第二章

第四十四話『閉鎖空間からの脱出作戦』

 

 人型邪竜。


 それは、多くの謎を残したまま消え去った。


 ただ一つ、残して行ったのは……「閉じ込められている」と言う言葉だけ。


 やだなぁ……。ここから推理小説みたいな脱出劇は、面倒臭いから嫌なんだけど。


 とか思いながら僕は転送用魔法機械の容体確認中だ。


「……まあ、やっぱり大破してるけど、これなら……」


 魔法機械というものは、やはり繊細なものだ。


 科学で作られた機械の様に、変に落としたり叩いたりしたら、直ぐに不具合を起こす。


 まあ、この場合は完全に大破しちゃってるから不具合なんて関係なしに、リサイクル屋さんに送るのが正解なんだけどね。


 でも残念ながら、ここにはリサイクル屋さんなんて無いから、自力で修理しないと行けないけど。



 うーむ……この機械を弄ってて分かったけど、これ結構単純な作りしてるんだね。



 確かに、魔法機械の回路は複雑だ。


 でも、回路が結構簡略化されている所為で、見る所が少なくなって有難い。


 黒焦げになって一部壊れてはいるけど……それを僕の経験と知識、技術によって修復及び改変する。


 僕は特殊な魔力を魔法機械に流し込み、どんどん魔法機械の修理をしていく。


 この魔力は時間回帰性のある、僕独自の魔力。


 それは、たった一秒足らずで修復を完了させ……。


 パリン、といった魔力が割れる音と共に、魔法機械が露出する。


「……はい終わり。安全性もバッチリ、機械を少し改造したお陰でモイラの様にはもう行かないよ」


 ん?とモイラが反論する。


「いやだからあれは私が悪いんじゃなくてーー」


「はいはい。行こうね、ガレーシャも」


「え、ちょっと……」


 僕はモイラの言い訳とガレーシャの狼狽うろたえを無視し、二人ごと魔法機械に連れ出した。


 この魔法機械は以前とは違い、複数人の同時転送が可能になってる。手を繋いでいるだけで一緒に行けるよ。


 僕が魔法機械を魔改造したお陰だね。


 後ろのモイラとガレーシャの意見を僕は黙殺し、堂々と気にせず転送用魔法機械を起動した。


 シュン、と。


 転送された先は、五十一階。


 そう。六十一階にあった書斎の転送用魔法機械の元でなく、そこから十階も下がった場所に転送されたんだ。


 最も、僕がそうなる様に改造したんだけどね。


 だってさ……消えた六十二階のあの門を忠節無心カラクリキコウで再現して、そこからまた階層を下がらないと行けないんだから……面倒臭いんだよね。


 そんな体力を摩耗する様な行動する位なら、人型邪竜君自らが用意してくれた近道を使って、楽して出るべきだよね。



 ……その代わり、片道だけど。



 僕は転送されてきた場所に、何処にも転送用魔法機械が無い事を軽く確認する。


 つまり、転送用魔法機械は僕達を送る場所……座標を指定し、転送しただけで、本体が丸々付いてくるという訳じゃ無いんだよ。


 まあ片道だとしても今までの階層に後悔や、やり残しなんて無いから良いんだけど。


「ほら、着いたから帰るよ」


「本当に一瞬ですね……。というか、あの一瞬での据え置き型魔法機械の完全修理に飽き足らず、どうやって機能をここまでに引き上げられたんですか?」


「ご自分で考えなさーい」


 僕は突き放す様に答えるが、その後直ぐに映った目の前の光景に絶句する。


「……あーら。そういう事ね。閉じ込められてるって」


「あー。私も分かった」


「……ですね。理解しました」


 ええ……と引き気味に飛ばされるコメント達。


 絶望し、察した様に呟く僕達の視線の行く先は……。


 僕達が一番最初に五十一階に入った時に使った扉。



 ーーが、あった筈の壁に、扉らしい扉が全く無い事だった。



 五十階への扉は無くなり、残されたのは白亜の壁。


 扉という存在自体無くなって、そのまま忘れ去られた位の自然さを醸し出している。


 初めから、そんなもの無かったかのように。


 僕は溜息を吐いた。


 その理由。


 ……以前、僕達が六十二階まで探索してきて、この消えた扉以外、空間からの脱出手段は無かったから。


 つまり、唯一の脱出手段を絶たれたんだ。


 いつからだ……?と記憶を探ろうとするが、そんな事は考えても意味がなかった。


「どうしようか……」


 僕は珍しく悩んだ。


 忠節無心カラクリキコウで扉を作ろうとも、五十一階と五十階への間には特殊な障壁が邪魔していて、ちょっと辛い。


 そもそもの事、五十一階からは、事象操作魔術によって作られた魔法異次元空間が使われてて、変な風に空間を破壊すると……この空間はどんな世界からも孤立する事になる。


 まるで、外から鍵をかけられた部屋のように。



 ……僕は、結果を悟りながらも空間の解析を重ねた。



 その結果、分かった事にやはり僕は深い息を溢してしまう。


「……やっぱりか」


「何か分かったんですか?」


「まあね……この空間から出られる方法が」


「本当ですか!?」


 朗報の様に喜ぶガレーシャの雰囲気に飲まれず、僕は嫌悪の表情を出しながら言った。


「ちょっと荒々しい手段にはなるけど……良い?」


「出られるんだったら、荒々しくても良いよー」


「私も、モイラさんと同じです……ここで封殺されるのは流石にプライドが」


 ……モイラと同じくお気楽そうなガレーシャにもプライドってあったんだね。


 まあ、一応貴族だから仕方ないか。


 僕もガレーシャが抱く、やり切れない気持ちについては共感できる。


 ……ちょっと嫌だけど、しゃーない。


 だから、僕は肯定した。


「………決まりみたいだね。じゃあ、説明するよ」



 ♦︎



 ……僕は扉があったはずの壁をさすりながら、分かりやすく説明に移った。


「ここが魔法異次元空間と言うことは皆知ってるだろうけど、一つの空間に圧縮した空間を詰め込む、という性質上、壊して出るのには危険が伴う」


「……普通の魔法異次元空間の場合、先ほどの転送用魔法機械とかを使えば脱出出来るんだけど……これの場合、魔法と事象操作を組み込んで事象操作魔術と化してるから、それではもう出られない様になってる」


 僕は説明中に観衆の二人の顔を伺い、熱心に聞いてくれていることに、陰ながら安堵する。


 モイラはあの顔からしてあまり理解できていなさそうだけど。


 まあ気にせず僕は説明に戻った。


「でも、破壊しようにも危険が伴い、転送用魔法機械やらでも出ることは出来ない……となると、無理矢理にでも出るしか無いんだよね」


「……つまり、魔法異次元空間を破壊して出る手法を取る、という事ですか?」


 ガレーシャの簡潔なまとめに僕は頷き、


「そうだね……でもさっき言った通り、空間を破壊するには危険を伴う。間違ったら、この空間が世界から孤立するし、更に間違うと体がバラバラに引き裂かれる」


「だから、出来るだけ被害を抑えられる所を破壊するべき……として一番破壊しても被害が少なそうな場所を探してみた結果、見つけたのが……」


 僕はさっきまでさすっていた、扉があった部分の壁を合図の様に軽く叩いた。


「ここ。以前五十階までの通路があった所。ここが一番出られる可能性がある所だった」


「……確かに。かつて出口だったそこを叩けば行けるかも知れませんが……それでも危険が」


「そうだね。ガレーシャの言う通り……確かに危険はある。けど僕達は抗える時間があるんだ。しかも、どんな時だって目的に向かって行かなきゃ、そもそも結果なんて生まれないでしょ?」


 僕が名言ぽいことを言い切った後に、モイラの呟きが入る。


「でもどうやって出るの?もしかして無理矢理外の世界への扉を作るとか?……まあ、ユトがそんな自殺行為する訳ーー」


「……よく分かったね」


「……え?」


「いやだから、今からそれするの」


「……え?」


 困惑し続けるモイラ。


 既に会話のキャッチボールは出来ず、僕の言葉の全力投球のみが遙か空を行く。


 モイラ状況を未だに理解出来てないみたい。ぽけぇーっとなって、思考放棄中だ。


 会話という概念が僕の予想外な言葉に打ち消されている中、その横のガレーシャは取り乱しながら僕の手を握った。


「正気ですか!?他人の魔力、しかも事象操作魔術によって作られた空間に、赤の他人が扉を作るなんて、何が起こるか分かりません!自殺行為ですよ!?」


 帰ってきたのは……案の定の、猛反対だ。


 こうも反発されると、僕が悪いみたいじゃないか。



 ……でもね。



「それが、どうしたの?」


 ーーが、僕の決意の表情は、それでも揺らぎはしなかった。

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