第二十四話『爆ぜる最期』

 

 モイラは魔剣を振るった。



 あれは因果剣リアリティ・アルターでなく、ただモイラが召喚した剣だ。


 だが、あれでも簡単に人は殺せる。


 今まで手を抜いて攻撃しなかった彼女が、その剣を今、やっと人に向けて振るったんだ。


 ……だけど、あれを振るうと言う事は……さっき言った事になるかもと言う事だろう。


 良いのかね、それでモイラは。


「!!?」


 花の魔人は、突然のモイラの反撃に驚いている。


 ……だけど、既に遅い。


 モイラの魔剣から放たれた刃は、舞い落ちる花びらを焼き切って、もう避けれない程の近さにまで接近していた。


 自分の発生させた事象操作による花びらの所為で、視界を狭めていた……墓穴を掘ってしまった様だね。


 ……もう花の魔人はあの攻撃を避けられない。


 赤い閃光の様に走る、飛ぶ斬撃は既に彼女の腹近くに位置していた。


「……くっ」


 次の瞬間。


 その刃は、彼女の腹を通り抜けていた。


 切られた感覚もない、血すら出てこない。


 ただ何か、通り抜けた時に感じた……頭がフワッと浮く感覚。


 それだけを残して、その刃は花の魔人の腹を通り抜けた後に霧散していた。


 攻撃失敗か?と花の魔人は推測し、その腹をさする。


 ……だがその時。


「……ッ!?」


 思い出したかの様に、彼女は、頭が焼き切れる様な痛みと共に……倒れた。


 痛みの源は腹ではなく、何故か頭だった。


 だが、痛みは一瞬で、瞬間的に彼女の意識は途絶えたのだ。



 ……勝負は決した。モイラの勝ちだ。



 僕は、花の魔人が倒れた時に舞い散った花びらを見て、保護結界を解いた。


 あの花々は、今まで飛び散った花々の中でも、一番綺麗な散り方をした。


 それと同時に、悲しい一撃でもあった。


 モイラは僕達に背を向けている。


 僕は戦いを見ていた身として、モイラに言った。


「終わったのかい?全て」

 モイラは遅く振り返った。


 その顔は泣き顔だった。


 丘の中腹で、僕達にその涙ぐんだその顔を見せながら、ぎこちなくモイラは笑っていた。


 そのまま、モイラは何も言わなかった。言葉を発するのも辛いのだろうか。


「……そうなんだね」


 それを僕は察し、久し振りに優しい笑顔で返してあげた。


「……うん」


 モイラが涙を拭き取っている時に、僕はふと、花の魔人が倒れた丘を見つめる。



 ……動く様子もない。



 僕はその理由も、モイラが泣いている理由も分かる。だから深くまで聞く事はしなかった。


 ガレーシャは困惑してる様だけど、説明はしない。察して。


 そして僕は丘を登り、花の魔人の様子をモイラ達と共に観察した。


「……まあ、そうだよね」


 僕はそう軽く告げた。


「モイラの魔法によって倒れた時に、強く頭を打ったみたいだ。気絶してるよ」


「でも、起きたらまた私達に刃を向けてくる……」


「そうだね。……うーわ。この子気絶したら、勝手に自爆魔法が発動する様になってるよ」


 僕はモイラの言葉に納得しながら、見て分かった事を簡単に告げた。


「……え?じゃあここに居るのって……結構まずくないですか?」

 それにガレーシャは少し焦りながら僕の顔を見て、ぎこちなく言った。


「まあ、一応爆破を遅らせる事だけは出来るけど、自爆阻止は古代の術式で出来ていて解読不可能だから……無理だね」


「つまり、自爆する前に逃げろって事だよ!」

 そしてモイラは僕の話に被せる様に言った。さっきまでの泣きっ面は何処へやら。


 だけど、言ってる事は正しい。


 だから僕達は丘から逃げる様に駆け下りた。


 目指すは、次への通路へと繋がる、僕達が入ってきた入り口とは真逆の、花の魔人が背にして守っていた所。



 ……この空間は案外、見た目よりも圧倒的に狭いんだ。


 恐らく端から端まで、百メートルも無いだろうね。


 それは高さにも言える事。この空間は正方形の形をしてる。


 中心に丘があって、前と奥に通路があると言う事だね。


 ……まあ、さっき来た通路は引っ込んだのか戻れもしない。


 なら、行くべき所は一つ、と言う事でここに来ている。


 それは、さっきの様に変わり映えのしない花畑の上。後ろには過ぎた丘がある。


 丘を降り切って、先頭を走っていた僕は足を止める。


「……どうしたんですか?爆発しちゃいますよ?」


 ガレーシャが、予想通りに聞いてきた。


 恐らくガレーシャは、このまま草原を走っていたら爆発を逃れられると思ってるんだろうね、やっぱり。


 ガレーシャはこの空間が案外見掛け倒しに狭いとは思ってはいないみたい。


 だから、僕は何も知らない子供を指導する様な心構えで、前に、真っ直ぐ右手を伸ばした。


 すると、静かな水面に水滴が落ちる様に。



 ……空間には、静かに波が走った。



「……え?」

 ガレーシャはその光景に、本当に驚いている様だ。声がまったく出ていない。


 古代遺跡のハイテクノロジーを見て、ガレーシャが驚くのも無理はない。


 だって、僕の右腕が突っ込まれ、水面が走る空間の奥には、僕の右腕の半分がない様に見えるのだから。


 ガレーシャは肘から前の腕が切断された様に見えるその光景を見て、呆気にとられているみたい。


「……じゃあ」


 まあ、そんなガレーシャの驚愕の顔を楽しみつつ、僕はその水面が走る空間の壁へと身を入れた。


 そこはただ一つの、先に行くために残された通路。


 僕は軽くモイラ達に見えるように水面から手だけ出して、手招きで誘った。


「じゃあ私も」

 そう言って、モイラも水面に入った。


 残されたのはガレーシャだけ。


「え、ちょっと……」


 彼女は困惑し、思い出すように咄嗟に後ろに振り返った。


 その視線の先には、倒れた花の魔人。


 ……あの人は魔法で死んでしまうんだ。止められない。


 と思っていたガレーシャ。


 助けられないことに悲愴感を感じるも、それをどうにかしようと助けに行ったら自分の命が失われてしまう事を覚え、葛藤する。


 だが猶予を与えずに、間髪入れず。



 ーーーー彼女の瞳に、爆ぜる光がチラついた。



「!!?」


 それは灰になった花々を運び、身を焦がすかのような熱風を届けてきた。



 ……それと同時に、霧散して行く魔力も確認した。花の魔人のものだ。自爆魔法が発動した様だ。


 だが、その爆発を見届けるよりも早く、彼女の体は水面に引きずり込まれていた。


 引きずり込んだのは僕だ。



 ……こんなところで死なれては困るし、利用出来ないからね。


「危なかった。ガレーシャ大丈夫……ってこれは……?」


 そして直ぐ、僕はガレーシャの引き上げを完了した後に、その光景を目にした。

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