第七話『死にかけるユト』
僕は飛んでいる最中に、クエストの依頼先を頭の中で確認した。
「……確か、依頼先はセリアの村の近くだったね」
ちゃんと、セリアの村や周辺にも被害が出ないかどうかなんて未来視で確認済みだ。
その結果、被害無し。
だから僕はその村に襲い掛かるゴブリンだけを狩る。
それだけで、頬っぺたが落ちるくらいの美味しいパンを食べれるんだ。安いものだよ。
「良し、そろそろ着くね」
僕は日の落ち加減を確認した。
そして、目を曇らせる。
……不味いかもね、日が落ちすぎている。
間に合わないかも。
♦︎
「ゴブリンだ!!」
塔の監視役の少年がそう叫ぶ。
その大声は、村全体に響き渡った。
当然、僕の母ちゃん達の耳にも。
「ゴブリン!?もうなの!?」
「村の警備は!?」
「さっき帰っちゃったわ!」
「くっ……使えない奴だな!?」
僕のお父ちゃんと母ちゃんが、何故だか焦りながら僕を部屋から連れ出した。
「父ちゃん、ゴブリンって何?」
「悪い怪物だよ。逃げないと殺される……っ!」
父ちゃん達は僕を抱え上げて、家の外へと飛び出した。
「怪物?そんなの父ちゃんなら倒せるでしょ?ぼうけんしゃって奴でしょ?」
「父ちゃんは銅ランクだよ。ゴブリンなんて相手にすらならない!」
「そっかぁ」
何がなんだかわからない。
みんな家から逃げて行く。
強そうな大人達も、何かに怯える様に逃げて行く。
なんだか分からないけど、なんか、怖かった。
「危ないっ!!」
ーーーそして僕の目に、赤い液体が飛び散った。
♦︎
「ちょっと遅かったか。数は……驚きの三十体」
「雑魚にしては数が多い。いや、雑魚程群れるものだったね。済まない済まない。ーーーーーさて。仕事をしようか」
僕は拳を強く握り、一つの小さな頭をすっ飛ばした。
「一、二、三。十二」
僕は傷ついた村の住民を庇いながら、ゴブリンの頭を軽く吹っ飛ばして行く。
時には跳び、脳漿を浴びる。
まあ、汚らしい血が付かない様に体に結界を張っているんだけどね。
撥水加工みたいに。
見たところ死人は無し。今は。
「僕が来たからには、一人も死なせないんだけど、っと。二十五体目」
僕は気配でゴブリンと、逃げ遅れた住民を探る。
……増援が来ている上に、逃げ遅れた住民が一組。
「今行くからね」
僕は水平方向に猛進し、その住民の元へと駆け寄る。
そして見えたのは、小さい子供を庇って攻撃を受けている女性と男性。
両親の様だ。身を呈して子供を守る。親子愛が強い事はいい事だね。
心の中で感心し、適当二人を攻撃していたゴブリンを潰す僕。
「大丈夫かい?君達」
「冒険者……様……」
そう心配する僕の言葉に安心し、二人の親は倒れた。
「父ちゃん!母ちゃん!」
その倒れた両親を泣きながら揺らす少年。可愛いね。
「その二人、生きてるから心配しなくていいよ、坊や」
「え?」
嘘じゃ無いから。安心してよ君。本当に。
その僕の心の声が届いたのか、ホッと一息吐く少年。
「よかったぁ……」
そして少年は顔を上げ、驚いた様に言った。『禁句』を。
「君、小さいのに強いんだね」
「……」
僕は黙って少年に背を向け……十メートル先のゴブリンに向かって拳の突きを放った。
僕の突きは風を巻き込み、吹き荒れる強風となって、遠くのゴブリンを跡形も無く粉砕した。
そして再度振り返り、驚きで引きつった顔の少年にこう告げる。
「ああなりたく無いなら、さっき言った事取り消してね」
僕は悪魔の如き眼光で、少年を睨んだ。
「……はい」
ガタガタと震える少年。
効果はバツグンの様だね。
そして、僕はこちらに向かってくる数十体のゴブリンの気配を感知した。
私語を控えよ、という事ね。なら、やろうか。
拳を握り、力を滾らせる。
首を軽く捻り、笑う。
僕はそのまま、狩りを続けた。
♦︎
「うん。終わりっと」
僕は自分の倒したゴブリンの死体の山の上で、キラキラと光る星空を見上げながら、クエストクリアの実感を得ていた。
まあ死体を集めたのは魔法で死体処理をする為であって、決して黒魔術とか魔王気分に浸りたいわけじゃ無いからね。
♦︎
……そして僕が死体処理とか事後処理を終えた後に、やっと村人達が安全を確認して戻ってきた。
そして僕の前に来た途端跪いて、
「村をお救い下さり、村人一同、本当に貴方様に頭が上がりません。どんなお礼をしたら良いか……」
御礼を述べてきた。
それに動じず、僕は跪いて頭を伏せる村人一同の数に、全くの欠損も無い事を確認。
次に気づかれない様に治癒魔法を発動し、村人達の感染症や傷口に膿が出来る事を防ぎ、徐々に回復する様にした。
……で、残された事は。
「礼は良いんだよ。僕はこのクエスト書に完了印を押してもらいたいだけなんだ」
「え……はい。それで宜しければ……」
困惑する彼らを押し切り、僕は村の村長にクエストの完了印を押して貰った。これでギルドに届ければいつでも報酬は受け取れる。
それで美味しいパンが食べられる。最高の人生。生きててよかった。
そして僕はリアン王国首都に向かうついでに、我儘を言ってみた。
「嫌だったら良いんだけど、出来たら毎日パンを焼いてくれないかい?」
その僕の我儘に、村人達は即座、
「それで宜しければ!!」
と、元気よく返してくれた。
うん、夢が広がるね。
僕は手を振り、送ってくれている村人達の感謝を背に、リアン王国リリアン首都へとトンボ帰りした。
♦︎
僕は笑顔に満ちた顔で、受付嬢さんにクエスト完了印が入ったクエスト書を渡した。
数秒間彼女は驚いた様な表情を見せたが、直ぐ平静に戻し「報酬ですね」と言い、カウンター裏の扉へと入っていった。
恐らく、報酬管理用のマジックポケットからパンを取り出しているのだろう。
だから僕は欣喜雀躍の思いでまだかまだかと待ちわびた。
ーーそして、その扉は開けられる。
その瞬間、僕の鼻に入り込む甘美な匂い。
近くの冒険者の子もその匂いに「おおっ!!?」と驚愕している。
そして、手渡されるそのパン。
パン特有の焼けた匂いが、僕の頭を突き抜ける様に駆け巡った。
マジックポケットのお陰で、焼きたての匂いを保っている。
本当に、このクエストを受けなかった子達は可哀想だね。
そして僕はそのパンを口一杯に頬張った。
「わああっ……!!」
僕はその旨さに死にかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます