第三十五話『忠節無心『カラクリキコウ』』

 

 ガレーシャが放出した小さき魔力が収束したその時。


 ついぞその魔力は白色の塊として魔石の上に鎮座する。


「……ねずみ?」


 その塊は丸い耳に、顔から飛び跳ねる毛や細い尻尾を有した、シルエットだけだが、見ただけで鼠だと分かる、魔力の塊だった。


 実際の鼠の様にそれは小さく、ほぼ実寸大。


 そして、それは意思を持ったかの様に動いている。


「……ガレーシャがやってるんじゃ無いよね?」


「いいえ、全くの予想外です……」


 僕の問いに、ガレーシャは汗を拭き取りながら目の前の光景に唖然としていた。


 そんな会話の間を突き抜け、その魔力の塊は突き進む。


「何処へーーー」


 ……そして、部屋の中心へと塊が至った瞬間に、鼠は飛ぶ。


 するとその塊は、水面に飛び込むかのように波紋を空中に残しながら……消えた。



 ーーーだが、衝撃を残すだけには飽き足らず、その波紋は堅硬な門と様変わりした。



「……門は近くにあるって、こう言うことだったのね」


 流石に予想外な出来事に、僕は感嘆する様に呟いた。


「門出来ちゃったけど……行く?」


「……行くしか無さそうですね」


 モイラとガレーシャは行く気の様だ。


 ……罠の可能性があるけど、この際仕方ないか。


「物は試しって事ね……行こう」


 僕は門へと歩み寄り、全員に再確認した。


「皆準備出来てる?」


「……勿論」


 彼女達の得意げな表情と共に、僕はその門を開いた。



 ーーその先に有ったものは。


 苔むした岩壁、綺麗な清流、崩れた天井から刺す日光が光る、緑の配色が多い、遺跡の様な場所だった。


 ……要するに、六十階序盤の風景だったという事だ。


「……もしかして僕たちは最初に戻って来たのかい?」


「そんな事は無い筈ですが……」


 僕等はその光景に困惑する。


 僕は状況を理解するために熟考した。


 連続的空間回帰現象(つまりループ)かと思えば、以前と比べて入り口付近の構造が違うし……。


 かと言って違う部屋となると、構造が似過ぎているし……。


 僕が答えを出せずにいると、いつのまにか消えていたモイラが何処かから帰ってきた。


「表記見てみたけど……ここ六十一階みたいだよ」


「六十一階ですか!?」


 それを聞いて、僕はやっと思考に見切りをつけられた。


「もしかして、六十階の複製元はこれなのかも。それだと、風景が一致するのにも説明が付く」


「……でも、ちょっと違う所があるんだけど」


 モイラもやっぱり、若干の風景の違いに気付いたみたい。


「恐らくそれはですね……」


 でも、僕が説明する前に、気付いたらガレーシャが台詞を掻っ攫っていた。


「六十一階となるこの空間を術師は複製し、改変。そして六十階に貼り付けしたんでしょう。理由は分かりませんが」


「ほー!そうなんだね!」


 ガレーシャの説明は、実際完璧なものだったので、僕は何も言いはしなかった。


 でも、僕は説明を感心する様に聞くモイラを見て……なんであんた創造神なのにこの程度の事分かんないの?って、言いかけたけどね。


「で、僕達はこの門から六十一階にやってきたって訳だ」


「運が良かったですね。結構早くに上への入り口を見つけられて」


「そうだね!」


 その言葉に僕は顔を静かに蹙めた。


(結構早く……ね。三時間は経ってるのにこの子達、感覚が狂ってるんじゃないか?)


「ねえ行ってみようよ!これ行ったらもう最上階だよ!」


 だがそんな不満も、モイラの笑顔によって取り払われた。


「……そうだね」


 モイラが元気に走り回る姿を見て、僕等は六十一階探索へと踏み入る。



 ーーそして、今度は背後の門が勢いよく閉じ、消えるのを、僕は見逃さなかった。



 ♦︎



 六十階への門は消えた。だけども、気にすることでも無い。


 出れなければ、僕の忠節無心で、強制的に門を作り出すだけだからね。



 ……そんな事を思いながら今回は、僕が先導している。



 だが、行く先々は全て……罠しかない。


 罠を抜けたら罠……みたいな密集具合。


 その罠の密度に、段々と僕の怒りは溜まっていった。


 そして遂に。


「本当にうざいね。いっそのことぶっ壊してしまおうか」


 僕は強く拳を握る。


 静かな怒りが、この空間に対してぶつけられる瞬間だ。


「駄目!情報も壊しちゃうかもしれないでしょ!」


「モイラさんの言う通りです!そんなことしたら、私達も一緒に死んじゃいますよ!?」


 ……意外と冗談のつもりで言ったんだけど、そんなにマジギレされるとは。


「……はいはい」


 僕が不機嫌ながらも納得した事に、ホッと胸を撫で下ろす二人。


 そこで僕はヘラヘラとした表情を投げ捨てて、怪しく笑った。


「ーーけど、知るくらいはいいでしょ」


「……え?」


 その彼女達の、意表を突かれた様な表情を横に、僕は続けて呟く。


「『ーー出でよ。忠節無心カラクリキコウ』」


 そして僕の手の上に出てくる、四角い黒色の物体。これが忠節無心カラクリキコウの初期状態。



 ……先に言っておくけど、屍の物体戦で使った僕の相棒、忠節無心カラクリキコウって、ただ目標を切るだけの道具じゃないのを分かって欲しい。



 ーーー願えば、どんな事もやってくれる……いい子なんだよ。



「僕が告げる要望はたった一つ……」



「ーーー探り、見せよ。構造……全てを」


 そしてその物体は、光と成る。

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