記を閉じ、焼き払う。


 横から聞こえるモイラの「勿体ない……」という言葉を気にせず、僕は聞く。


「じゃあ、聞くけど……君達は何故ここに居るんだい?」


 邪龍君は、今までとは断然大きい殺気を身に纏いながら、赤眼の眼光を飛ばした。


 そして憤慨し、感情を爆発させる様に彼は告げた。


「貴様らを抹殺する為だ……あの方の為にな」


 彼は嘘を吐いていない。本心からくる純粋な殺意だ。


 ……だが、その殺意は借り物だと気付いた。


 そこに自分の意思は介在していないみたいなのだ。肉親などを殺された子供などが持つドロドロの殺意では無く、彼の殺意は少し希薄された様な感じ。


 恐らくだけどその殺意は『あの方』から貰ったモノなのかな。


 それでも、圧倒される程の殺意……感服するよ。


 どれだけ忠誠心が強いんだろうか。


「ある種の殺戮マシーンみたいだね。君の様な強力な魔族である人型邪龍が軍門に下るとは、どれだけ『あの方』と言うのは強いのかな?」


 すると邪龍君はさっきまでの殺気を嘘の様に引っ込め、冷静さを取り戻してから、僕の煽りにも近い言葉に答えてきた。


「今の貴様が知るべき事ではない……古代兵器を破壊しようとしている今は」


「……まるで、僕達の古代兵器破壊を阻止したいみたいな言い草だね」


「どう捉えるかは貴様等次第だ」


 相手の揚げ足を取る様に、話のマウントを取ろうとしている僕達。


 既に双方の間には、険悪なムードが漂っていた。


 ……まあ、今までもそうだったんだけど。


 僕は一触即発の雰囲気を感じ、最後通告を告げる。


「なら最後に言うけど……」


 僕は深く息を吸い込む。


「君達って、僕達に害を成す存在で良いんだよね?」


 僕の撫でる様な視線が邪龍君に突き刺さる。


 彼はもう無視出来ない。


「そうだな……残念ながら君達とは和解も、話し合いも出来ない」


「みたいだね……悪役さん」


「……あ、やるの?」


 横の創造神の困惑と共に、僕は忠節無心カラクリキコウをナイフに変えた。


 モイラも再び因果剣リアリティ・アルターを抜き、戦闘準備。


 僕達の前にある銀の針は案外関係ない。


 僕とモイラは足に力を込める。


 ……と、その時に。


 人型邪龍君が嗤った。


「まさか。人質を忘れてるんじゃないかね?」


 邪龍はガレーシャの細首を腕で更に締め、その存在を誇示させた。


「……」


 僕達の表情が濁る。


 無言の表情で彼を見つめる僕達の足にはもう、力が失われていた。


「やっぱり、邪龍君は悪役だね」


 そう言ったモイラは因果剣リアリティ・アルターを強く握り締め、彼の底意地悪い表情を睨む。


「油断はしない、と言ったはずだが?」


「……はあ」

 僕の口からは溜息が溢れ出る。


「で、邪龍君はガレーシャちゃんを人質に取って何をしたいの?」


 モイラの問い。


 すると邪龍は魔族らしく笑い、


「そうだな……この娘の命と引き換えに、死んでくれるか?」


 彼は銀の針を僕達の首筋に向け、僕達の立っている床を沈めていく。


「……くっ」


 僕達は動けない。彼が少しでも力を込めれば、ガレーシャが死んでしまうから。


 少しでも僕達が動く素ぶりを見せたのなら、ガレーシャの首は、ポキって、折れる。


「君は、やはりこの空間を操れるんだね」


 僕は、社長室の床が下降式エレベーターの様に沈んでいくのを見て、足掻く様に呟く。


 ゆっくりと。ゆっくりと沈んで行く床。


 下がっていく足場の中に向け、邪龍君の声が鳴る。


「そう。このまま貴様等には圧死してもらうぞ」


 それと聞いて暴れるガレーシャ。


 だが、首元にナイフを突きつけられた事により、安静にならざるを得なくなった。


「……僕達が死ねば、ガレーシャは助けてくれるんだよね?」


 僕は死を悟った人間の様に言った。


「そうだ」


 僕はその言葉に軽く目を閉じ、仮面の下で軽く笑った。


(……ま。簡単に死ぬ気は無いけどね)


