第六話『美味しいパンを食べる為に、僕は瞬間移動する』

 

 リアン王国冒険者ギルド特設の決闘場。


 僕はそこの武器保管庫に居る。


 僕の直ぐ横が決闘場。


 そして、僕の取る武器はただ一つ。


 ちょっと布で出来た籠手だけ。


 僕はふと奥の決闘場を挟んで向こう側の相手の様子を見る。


 まだ酒気が抜け切ってはいない様だ。足がおぼついていていない。


 相手の武器は真剣。鎧も着用中。


 流石にルールで、剣で相手を傷付けないと決まっているのから当てる事はしないだろうけどね。


 そう。真剣な決闘だと決まったからには、それ相応のルールが必要。


 だから僕は決闘のルールを説明された。


 一。


 相手を死に至らしめる攻撃をしてはならない。


 発覚したら決闘は即座に監視員の手によって中止させられる。


 二。


 気絶や寸止めでの死亡判定以外にも、決闘相手の武器を落とさせた場合も勝ちと見なす。


 三。


 魔法の使用は、相手に致命傷を与える様な魔法以外ならどんな魔法でも使用を許可される。


 それは、事象操作にも適用される。



 ……大体こんな感じだね。


 他にも細かなルールが有ったけどそれは省くとして。


「……始まる様だね」


 高鳴る歓声。


 どうやら銅ランクと鉄ランクの戦いは何ヶ月ぶりかの様で、決闘場観客席は賑わっている。


 相手は巷で評判の悪い、酒が入ったら止められないと噂の冒険者。


 ……対して僕は最近冒険者登録を済ませたばかりの銅ランクの新人。



 人の目には触れたく無かったけど、仕方ない。


 僕は魔法で現在の時刻を確認する。


「……後三時間。手っ取り早く済ませよう」


 僕は覚悟を決め、決闘場へと足を踏み出した。



 ♦︎



「左、酒が入ったら止められる者はいない。酒乱のリグス!!」



 〈わああああ!!〉



「右、最近銅ランク冒険者になった、実力未知数の新人、ユト!!」


 〈わああああ!!〉


 うるさい司会と観客だね。


 歓声が耳を裂くかの様だよ。全く。


 とは言え、折角の観客だ。手を振って応援して貰わないとね。


「頑張れよ『チビ』!」


 その瞬間僕に飛ばされる言葉。



「……は?」



 当然、切れる。


 僕のコンプレックスを弄りやがって、生きては返さないぞ……。


「ひいっ……!」

 怖気ずく先程の観客。


 そんな不敬者に睨みを飛ばしつつ、僕は目の前の相手に集中する。


 さっき僕を罵倒した奴は後でしばくとしても、目の前の相手に集中しない訳にはいかない。



 決めるなら、一瞬。


 そして素人目からでも分かりやすく倒す。それが目標だ。


 僕は拳を引き、突く様な体制にする。


 同時に足に力を溜め、時が来たら爆発させる様に。


 魔法は使わない。拳で解決する。


 相手のリグスとか言う子も剣を構え直している。


「両者準備が完了した様です。……では、始め!」


 司会が手を振り下ろし、戦いの火蓋は切って落とされた。



 ーーーーー瞬間。



 僕は溜めていた力を解放し、勢い良く地面を蹴った。



 その速度は、直ぐにリグスの真横に移動する程だ。


 あれは誰でも、消えたと錯覚する程だろう。


 つまり、リグスは今現在僕の姿を視認出来ては居ない。



「先ずは一撃だね」



 僕は彼のみぞおちに掌底を突き放った。


「がはあっ!?」


 リグスは驚きを隠せないまま後ろへと飛び退る。


「流石鉄ランクだね。あの一撃で落ちないとは」


 この言葉は、皮肉だ。


 彼はあの一撃を受けて、辛うじて立っていられている。


 倒れまいとよだれを垂らし、白目を剥きかけた目で相手を睨みながら。


 ユトの掌底は確実に急所へと直撃していた。リグスも鎧が無ければ確実に気絶して地に伏していた所だろう。


 つまり、気絶していないのはリグスの実力では無い。彼の鎧のお陰だ。


「ふざけんなよ……お前の何処が銅ランクなんだぁっ……?」


 その問いかけにユトはただ、笑った。


 それが更にリグスの神経を逆撫でるモノだと知って、わざとだ。


 青ざめて行くリグスの顔。


「今、楽にしてあげるからね」


 僕は彼に見えない程の速度で跳んだ。


 勿論観客にも見えはしない。完膚なきまでの、顰蹙を買う事無しの完全勝利の為。



 ……ユトは彼の首筋を蹴り、意識を無き者にした。



「ぶはっ……!」


 彼の身体は力を失って崩れ落ち、残ったのは……僕一人。



「……はっ!?銅ランク、ユトの勝利!」


 〈……?あ、おおおおおお!!〉



 思い出したかの様に司会と観客が歓声を上げた。


 大方、突然の決着に頭が追いつかなかったのだろう。



 僕は乱れないその呼吸の中で、一人勝利に浸る。



 ユトの目は、只々やる事を尽くした淡々とした目付きだった。


 そして彼は、意識を失ったリグスの近くで囁く。



「済まないね。君を踏み台としてしまって」



 それは勝者にしか出来ない、強者の余裕の表れだった。




 ♦︎



 そして、銅ランクが鉄ランクに完封勝利するという歴史的瞬間を収めた観客達。


 歓喜が渦巻く観客席の中に二人だけ、その波に乗っていない人物が居た。


 一人は泣きつかれた様な顔で。片方は怪しい笑顔を浮かべて。


 雰囲気がまるで違うその二人の視線が行き着く先は、総じてユト・フトゥールムを見つめていた。


 狂気と、確信。


 真逆の感情が入り混じり、ユトを突き刺す様に。



『当然、僕もそれを知っているんだよね』



 ♦︎



 制限時間五分前。


 僕は鉄のタグとクエストを握りしめ、リアン王国郊外に立っていた。


「ランク昇格までの手続きが長過ぎた……。今すぐ行かないと」


 決闘でのランク昇格は過去実例が無いからとかで、もの凄く時間を取られてしまった。


 僕は急いで屈折魔法を付け、跳んだ。


 目指すは村へと。


 美味しいパンを食べる為に。



 ーーー僕は空を駆けた。

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