第五話『人命の為。そして何よりも美味しいパンの為!』

 

 僕はクエストボードを覗き込んだ。


「ふーん。やはりというか。必然と言うか」


 だが依然分かることは最低ランクの銅ランクで受けられるクエストは全て安全な村での薬草採集や地域住民へのアンケートとかしかない事。


 やっぱり、弱小ステータスの冒険者の扱いってボランティア的な物しか無いね。


 銅ランクの冒険者の人達って、力や俊敏などの戦闘に直結するステータスの何処にもCランクのステータスが無い残念な子達がなるランクだから仕方だろうけど。


 まあ僕もそのランク帯なんだけど。


 それで、頑張って僕の頭の中に入ってる世界の情報を調べた所、全世界の冒険者達の銅ランク率は、驚きの約五十%を占めるそう。



 うわぁ。圧倒的実力主義の社会。



 ……まあ、そうでもしないと低ランク帯の冒険者に要らない犠牲が増えてしまうのを理解しているんだろうね。


 変に高難易度のクエストを受けられて、無駄死にされるよりは。



 銅ランク帯の割合を見る通り、そこから上の鉄ランクに上がるのも非常に高い基準をクリアしないといけないみたい。


 一生銅ランクも珍しくない様。


 先ず一番簡単な方法を説明。


 ギルドが月一で開催する鉄ランク昇格大会の十位以内に入る事。

 これは同じ銅ランク同士で戦うから難易度が高く無くて良い、という銅ランク達の甘い考えがひしひしと伝わるね。


 ……剣術や鍛え上げられた戦闘技術はステータスに含まれないって分からないのかね。


 そして、二つ。


 実績を積み続ける事。


 ほぼ一生を捧げるほどの。


 そして、一番銅ランクの中で無理だ無理だと騒がれている方法。


 それは正式な決闘、監視者の元、鉄ランク冒険者を打ち倒す事。


 銅ランクの冒険者と鉄ランクの冒険者って、文字通り天と地ほどの差があるから、先ず勝てない。


 不正をしようとしても、腕利きの観戦者がつくからバレたら即失格。


 だからこの方法で昇格する冒険者は過去誰一人と居なかったそうだよ。



 ……まあ。



 銅ランクで満足している僕には関係ないことだけどね




 ♦︎



 と、思ったのだけれど。


「……ん?」


 僕はクエストボードに埋もれていたあるクエストを目にしてしまった。


「村近くの洞窟のゴブリン退治……報酬丹精込めて作った手作りパン」


 そして、受けられるランクは鉄。


 クエスト内容だけは分かる。


 でも、報酬手作りパンって何?


 僕はそのままクエストを戻そうとした……けど。


「何かが引っかかるんだよね」


 理由は分からない。でも。


 胸騒ぎがするのだ。


 勘ってやつ。


 僕はもっとクエストの紙を注視した。


 この胸騒ぎには身に覚えがある。


 これが起きる時には必ず。



 人が死ぬんだ。



 ♦︎



 僕は気付いた。


「このクエストが貼られた時期……十四日前」


「ゴブリンが村を襲ってもおかしくない時期だよ。今日は」


 このクエストが貼られたのが十四日前だとして、ゴブリンが発見されたのはいつだ。


 発見日時的にはもしかしたら、今日か明日の夜辺りにはこの村はゴブリン達に襲われる可能性がある。


 だがそれを確固たる証拠に出来ないのも事実。


「使うしかないか。未来視」


 手っ取り早いのは、このクエスト、この村の未来を見る事。


 確認したい事もあるし。


 それが最善。


 僕は周りを見渡し、見ている人物が居ない事を確認して未来を使う。



 ユトの左眼が淡く光り、目に村の未来を映し出す。


 その間ユトの意識以外、時は止まっている。


 なので一瞬で完了。



「ふーん。そうなんだね」


 僕はクエスト紙を持ちながらワクワクの笑みを浮かべる。


 僕が見た未来。


 それは今日の夜に、村はゴブリンによって壊滅するという未来。


 と、報酬のパンが猛烈に美味しいときた。


 そして、このクエストを受領する冒険者は誰一人居ないと言う事。


 なら。



 受けるしかないでしょ!!



 それならやる事は決まってる。


 このクエストを受けられるランクの、鉄ランクに昇格するまでだよ。



 美味しい物を食べるために。



 ♦︎




 今回の制限時間はあちらへ向かう際の時差も含めて、大体日落ち前には首都リリアンを発たねばならなくなる。


 夜になると、ゴブリン達は闇夜に紛れて村を襲撃するから。


 時間で言うと、大体四時間後くらい?


 それまでには鉄ランクに昇格しなくちゃならない。


 月一で開催される昇格大会も無理、実績を積む時間も無し……と。


「……はあ」


 溜息。


「鉄ランクを倒すしか無いよね。目立ちたく無いけど、パンの為。人命の為だ」


 そうして僕は謎の大義名分を得て、鉄ランク冒険者を探した。



 僕に倒される鉄ランク冒険者の条件は、出来るだけ嫌われ者の方が良い。


 銅ランクに負けた鉄ランクと言うのは、少なからず批判の対象になる可能性があるからね。


 そして、出来るだけ小さい事を気にしないタイプのずさんな奴で。


 そしたら、居た。


 完全にそれに適した冒険者が。


 僕はその子に歩み寄る。


「ヒィック……ああ?なんだ小僧」


 それは、かなり酒の入った中年冒険者。


 一人酒を呑んでいる所から、パーティには所属していないのかな?


 そして、首に掛けられた鉄のタグ。


 偽造でも何でもない。本物の鉄ランクだ。


「ねえ君。僕と決闘で勝負しない?僕が鉄ランクになるためにさ」


 一秒程彼は酒を飲んだ後、酒気の抜けた顔で睨んだ。


「……身の程を知る、って言葉知らないのか?銅ランクの小僧が俺様に勝てるわけ無いだろが」


 間髪入れず。


「当然、君が鉄ランクだと知って言っているよ。でも、残念ながら僕には敵わないだろうけどね」


 煽り立てる僕。至って冷静だ。


「……あ?」


 返して彼は頭の血管を浮き上がらせて切れかけている。


 それに周りもただの口喧嘩だと思っていたが、面白い展開になってきた、と言わんばかりにガヤつく。


 行けるね。これなら決闘へと持ち込めそうだ。


「良いだろう。洗礼だ。受けて立とうじゃ無いか」


「有難う、冒険者さん。ねえ受付嬢さん、決闘の準備って出来るかい?」


「それが私闘で無いと証明できるならば、可能です」


「ならば幾らでも聞くといいよ。でも多分変わらないと思うよ?彼と僕には、全くの面識も無いからね。対して僕は鉄ランクになりたいだけの冒険者。そして彼はその挑戦を受けた鉄ランク。嫌なら彼は拒否すれば良いしね」


「了解致しましたーーーーー」


 そのまま僕は勢いに乗って、彼との決闘へと事を持ち上げた。



 ……目立ちたくは無かったのだけど、人命の為なら仕方ない。



 そして何よりも、パンの為だよ!!

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