第二十三話『全身全霊をかけた攻撃』

 

 モイラは、あの攻撃を……殺意と感情が篭ったあの攻撃を、真っ向から受ける気だ。


 ……身一つで。防御も取らず。


 無謀だ。どんな観点から見ても、あの攻撃はまずい。


 幾らモイラだとしても、無傷では済まないだろう。


 あの事象操作は、彼女が五億年間貯めた魔力を全て注ぎ込んで出来ている。


 つまり、人間の身では達成し得ない魔力量を、あの子は実現しているという事。その永過ぎる人生によって。


 しかも、あの子は魔族の血を受け継いで、元々強大な魔力量を持っている魔人だ。


 そんな魔人が更に五億年分の魔力を有し、その魔力を全て注ぎ込んだら、対象はどうなると思う?


 ……死ぬ。案の定。


 簡単で、残酷な幕切れが待ってる。



 ……普通の人間なら、だけど。



 モイラなら、死ぬ迄には行かないけど……これまで傷知らずのモイラが、傷を付けられる唯一の機会になるんだ。


 ……傷を承知で、敵の攻撃を受ける。


 まあモイラのそう言う所、嫌いじゃないよ。


 相手の心情や過去を悟り、強者として高みから見物するんじゃなく、慈悲を持って相手する……。


 相手を翻弄して楽しむ僕には出来ない事だ。


 そこは尊敬できるポイントだよ。



 ……兎に角、僕はガレーシャに被害が及ばない様に透明の結界を貼り、その様子を確認する。


 既に花の魔人は事象操作の発動一歩手前という所だった。


 そしてモイラは受ける気すら無い。


「防御を……取らないんですか、モイラさんは」


 ガレーシャは、そんなモイラの行動に疑問を抱いている……が、以前とは違い、止めようとはしなかった。



 ……良くも悪くも、それを見届ける覚悟があると言う事の様だね。


 ならば僕はそれに同調し、側から見届けるまでだよ。


 そして、僕は観戦する。



 ……来た。攻撃。



「このまま、死んでください」


 引導を渡すかの様に魔人は呟き、モイラへとその凶撃を飛ばした。


 既に標的、モイラは近い。


 これなら直ぐに攻撃が届く。


 そうして、花の魔人の周りを飛んでいた花びら達が飛んだ。



 ……上に、見上げる程までに。高みへと。



 まるで、千本桜から舞い上がる花びらの様に。


 意思を持ったその花びらは集結し、刀の形を模す様に塊と化した。


 ……その様は、なんか熟練の侍が持つ業物を彷彿させる様だね。


 事象操作の主……花の魔人は、上段の構えの様に空気を握り、待機させている。


 そして刻限を過ぎたのか魔人は、未だ動く様子の無いモイラに刀を振る。


 標的を斬るという確固たる意思となった花びら。それには、標的を威圧して倒すという心情が察せられる。


 ……軽くは無い、重い意思が篭った一撃。


 それはモイラの眼前の空間を斬り裂き、その事象操作の『空間断裂事象、花舞一閃』という詠唱の通り、一閃の様に……空間は綺麗に、斬られた。


 豆腐を一級の包丁で切るかの様に、スッパリと。



 ーーーそして、斬られた空間は、その奥に居たモイラを巻き込んだ。



「……っ」


 断裂面がそのまま、奥にいるモイラの体を切り刻む。


 モイラの体からは、血が出た。


 衣服がもげた。


 モイラにとっては、久し振りの痛み。


 傷知らずだったモイラに入った、その傷。


 決して深くは無かった。


 しかも、空間を断裂させ切った花びら達も、モイラの体を無残に斬り刻む。


 それによって舞う周りの花々。


 空間断裂によって出来た副産物の空気の刀が、後ろの僕達にも牙を剥いた。


 ガリガリって言う、窓を引っかかれた様な音が結界から聞こえる。


 ……だけど、僕達には届かない。


 この結界は破れないけど……そもそもの事、中心にいるモイラの方が心配だ。


 助けは出来ないけど、心の中で応援する位は出来る。



 頑張れー。頑張れー。死んでも良いから……頑張れー。



 ……よし、応援完了。


 そんな風に僕が茶番を披露したところで、斬り裂く風も止んできた。


 そして、その奥のモイラの様子も、見えてきた。



 ーーーそこにモイラは立っているのか、見所だね……。


 ……まあ、僕はその様子も、気配で見れちゃってるんだよね。つまんない。


 まあ良いや。見てみよう。



 ……では、お披露目だ。



 そして花の魔人は、無機質に驚いた。


「ーーーあれでも、倒れないんですか」


 ……其処には『無傷の』モイラが居たから。


 そう。無傷だ。


 数十秒前、花の魔人の目には、モイラの体から少なくない量の血が飛び散っているのが映っていた。


 渾身の力を込めた事象操作が直撃したのも見届けていた。


 あれは幻覚ではない。……無い、筈なのだが。


 モイラの体には血の跡すら、もがれた衣服の跡すら無かった。


 それら全ては、時が戻ったかの様に自然に、何事も無かったと言わんばかりに立っていた。


 花の魔人は恐らく、魔法か何かで再生したと勘違いしているのかも知れない……だけど、モイラの能力を知っている僕ならわかる。


 あの超人的な再生力も、モイラが元々有している能力だ。


 あれは、ただの自然治癒。


 それが、異常な治癒の速さを持っているだけ。衣服にもその自然再生の力が宿っているだけの事。


 つまり、花の魔人の五億年分の魔力が込められたその攻撃がモイラの体を斬り尽くすよりも、モイラの自然治癒力の方が圧倒的に早かっただけの事だよ。



 ーーーー残念だけど、花の魔人……君は負けた。君の全身全霊をかけた攻撃を、身一つで受け止められたんだよ。



 放心しかけた花の魔人。



 ーーそしてモイラは、悔やむ様に……謝る様に呟いた。


「ごめんね」


 そして、モイラは魔剣を振るった。

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