第九話『僕は黄昏に浸る。そして彼は未来を視る』

 

 師匠生活三日目。


 アンビはかなりの速度で成長している。少女とは思えない位だ。


 小さく細い体に見合わぬ、燃え上がる様な闘争心。


 魔物を駆逐せんとする勇気。


 勇者にだってなろうとしている。


 ……だけどね。


 あの子はそこまでの逸材じゃない。残念だけど。


 これくらいの実力者は過去何千万人と見てきた。


 だから分かるんだ。


 この子は大成しない。


 こういう所で僕の観察眼が発揮されてしまうのは癪だけどね。


 でも。でもだよ。


 僕はこの子を育てる。



 無駄だと分かっていても、僕は楽しいんだ。


 小さい少女がもがき、目標へとひた走るその姿が。


 目標は彼女にとって大きい方がいい。


 それが幸運を生むものだから。



 ♦︎



 僕の師匠作業も佳境に差し掛かってきた。


 教えられる剣術はまあまあ教えた。


 既にゴブリン三体位なら倒せるだろう。


「これからは、彼女の頑張り次第だね」


「確かに、今のアンビの体には充分過ぎる力を蓄えましたしね。私も成長を待つしかアンビを強くする方法は無いと思います」


 セリアが謎に専門家じみた事を言い出したので、僕は横目で彼女の顔を覗き込んだ。


「……どうしました?」


「いや、何でも無いよ」


(セリアの目が透き通って見えたのは触れないでおこうか)



 ……やっぱり、セリアはーーーー



「ユトさぁぁん!!」


 そんな僕の思考を聞き覚えのある声がかき乱してきた。


 あの、おてんば娘ガレーシャ・ミリアだ。



 ーーーやっぱり来ちゃったか。


 僕は溜息を吐く。


「何で君がこんな遠方まで……」


「知り合いなんですか?」


「まあね」

 セリアの問いに僕は軽く返し、ヘトヘトになりながらも走ってくるガレーシャへと気を向けた。


 リアン王国首都リリアンからセリアの村からは、馬車を使っても何日か掛かる距離だ。


 大体今が師匠生活五日目だから、五日で来たことになる。


 確実に馬車を使って来ている。そしてそんな急ぎで僕に会いにくる、って事は……ギルド絡みだね。


 僕は走って駆け寄って来たガレーシャに、来た意味を聞く。


「何故ここに来たんだい?」

 ガレーシャは激しく呼吸しながら、


「上司に言われたんですよ……」


「……何を?」


「クエスト受諾から帰還、報酬を受け取ってから再び村へと戻る時間が早過ぎるって……言われて」


 ……やっぱり気付かれるか。僕の移動の速さを。


 まあそれも想定済みなんだけど。


「何やってるんですか師匠……ッ!!誰ですかこの人!??」


 いよいよアンビも異常に気付いて参入してきた。


 ……そろそろ収集がつかなくなってきそうだから、僕は騒ぐ皆(主にアンビ)を落ち着かせて、木陰のベンチへと一斉に座らせた。


 そして、ガレーシャの事や僕の移動速度の速さについて説明した。


 その横で毎回「師匠ってやっぱり凄いんですね」とかアンビがうるさかったけど、無視無視。


 で、全部説明し終わった後に出た第一声は。


「やっぱり、ユトさんは鉄ランクに居ていい存在じゃ無いんじゃないですか」


「たった一度の飛翔で首都に着くって、おかしいですもんね」


「師匠すっごーい」


 だって。


 隠す気はあんまり無かったものの、言って良かったものかと後悔が入り混じってくる。


 まあこの子達以外に漏らす事は無いか、と慢心も含まれていたお陰で暴露出来たという可能性もあるかも。


 そして本命は、ガレーシャだよ。


 彼女は貴族生まれ、しかも結構高位の。


 リアン王国にある、十五歳になると入れられる魔法事象操作学校を首席で卒業など、意外と高学歴。


 そして彼女が僕の事を聞いて言ってきたのは、ランクの格上げを行いたい、と。


 だが証拠があまり無くて困っている、とも言っていた。


 そこで僕は彼女を利用する事に決めた。


 僕は世界を救う為に、有能な人材が欲しかったりする。


 そして彼女は僕のランクを昇格する為の証拠を集めたい、その為ならば仲間になってもいいかも、と。


 ちゃんと上司にも言って許可を取っているそう。


 それならば、僕は彼女は仲間に引き入れる。『形式だけの監視員』として。


 変に目立つようなランク昇格は僕は嫌だ。


 だけども僕が彼女を利用して、その昇格を取り止めにさせるとしたらどうだ。


 この人は鉄ランクに居てもいい存在として嘘をつかせるのだ。


 貴族生まれの彼女ならば、直ぐに信じられるだろう。そうして僕は安全に世界を救って、休暇に戻れる。


 良い事じゃ無いか。


 彼女は有能だ。『能力』に目覚める可能性もある。


 だから僕はガレーシャ・ミリアを。



 ーーーー世界を救う為の人員として引き入れるのだ。



 良し、ならば実行に移そう。


「ガレーシャ」


「はい。何ですか?」


「君の条件を飲むよ。それで君は、僕のランク昇格の為の監視員になる」


「良いんですか!?」


「ーーー僕が君を拒む必要性って、あるかい?」


「有難う御座います!」



 ……そうして、ガレーシャ・ミリアは僕の仲間となった。


 僕の仕事仲間になってくれたんだ。感謝しなくちゃね。



 ♦︎



 その夕方。僕は空を見上げ、黄昏に浸っていた。


 涼しい風。木の揺れる音。


 僕は村人達のつけ始めた灯りを見ながら、時間を過ごしていた。



 ……と、その時だった。



 ーーー僕の左目が突然光り、未来を映し出した。

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