 その間、どんどんと下がっていく足場。


 邪龍君の体が僕から見て完全に隠れた辺りで、彼は嘲笑うかのように言い放った。


「……まあ、それは嘘だが」


 瞬間、彼のナイフが僕の気配の中で揺らぐのを感じた。


 殺す気だ。ガレーシャも。



 ーーそして、僕の中でプツン、と何かの線が切れるのを感じた。



 瞬間、僕は飛んだ。地面を割る勢いで。


 そして、僕は銀の針なんぞを全て粉砕する。


 次に、僕は攫った。ガレーシャをも殺そうとしている人型邪龍クズ野郎を。


 その速さは、光速をも超える。


 目に映らない速さで、僕は猛り憤怒する様に全く見せた事ない異常な形相の中、邪龍の首筋を掴み攫い。


「がは……ッ!!?」


 地面を粉々にする勢いで、光速を維持したまま、右手でこいつの首筋を叩きつけた。


 残った左手にはナイフに変えた忠節無心カラクリキコウ


 それを邪龍の首筋に当て、僕は今まで全く出した事ない殺気を邪龍に向け、赤く、光る赤眼を見せながら、唸る様に威嚇した。


「お前、本気で仲間を殺そうとしたよな……僕の前で仲間を殺させない……ッ!」


 こいつは……やはり屑だ。ならば、僕は躊躇なく……。


 僕はグリグリと邪龍の首を割れた地面に押し付けていく。


 邪龍なんぞの筋力では到底勝てない、圧倒的な筋力で僕は、殺すつもりで邪龍を嬲る。


「がっ……き……記憶しておくよ」


 メキメキとなる首から掠れた呻き声を上げながら、邪龍は薄っぺらい余裕を浮かべる。


 そんなのどうでも良い、と腕の力を強めた瞬間、手の中から消える邪龍。


 勢い余って地面は更に粉砕される。


 細かな木片と化した床。破壊したのは僕の剛腕。


 クレータの様に削れた床の真ん中にいる僕は、既に右横に移動していた邪龍を鬼の形相と、光る赤眼で睨む。


 空間をげる程の異常な殺気を被る邪龍は、痛がる様に首筋を抑え、社長室の壁へと後退していく。


 その額には、僕の殺気による冷や汗が流れている。


 そして、邪龍は焦る様に口を開く。


「ここで私は退散するとしよう……」


「待て」


 僕は止めるために忠節無心カラクリキコウを投げた。



 ……が、その投擲は、壁に深くめり込むだけで終わった。



「ちっ」


 壁が割れる轟音と共に消えていく邪龍の体。


 霞の様に消えていった邪龍。


 数十メートルまで、レンガの壁に深くめり込んだ忠節無心カラクリキコウ


 壁からは異常な量のレンガが飛び散るが、やはりそこには邪龍の姿はない。



 瞬間、スピーカーからの音声の様に社長室中に鳴り響く邪龍の声。



「貴様らに良い事を教えてやろう……貴様等は閉じ込められているぞ」



「どういう事だ?」


 僕はまだ抑えきれない殺気を放ったまま、口を悪くして聞き返す。


「ふっ……いずれ分かるさ……」


 一瞬の間を置いた後、邪龍は続けて言った。



「ーーー魔族共の命は我等の手中に。我等の命はあの方の任と共に……籠の鳥がいつか死ぬ運命を、我らは願おう……」



 ……そう、捨て台詞の様に邪龍は告げ、去っていった。


 静寂が漂う社長室の中で、僕はやっとの平静を取り戻す。


「……大丈夫ですか?」


 背後から聞こえてきたガレーシャの心配そうな声。


 それに振り返り、送った僕の笑顔にはもう、さっきまでの殺気がかき消えていた。


 そして僕の光る赤眼も同様に。


 最初からそんなもの無かったかの如く、元の眼色に戻っていた。


「大丈夫……というかガレーシャが一番心配だよ」


 僕は、ガレーシャの体に傷一つ無い事を確認していた……が、内面的な傷が無い事までは分からない。


「心配無用です!元気ですよ!」


「……良かった」

 僕は安堵の表情を溢す。


 同刻、モイラがガレーシャの背中から登場。


 一瞬だけ、僕の顔を見て同情の表情を見せた気がするけど、それは疑問ごと彼女の笑顔によって掻き消えた。


「本当、良かったよー。ガレーシャちゃんが死んじゃったら、私悲しいからね……あとユトも、有難うね」


「どういたしまして」


 僕の口から出たのは、既視感ある言葉。


「……なんだかさっきの邪龍さんみたいですね」


 そう。これは邪龍の言葉だ。


 邪龍君は、今すぐ殺したい程に恨んではいるけど、ユーモアは大事だ。


 まあこの殺意も、明日になれば自然消滅するだろうけどね。



 ……だって殺意や怨念は人を鈍らせる。



 殺意を持つのは、戦いの時だけで良いからね。


 僕は、横の壁に深く突き刺さった忠節無心カラクリキコウを引き寄せ、奥の壊れた木製の扉から垣間見える、壊れた転送魔法機械を見詰めながら、呟いた。


「まあ、しのごの言わずに、ここから出るのが先決だね」


「ね。閉じ込められてる、とも言ってたからね……」


 モイラは同じく魔法機械を見ながら、さっきの邪竜の言葉を思い出しながら言った。


「でも、魔法機械くらいなら簡単に修理できますよね?」


「……確かに、そうなんだけど……多分邪龍君はあれとは別の事を言ってる気がするんだよねー」


 ガレーシャの問いに、モイラは唸るように呟いた。


「収穫も無かったし、邪龍君にも逃げられたし……閉じ込められてるってなると……死力を尽くしてでも出るべきだよね」


 僕は、自分の攻撃によって粉々になった社長机や社長室の床や壁を見ながら、やり過ぎた……と自責する。



 ……でも、自責の念に駆られている暇では無かった事に気付く。



「そうですね。謎はまだ解決していません」


 そうなのだ。まだ僕達の疑問が解決したわけじゃないんだ。


 まだ、僕らには知りたい事が山ほどある。



 ーーここで、僕らは封殺されてやる義理なんて、有るはずも無い。











これで第1章は終了です!


続いての第2章は、今月の三十一日『19;00』に更新します。


更新せず、空いた二十九日の更新日には、キャラクターや、世界設定などの解説を入れた物を更新させていただきます。

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